俺たちは何と戦ってるんだ

岩月彬 28歳 178cm
伊丹憲一 51歳 183cm
相棒コント「相似」
「杉下さん、このメモ…なんでしょう?」
「名前、年齢、身長ですか。プロフィールにしては少し情報が不足していますね。しかし容疑者は以前、書きはじめる前に用意する情報として、この3つを挙げていたそうですよ」
「そうか! これがあるってことは、少なくとも書きはじめてるってことですよね」
「書いたものが見つかれば、実行犯であることは確定するのですが…」
「あ、電話だ。はい特命係…米沢さん? えっ、削除されたファイルを復元したんですか!? 杉下さん!」
「杉下です。…はい。…ええ。…わかりました。つまり、SSとしては非常に長いが18禁ではない、ということですね。どうもありがとう」
「18禁じゃない…それじゃ犯行は成立しませんよね。思いちがい…いやブラフって線も…」
「ブラフというよりは未遂、もしくは予告でしょうか。今はできないが必ず完遂するという意思表示です。ぼくは、本気だと思いますよ」
「えっ、どうしてですか?」
「復元されたSSには、声明が添えられていたそうです」
「声明?」
「たった一文、『タイバニに参入できなかった悔しさをXDAYで晴らす』…と」
「タイバニ…似てますかね?」
「似てますかねえ」
※相棒コントはノリを大切にしておりますので、中身はいっさい意味がありません。
というわけで鑑識が復元したデータは以下↓に(笑)。
長いけどエロはないです。メガネがおじさんのこと考えてうだうだしてるだけです。
ネタバレというほどでもないですが、映画を見てないとキャラ的にぴんとこないかもしれません。


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同僚の小田切とともに職場をあとにする。
明日は二人とも非番で、厄介な案件をなんとか片づけた安堵感もあって、いっしょに食事でも……となったのは自然な流れだった。岩月は携帯端末を取り出し、近場の飲食店を探す。
「いつもの店でいいですよね」
「そうですね、混んでたらその裏の店で」
いつもの、と言っても、気の利いた小料理屋などでは決してない。
職業的な気質なのか性格なのか、あるいは再就職組の堅実さなのか、二人とも値段とクオリティが高い店を選ぼうという発想がなかった。2時間で追い出される居酒屋のチェーン店くらいがちょうどいい。妙齢の独身男女、しかも警視庁の専門捜査官の行きつけとしては、適当とは言いがたいかもしれないが。
店が入っているビルの前で、思わぬ人物と出くわした。
「お、サイバー課のお二人さん……」
数ヶ月前に知り合った、捜査一課の刑事。長身の彼は繁華街の人ごみの中でも浮き上がって見える。少なくとも岩月には。
「お疲れさまです」
「先日はどうも」
若い捜査官たちはそれぞれに頭を下げる。だがベテラン刑事はそんな二人を見下ろして目を細めた。
「へえ……けっこうなこって」
にやにやと下品な笑いを顔中に張りつけている伊丹の思考に気づくまで、数秒かかった。
「そ……」
つまりこの男は、岩月と小田切が恋人同士であると判断したのだ。
「そんなんじゃありません!」
自分でも驚くほど大きな声が出たが、伊丹のほうは全く意に介していない。
「気にすんなって。よくある話だ」
「いえだからちがうんです……」
なおも言いつのろうとする岩月の言葉を払うかのように手を振り、伊丹は二人の脇を通りすぎる。
「デートのおじゃまはしませんよ。頭いいおまえらとちがって、俺は身体動かしてお仕事してっからな……」
今もなにかの捜査中ということらしい。
むやみに突っかかってそれこそ彼の仕事のじゃまをするわけにもいかず、岩月は憤りを抱えたままで細身の後ろ姿を見送る。
「なんなんだあの人……」
「行きましょう」
小田切が声をかけなければ、彼が人ごみに消えていくまで立ちつくしていたかもしれない。
店に入って最初はもちろん「とりあえず生」。
