【SS】ルパパト「所有物」【R18】
例の「帰る家」の話をぐちゃぐちゃ考えていたら、3週間も経っていましたよ……なんでこの時期にそんな面倒な話ぶっこんでくるんだありがとう。
魁利と透真と、ノエルの話。ノエル?
わりといちゃいちゃしてます。もちろん赤青が!
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ランチタイムは、制服で国際警察の面々と。過酷な任務の合間に、一息つける幸せを噛みしめて。
ディナータイムは私服に着替え、友人の家に招待されたようなくつろいだ気分で、一日の終わりを。
ビストロ・ジュレでの時間は、いつもそうして過ぎていく。
「だれも呼んでねえし」
椅子の背に頬杖を突いて座っている、態度の悪いウエイターが仏頂面でそう呟いた。
「そう言うな、毎回きっちり払わせてる」
こちらも愛想はないに等しいが、料理や給仕に手を抜かない点は好感が持てる。
「透真くんの料理を毎日食べられるなんて、きみたちは幸せだな。ぼくもそうありたいよ」
「プロポーズかよ」
「ノエルさんも毎日食べに来てるじゃないですか」
離れたテーブルで、自分もフォークを手にしたウエイトレスが言う。
実際、ディナータイムはとっくに終わって、表の灯りも消えている。魁利と初美花にとっては遅い夕食の時間。透真は後片付けと明日の仕込みに入っていて、どう贔屓目に見ても歓迎はされていない。
だがそんなことで怯んでいては、彼ら「六人」のあいだではやっていけないのだ。
「べつにいいじゃないか、ちゃんと警察の情報は持ってきてるし、快盗仲間としてきみたちの役に立ってるんだから」
それを言われると二人とも返す言葉がないのか、黙り込んで自分たちの食事に戻る。
ノエルはワインを自分でグラスに注ぎながら、透真が次の皿を運んでくるのを待った。
適応力が高いのか単にあきらめたのか、ノエルが遅くまで居座っていることに三人は早々に慣れてしまい、勝手に自分たちの食事や会話をしながら、思い出したように時折声をかけてくるという距離感に落ちついている。
家族のようにとはいかないまでも、気取ったレストランでは味わえない時間だ。
「お客さーん、そろそろ閉店なんですけどー」
食べ終わった魁利が食器をカウンター越しに透真へ渡したついでに、ぞんざいな言葉を投げてくる。
「うん、このデザートをいただいたら失礼するよ」
悪びれないノエルに魁利は呆れたような目を向け、そんな彼に透真が皿を洗いながら声をかける。
「あとはいい、おまえらはもう上に行け」
少し遅れて食べ終わった初美花も、食器を戻して「はーい」と元気に返事をした。
「じゃあノエルさん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、初美花ちゃん。魁利くんも」
「早く帰れよー」
近所の悪ガキのような口調に思わず笑わされてしまう。挨拶さえ済ませれば、あとは彼らだけの日常だ。
「お風呂、どっち先に入る?」
「いっしょに入ってやろっか」
「バカじゃないの!」
言い合う声が遠くなるのを聞きながら、こちらもデザートのアイスクリームを平らげた。曲がりなりにも客なので、食器は透真が下げにくる。
「なんだか古き良き家族みたいでいいねえ」
「期間限定だけどな」
そう返す彼の声も、心なしか柔らかい。
「ここはもう、きみたちの家なんだね」
そう言って見上げると、透真はトレイを持ったままノエルを見つめた。
「あのとき……俺たちを止めたのは、それがわかっていたからか」
強制的に家へ帰されるというばかばかしい攻撃を、警察は無効にする方法を見つけた。彼さえいれば、快盗の手助けなど必要ないのではと思ったのは事実だ。
