【SS】ビルド【聖なる使者】
キャラデコ付属?のサンタクロースフルボトルとケーキフルボトルがベストマッチで「聖なる使者!メリークリスマス!」だそうです。そういう話です。
もう戦マスじゃなくなってきてるけど……本編でやってくれなかったからー!
あ、作品へのメッセージありがとうございます。
匿名でも送れるようにしたので、お気軽にコメントいただければうれしいです。
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聖なる使者
「サンタさん来たー!」
甲高い声で、はっと目を覚ます。
頭の下にあった袖がよだれで濡れていた。どうやら作業しているうち机に突っ伏して寝てしまったらしい。
口元を拭った戦兎はうーんと伸びをして、そのままの姿勢でベッドのほうを覗き込んだ。
美空がリボンのかかった大きな袋を開けている。
「じゃーん、クリスマスプレゼント!」
彼女は袋からひっぱり出したセーターをこちらへ掲げてみせた。この前テレビで今年の流行りとかなんとか紹介されていて、美空がうっとり見ていた服だと戦兎も思い出す。
「ありがとうサンタさん……」
セーターを抱きしめてうれしそうに身を揺らす美空を、戦兎は多少の驚きを持って眺めた。
「おまえ、まさかその歳でサンタクロース信じてんの?」
とたんに絶対零度の視線が向けられる。
「信じる信じないは個人の自由でしょ」
「まあ……そうだけど」
口ぶりからして、あえて信じようとしているらしい。
なんか意外……と口の中で呟き、首を回す。言動は幼いときもあるが、シビアな面のほうが強く夢見がちな性格ではないと思っていた。
そのまま前の晩の作業に戻ろうとすると、散らかった机の上に見慣れない箱が置いてあることに気づく。寝落ちする前までは確実になかったものだ。
「なんだこれ」
青い包装紙に、赤いリボン。片手で持てるくらいの小さな箱だった。
跳ねた髪をかき回しながら店に上がっていくと、石動が昨日三人で開いたパーティの後かたづけをしているところだった。
「おう、おはよ……」
「ねえこれなに? いつできたの? なんであんたが持ってんの?」
陽気な挨拶を遮り、矢継ぎ早に問いかける。目を丸くする彼の前に突き出したのは、戦兎が知らないボトル。
石動は肩をすくめ、クリスマスツリーの電飾を外す。
「サンタさんがくれたんだろ」
「いや俺いくつだと思ってんだよ、記憶はなくてもサンタがいるかいないかくらいは知ってるよ? だいたいボトルくれるサンタってなにさ、いくらなんでもニーズ把握しすぎでしょ!」
ツリーのオーナメントを一つずつ丁寧にはずしながら、彼は直前までのとぼけた澄まし顔を崩して笑う。
「おまえが来る前に一本だけ美空が浄化したやつだよ。渡すの忘れてたから、いい機会ってことでな」
そんなことだろうとは思ったがそれにしても、と椅子に座り込む。
「べつにいいじゃん、クリスマスプレゼントじゃなくてもさ、普通に……」
いちいち演出過多なんだよ、と言おうとしたが、石動は指を立てて振ってみせる。
「イベントってのはな、様式美なんだよ。ただコレやるよって渡すんじゃ特別感もないだろ。サンタクロースが夜のあいだにプレゼントをそっと置いていく、その様式が大事なんだ」
妙にきっぱりと言い切ってから、ふっと決まり悪そうに笑う。
「なーんてな」
裸になったツリーを解体する作業に移った石動は、声のトーンを落として話しはじめた。
「俺さ、美空が小さいころ仕事が忙しくてクリスマスも帰れなくて、でもプレゼントは贈ってたんだよ、父親として」
「へえ」
べつに普通じゃないかと、いきなり始まった思い出話に耳をかたむける。自分などプレゼントをくれた親がいたかどうかもわからない。羨ましい話だ。
「あとになって、あいつ言ったんだ。『サンタクロースに来てほしかった』って。自分がほしいものも知らない父親から事務的に送られてくる定期便じゃなくて、サンタにプレゼントをお願いしたかったって」
「あのワガママ娘ぇ……」
戦兎のやっかみ半分の言葉に、彼女の父親は苦笑して首を振る。