普段の流れなら、他部署の悪口とお互いへの慰労が話題のメインになるはずで。しかし岩月の口から出るのは、伊丹への不満ばかりだった。
「高校生じゃないんですよ? どうしてあんな大人げなくて下品なのか……現場の刑事ってみんなああなんですかね?」
いつもより速いペースで増えていく空のグラスを横目に、小田切が砂肝をかじりながら呟く。
「岩月さん、なにかありました?」
「え?」
「この手の誤解はよくあることじゃないですか。どうして今日に限ってそんなに気にしてるんです?」
小田切はジョッキの底に残ったビールを飲み干してから、正面から岩月を見据えた。
「それとも、伊丹刑事に限って?」
「それは……っ」
一気に酔いが回った気がした。顔が火照る。なにか反論しようにも言葉が出てこない。
「ぼくは、べつに……」
「すいませーん、生2つ、ジョッキで」
近くの店員に向かって叫ぶ小田切の姿は、もう岩月には見えていなかった。
「だってあの人が……」
いよいよ本格的に混乱してきた。飲みすぎたわけでもないのに。
眼鏡を外して頭を抱え、髪をかきまわす。
「あんなにすごい刑事なのに……」
その翌々日。
くたびれたスーツのサラリーマンたちとともに、伊丹と岩月はラーメン屋の行列に並んでいた。人気店というわけではない、単にランチタイムだからだ。
「ひとつ誤解を解いておきたいんですが」
「あん?」
二人とも相当仲が悪いか、空腹で気が立っているように見えるだろうが、そうではない。片方は元から強面で、もう片方は元から仏頂面なだけだった。
ただ、岩月のほうは普段に増して険しい表情をしていたかもしれない。伊丹にどうしても言わなければならないことがあったから。
「ぼくと小田切捜査官は、ほんとうにただの同僚です。前職が同じ職種で、同期で、仕事の内容や時間もかぶるから飲みに行くこともたまにありますが、それ以上の関係はありません」
ゆっくりと言葉を句切って、この男にもわかるよう簡潔に、客観的事実を伝える。
だが伊丹は、つまらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」
岩月にとっては「そんなこと」ではない。でなければ、あれから終電まで小田切に愚痴りつづけ、貴重な休日もずっと割りきれない曖昧な不快感を抱えて過ごし、今朝覚悟を決めて伊丹を昼食に誘った意味がなくなってしまう。
だがこの世界一無神経な男に、岩月の繊細な事情など理解できるはずもない。
「べつに、だれがだれとつき合ってようがつき合ってまいが、俺になんの関係がある? 弱味握って捜査がやりやすくなる相手なら別だがよ。おめえの交友関係なんぞ興味もねえや」
軽く眩暈がした。
「……発想がいちいち最低ですね」
「そりゃどうも」
岩月の率直すぎるコメントにも、伊丹はとくに気分を害したようには見えなかった。もともと機嫌がよい顔には見えないのだが。
「ま、独りもんってことは、俺の仲間だな」
「そんな仲間意識はいりません」
そう答えながら、伊丹にも特定の相手がいないことになぜか妙な安堵を覚える。いや、伊丹が独身なのはだいたいわかっていたし、女性と交際していると言われるほうが信じられなかっただろう。それでも岩月は本人の口からそれが聞けたことに、自覚なく満足していた。
自分の苦悩を「そんなこと」で切り捨てられた事実さえすでにどうでもよくなりつつあったのは、この男の投げやりな気分が伝染したのだろうか。
店からスーツ姿の男が二人出てくる。そこでやっと、空腹の警察官たちは店に入り、食券を買って席に着くことができた。
ラーメンを待ちながら、伊丹の「独り者」話が再開する。
「芹沢のヤローもいつのまにか彼女持ちだしよ、特命のカイトなんか年上のスッチーだぜ? どいつもこいつも、どこにそんなヒマがあんのかね……」
「スッチー?」
このときの岩月には「トクメイのカイト」もだれの話かわからなかったが、文脈的に最も意味不明な単語に首をかしげると、伊丹は「けっ」と忌々しげに肩をすくめた。
「スチュワーデスだよ。今はCAってえのか……そういやなんの略だ?」