「本当に住居を捨ててまで挑んだ圭一郎くんにしか、あの作戦はできないんじゃないかと思ってね。きっと初美花ちゃんは、テントをしょったままここに飛ばされてきたと思うよ」
「浅知恵だったのは認める」
魁利に効かなかった理由に思い当たり、家を移す作戦を思いついたのだと透真は言う。だがノエルは、その魁利をこそ再び敵に向かわせることはできなかった。
帰る家……拠り所をどこにも持っていない自分を、その身で幾度も思い知らされるなどと。本人に自覚があってもなくても、あまりにむごい仕打ちだ。
「いつも、あんなに楽しそうに過ごしているのにね」
「友だちの家だって楽しく過ごせるさ」
カウンターの奥に戻った透真はそっけなく答え、皿洗いを再開した。
「問題は……」
苦しそうに息を吐き出し、彼は静かにつづける。
「あいつの帰る家が、この世界のどこにもないってことだ」
「……………」
きっと、本来は情が深い男なのだろうとノエルは思う。期間限定と言いながらも、弟妹のような仲間を常に気にかけている。この店が「帰る家」であるのと同様に、彼らはすでに家族なのだ。
それなのに、一人だけがその心を許していないという現実は……
「仲間としては、さびしいかい?」
そっと尋ねたが、彼は手を止めてうつむいたまま、眉を寄せた。
「……わからない」
はぐらかしているのではなく、本心だろうということは理解できる。深く立ち入ることもできず、判断を保留するしかないのだろう。
「それもまた、さびしい話だね」
この生活が一日も早く終わることが、彼らの幸せなゴールなのだけれど……
ノエルはため息を飲み込んで、居心地のいい席を立った。
この家も、この生活も、大切な仲間たちも。
自分のものではない、借り物でしかないという意識はずっとあった。
与えられたにせよ、盗んだにせよ、本来は他人のものだ。いつかは自分の手から離れ、本来の持ち主の元へ戻っていく。
たぶんそういうことなんだろうと思いながらあの夜、一人でカップ麺をすすっていた。
ベッドに転がったまま天井を眺めていると、ノックもなしにドアが開いて透真が入ってきた。
文句は言わない。ここは透真の部屋だから。
どうせ自分のものでないなら、自室もここも、魁利にとっては大して変わらない。
透真のほうも、自分の部屋に灯りがついていた時点で察していたのだろう、勝手に魁利が入り込んでいても今さら怒ったりはしない。風呂上がりで少し上気しているだけで、表情はとくに変わらなかった。
「ノエルのやつ、ホントに毎日来てんな」
「さっきも独り身のわびしさを延々語っていったぞ」
華々しいキャラクターの彼が所帯じみた愚痴をこぼすのがおかしいらしく、透真は喉の奥で笑っている。歳が近いからか、いちばんノエルと言葉を交わしているのは透真かもしれない。
ベッドの上で身を起こし、こちらへやってきた透真を見上げる。
「透真はいいよな、ノエル好きだもんな」
「警察の情報を持ってくる以上、追い出せないだけだ」
事実ではあるのだろうが、言い訳じみて聞こえたのが妙に滑稽だった。
「へーえ?」
下から顔を覗き込んでやると、彼も開きなおったように口の端を上げてみせる。
「妬いてるのか」
「かもね」
「嘘つけ」
頭を小突かれ、笑いながらベッドに倒れ込んだ。
相手に向かって両手を広げ無言で要求すると、彼は肩をすくめながらも魁利の求めに応じる。
その流れがあまりに自然で、異常さなど少しも感じられなくて。彼にとっては、食事を提供する程度のことなのだろうかとも思う。
「ノエルとも、こーゆーことすんの」
だからつい、そんな風にも考えてしまった。
「いつどこにそんな余裕がある」
それもそうだと思いなおし、透真のシャツを薄い肩から剥がす。
ノエルがその気になれば、透真を口説き落とすことくらいはできるかもしれない。透真の性格的な「隙」は、彼も見抜いているだろう。その点で自分と似たもの同士だと認めざるをえないし、似たもの同士だから、彼が「他人のもの」に対して敏感であろうことも、なんとなくわかる。