「美空がほしかったのはプレゼントじゃない。クリスマスってイベントそのものだったんだ。父親がそばにいて、無邪気にサンタを信じられる心も含めてのクリスマスだったんだよ。あのころの俺には、それがわかってなかったんだな」
しみじみと、自分に言い聞かせるように呟く彼の横顔を見つめる。
「なんか、意外……」
本日二度目の言葉だ。いかにもお祭り好き、イベント好きな彼らしくもないエピソードではある。だがさっきの美空の言動については納得がいった。
「べつに、様式とかどうでもいいけど」
ただ、「サンタクロースのいるクリスマス」を今さらやりなおそうとしている父娘につき合うのも悪くない。
椅子から立ち上がり、そして手にしたボトルを振ってみせる。
「サンタに会ったら、ありがとうって伝えといて。そんで来年はこいつのベストマッチもくださいって」
それを聞いた石動は快活に笑ってから、親指を立ててウインクした。
「まかせとけ」
「できたよ」
疲れ切った顔の美空とは裏腹に、戦兎は飛び上がって装置に駆け寄った。毎度のことながら腕立て伏せを中断された万丈は、呆れて立ち上がる。
「なにこれケーキのボトル!? すげえ、タイムリーじゃん!」
戦兎が興奮気味に叫んでいる意味を掴むのに、数秒かかった。
「なに言ってんだよ、クリスマスどころじゃねえだろ。だいたいそれ北都のスマッシュから取り出したやつじゃねえか」
12月25日とはいえ浮かれる隙など一瞬もない。氷室は戦争が始まると言った。現実味は薄いが、事態が差し迫っているのは肌で感じている。
この状況で変わらずボトルに目を輝かせている戦兎の心理は理解も共感もできない。
「うるさいな、イベントってのは様式美なんだか、ら……?」
勢いよく返された言葉が尻切れで消えていったかと思うと、何事か思いついたように戦兎は猛然と自分の作業場に戻っていった。
「おい?」
なにかを必死に探しているらしいが、会話の流れと一致しない。万丈が遠巻きに眺めているうち、戦兎は道具箱の底から目的のものを見つけ出したようだった。
「……なんだよそのボトル」
万丈が見たことのないボトルだ。
戦兎は今見つけたそれと、浄化されたばかりのボトルをベルトにセットする。心なしか、その手が震えているように見えた。
『ベストマッチ』
メリークリスマス!という声とともに、軽快なクリスマス曲が流れる。楽しげな鈴の音がラボに響きわたるのを、戦兎は微動だにせず聴いていた。
「おい、なんだよそれ……」
重ねて尋ねたが、戦兎は答えない。
ベッドに行ったはずの美空が、後ろで呟いた。
「サンタさんがくれたんだ」
「はあ? なにメルヘンなこと言ってんの、似合わね……」
そう言いながら振り向いた万丈は、彼女の表情を見て思わず口をつぐむ。
ボトルを抜いた戦兎が、静かな声で言った。
「信じる信じないは、個人の自由だろ」
「…………」
万丈も幼いころは、サンタクロースがいると信じていた。親もそれなりに演出をしてくれていた。
あの男なら、きっとその演出も過剰で、子供を喜ばせていただろう……そう思い至ったとき、二人の言葉の意味が理解できた気がした。
「そっか……信じたい、よな……」
どれほど信じ込もうとしても、現実にはサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるわけではないことくらい、三人ともとっくにわかっている。
どんなに信じたくても、現実のほうが信じる心を拒む。戦兎も美空も、もちろん万丈だって、まだすべての「真実」を受け止め切れていない。あの男がここにいないことはわかりきっているのに。
美空が鼻をすすった。今度は、振り向けなかった。
二本のボトルをきつく握りしめる戦兎の手だけを、ただ見つめていた。
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ちなみに去年のクリスマスは、スマッシュ出しちゃダメってブラッドスタークからお達しが出ました。
ナイトローグは仕事がなくなった上、内海に先帰られたので、おうちでお父さんと気まずいクリスマスを過ごしました。