「……キャビンアテンダントのことですか」
「お、さすがサイバー課」
「サイバー関係ないでしょう、一般常識です」
今さらながら世代と文化のギャップを痛感する。こうしてラーメン屋のカウンターを見まわしても全く違和感がないほど、「ごく普通の中年」だ。
しかしその冴えない中年男が、正義のために戦う姿を見せつけられた岩月は、どうしても彼への期待が捨てきれないでいた。それがどういう種類の期待なのか、具体的には岩月自身にもわかっていないのだけれど。
それから二人は、威勢のいいかけ声とともに出てきたラーメンを迅速に処理するというミッションに専念し、10分後には次の客に席を譲ったのだった。
店を出て警視庁に戻る途中、一服したいという伊丹につき合って、道端の喫煙スペースに立ち寄る。
「次は別の店連れてってやるよ」
「え……」
風上に立って顔を背けていた岩月だったが、伊丹の言葉にふり向いた。
よほど驚いた顔をしてしまったのだろう。伊丹が少し気まずそうに煙草をくわえて口元を隠す。
「べつにおめえと仲良くしてえわけじゃねえよバカ。よその課とつながっといて損はねえからな。ラーメン一杯でサイバー課が使えるなら安いもんだ」
岩月は煙にむせたふりをして、軽く咳をした。
「……協力要請なら正式にお願いします。だいたいさっきのラーメンもおごってもらってませんし、貸し借りはないですよね」
「かたいこと言ってんじゃねえ」
伊丹は笑いながら煙を吐き出した。
岩月は今度こそほんとうにむせて、眼鏡の奥から涙目で彼を睨みつけることになった。
給湯室で、小田切と遭遇する。
こちらから声をかける前に、彼女のほうから尋ねてきた。
「伊丹刑事とのランチはどうでした?」
「……最悪でしたよ。やっぱり関わるだけ時間のむだでした。なんであんなくだらないことを弁明しようと思ったのか……酔ったときの思いつきで動くものじゃないですね」
小田切はコーヒーを淹れながら岩月の言葉を聞いていたが、ふと長い髪を揺らしてこちらを向いた。
「岩月さん、今夜なにかご予定は?」
「いえ……新しい案件が入らなければ」
彼女と同じくインスタントコーヒーのパックを開けながら答える。
「飲みにいきましょうか」
流れとしては当然の誘いだったが、それでも岩月は驚いた。
「え……ええ、はい。でも、めずらしいですね?」
部署内では唯一といっていいほど親しい相手とはいえ、大きな事件さえ抱えていなければ、それほど頻繁に業後の時間を過ごすことはない。先日のような誤解で小田切に迷惑をかけないように、彼女を誘うのは月に一回と岩月は勝手に決めていた。彼女のほうもおそらく、それくらいのスパンを守っていたはずだ。
「なんでも聞きますよ」
「あ……」
小田切はわかっている。岩月が抱える伊丹への、そして自分自身への不満を。捜査一課との関係も含め、全ての事情を理解しているのは彼女くらいなものだ。同期の緩い連帯感は、いつのまにか友情へとかたちを変えていたらしい。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げると、小田切は岩月の肩を叩いて給湯室を出ていく。
職場ではめったに無表情を崩さない美女が、労るような笑みを浮かべていた。
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小田切さんてね、安定を求めて警視庁に入ったくらいだから、一人で生きていく覚悟を持った人だと思うんですよ。結婚願望なんかなくて、あったとしても相手が自分より稼げること前提で、同年代の岩月は最初から対象外だと思うんですよ。そもそも自分も元エンジニアだから、ベタにギークな岩月なんか除外されてると思うんですよ。んで男の浪漫とかないから岩月みたいにテンションで動くこともないと思うんですよ。業務時間内は女っぽく髪下ろしてるけど、残業とか飲み屋とかではテキトーにまとめてアップにしてると思うんですよ。
だから岩月と伊丹の話をしろと。