だがその先は、自分と決定的な差があると魁利は思った。
「……っ」
透真が、声もなく喘ぐ。
腰を押しつけながら、魁利は白い首筋に噛みついた。広い手がTシャツの中に這い込んできて、ただでさえ熱くなっている魁利を急かす。
細いあごに唇を押しつけ、そのまま唇を重ねた……拍子に、目が合った。焦点も定まらない距離なのに、ぶつかった視線はひどく熱っぽくて、魁利は思わず固く目を閉じ、乱暴に唇を吸う。
いつから、とは覚えていないが、透真がときどきもの言いたげな目を向けてくることがあった。なにを伝えたいのかはわからないものの、それを自分から問いただすのはなぜか怖くて、いつも気づかないふりをする。
それは、彼がなぜ魁利を拒まないのかという疑問とも重なる気がして。明らかにしてしまったら、この関係は終わってしまうのではないかとさえ感じるから。
「はっ……」
荒い息が混じり合い、二人は無言でただ相手を貪った。
これが、単なる退屈しのぎや欲求の処理でなくなったのは、いつからだろう。当然そのつもりで仕掛けたり誘ったりするのだけれど、いつのまにか目的がすり替わっていると感じる。
「ん……っ」
余裕をなくした透真がしがみついてきた……といえば可愛げもあるが、実際は長い腕で締め上げられる感覚だ。女と違って、たまに背骨が軋みそうになる。ただこちらも文句が言えるほど手加減はしていないから、相手もどこか痛めたり軋んだりしているのだろう。
どうせ今だけ、本気でもないのだから、必死になることもないのに。お互い、加減の方法を知らないわけでもないのに。
「ぁ、あっ……」
こみ上げる喘ぎを殺して、全力で果てた。痛いとか快いとか言葉すら浮かんでこなくて、ただ世界が真っ白になって。
相手もそうなのだろうかと、醒めていく頭の片隅で思った。
自分の部屋に帰れと言われなくなったのも、いつからだったか。
やりたい放題のあとで再びベッドにもぐり込んでくる魁利を、透真は蹴り出すこともなく、場所すら空けるようになった。
そのままそれぞれ寝つくこともあるが、今夜は透真のほうから腕を伸ばしてきて、抱き枕のように魁利を背中から抱きすくめる。拒む理由もないからされるがまま、おとなしくその抱擁を受けた。
これが自分とノエルの差なのだと思いながら。
ノエルなら、他人の所有物には手を出さず、自分が持っているものだけでなんとかできるのだろう。ノエルに透真は「必要ない」。
だが魁利にはノエルのような知識と技術や、常人離れした身体能力もない。だから、目の前にあるものにはためらわず手を伸ばし、時には盗んで手に入れる。それが今の自分に必要なのだと思えば。
戦うための力も、盗むための技も。
この家も、この部屋も、このベッドも。
夜ごとに肌を重ねているこの男も。
全部「他のだれか」のもの。
手放すときは惜しくなるかもしれないが、いずれは返すしかない。魁利のものではないのだから。
この腕が今、どれほど強く魁利を抱きしめていても。髪を梳く指が、どれほど優しくても。
「ノエルはまあ、すげえけどさ……」
「まだノエルか」
うんざりした声で呟いて首元に顔をうずめてくる透真に、今だけのぬくもりを求めて身をすり寄せる。
「快盗は、オレのほうが向いてる」
そして返事を待たずに、目を閉じた。
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ノエルの自宅も見たかったです。
圭一郎並みに質素な六畳一間(和室)だったらどうしよう。ちゃぶ台&座布団完備。
たまにグッドストライカーが遊びにきて、二人はすごい盛り上がってるんだけど客観的に見るとちょっとかわいそうに見える感じ。