キングオSS…総長SS?
ヤンマとジェラミー、ピザ食べて酒盛りする話。
左右なし。いちゃついてはいるけどいたしてはいません。
体の火照りに耐えきれず、シャツを脱ぎ捨てる。
「……やべえ酒ってことはわかった」
豊穣の国からやってくる美酒とは、あきらかに異質だ。喉を灼く熱さも、厳冬を乗り切るための「燃料」にちがいない。
「密造酒じゃねえのか」
「その手の詮索は、野暮ってもんじゃあないかね」
不穏の種を持ち込んだ男は微笑みながら、強い酒を平然とあおった。
【無礼講】
誰もが寝静まった深夜、曲がりなりにも「王の執務室」に、彼はふらりと現れた。
「やあ、呑めるクチかい?」
人的にもシステム的にも警備は敷いているはずだが、天窓からでも身ひとつで這い込める蜘蛛には無効らしい。
「なんでウチなんだよ。なんか企んでんなら追い出すぞ」
「まさか。ここへ来たのは、ただの消去法さ」
彼は肩をすくめると、背後から蜘蛛の網に吊られた酒瓶を取り出してみせた。
「ゴッカンの酒だ。裁判長には見つかりたくないからね。医者にも咎められそうだし……美味い肴ならトウフだが、腹を探られながらじゃあ酔うに酔えないだろ? 新しい王は、あまり強くないそうだ。飲む機会がなかったからだろうねえ」
「……………」
その「新しい王」が居城へ帰り、この執務室をやたらと広く感じていたころだ。侵入者への対処を考えながら、玉座と呼ばれている椅子に頭をあずけた。
「それに、昔話ができそうなのは、おまえさんくらいだから……」
「……やっぱ企んでんじゃねえか」
共通の古い友人がいるという事実を、忘れたことはない。実際に情報をやりとりするかはともかく、ヤンマにそのカードが有効であることをジェラミーはわかっている。
まあいい。仕事もちょうど一段落したところだ。ヤンマは端末をスリープさせ、立ち上がった。
「その酒に合うかはわからねえが……いま俺は猛烈にピザを食いてぇ」
「おぉっと! 何十年ぶりだろう、大歓迎だよ!」
大仰に腕を広げて喜んでみせる様子に、もう裏も行間もないことは知っていた。見た目よりよほど素直で無邪気で、それだけに始末が悪い。
「ついてこい」
「どこへ?」
「あのな、ここは仕事場だ。こんなとこで飲んだくれてたらシオカラがうるせえからな」
城の内部、窓のない小さな部屋。許可された者以外は立ち入れない。
「ほぅ……ここが……」
ジェラミーをゲストとして認証し、中へ通した。
「王の部屋には見えねえ、か?」
「いいや? だれかに言われたのかい?」
「……べつに」
つい先日まで、ここに寝泊まりしていた居候の顔がよぎる。他意のない口調で、「思ったよりも普通なんだな」と宣った。そのときは気にしなかったが、思い返せば当然の感想だ。自身はあの巨大な城で生まれ育ったのだから。
頭を振って、部屋に届いていたデリバリーの箱を開けた。
「ポテトとチキンもあるぜ」
「そいつは最高だな! グラスはあるかい?」
貴公子然とした佇まいの男は、遠慮もなくソファに腰を下ろして宴の準備を眺めている。ピザとポテトとチキン、サラダはなし。それと謎の酒。確かに、他の王には勧められない。
「さぁて、何に乾杯しようか……この国の栄華、繁栄……我らが古い友の思い出……」
「未来だよ。あいつの戴冠式にだ」
まくし立てる流麗な言葉を遮って、隣に座った。何か言いたげに眉を上げたジェラミーも、笑顔でグラスを掲げる。
「……っ、なんだこれ!」
一口飲んだヤンマは咳き込みそうになるが、相手は優美な手つきでグラスをかたむけている。
「言っただろう、ゴッカンの酒だからね。凍える体を内側から温めなきゃならないのさ。もし口に合わないようなら俺が責任持って……」
「こんぐらいなんともねえよ!」
意地になってぐいとあおった。彼の言葉どおり、内側から灼かれるような強さだ。
「意外とピザに合うね」
ジェラミーのほうは純白の正装に気を遣うでもなく、本来ヤンマの夜食だったはずのピザを手づかみで器用に食べている。
やたら古めかしく回りくどい言い回しをするわりには、このジャンクな食事もジャンクの山から生まれたヤンマも、戸惑うことなく受け入れている。妙な男だ。
ヤンマが暑くてシャツを脱いでも、彼は首元まできっちりとして崩さない。
「暑くねえのか」
「そりゃまあ、少しはね……」
しれっと答えたジェラミーが、直後に一瞬だけ目を泳がせたのを見逃さなかった。
「おい、つまんねえこと気にすんな。手袋脱いだ時点でバレてんだろうが」
「おっと……」
長い年月で培われた不信感や劣等感は、すぐに消えてなくなるものではない。脳天気に見えるこの男にも、まだ囚われている過去がある。ヤンマ自身がそうであるように。
「嫌ならいいけどよ。ここは俺んちだ。他に誰もいねえ」
「……………」
ジェラミーは僅かに髪を揺らして目を伏せ、それからおずおずと立ち上がった。
「では失礼して」
彼は大層な上着のボタンをひとつずつ外していく。そしてその慎重さからは信じられないほど無造作に、脱いだ上着をソファの後ろへ放り投げた。
「ありがとう、だいぶ楽になったよ」
ブラウスの前も開ければ、そこには人間の肌ではなく硬い皮に覆われたバグナラクの体がある。
「昔はこの体を晒すと、悲鳴と怒号しか聞こえなかったものだが」
「千年二千年も昔の話なんか知らねえよ。けっこうイケてんじゃねえか」
ジェラミーは泣き出しそうな笑顔でヤンマを見やり、食べかけのピザに噛みついた。どうも年上のような気がしないのは、この縋りつく目のせいか。
「親父は強い酒が好きだったが、お袋は体質なのか、人間の酒に滅法弱くてね」
普段から饒舌な男は、酒が回ってもなお口が止まらない。
「俺の中のお袋も、俺より先に酔いが回る」
「はぁ? どういう意味だよ」
彼はいつものように手の中で小さな蜘蛛の巣を作ってみせた。
「切ってごらん」
とんでもない。それはあまりにも強靱で柔軟で、断ち切るどころかどこまでも伸びていくはずだ。あるいは研ぎ澄まされた刃のように……。
そう思いながらおそるおそる触れた糸は、崩れるように切れた。
「マジか」
ヤンマの指から丁寧に脆い糸を拭い取って、その手を重ねたまま、ジェラミーは上目遣いに笑ってみせた。
「今ならおまえさんでも、俺に勝てるかもしれないねえ……」
「あ!? 俺でもってなんだよ!」
掴みかかろうとしたが、器用によけられて相手のひざに倒れ込んでしまった。酔いのせいだと思いたい。
身を起こそうにも、ジェラミーが腕で押さえ込むものだから動けない。糸が出せなくなっても、人間離れした力は失われるものではないのだ。
「剣を振るう筋力はあるのに……使うセンスの問題かな」
彼はポテトをつまんで口の中へ放り込み、塩と油のついた指を舐めている。
「……頭脳派なんだよ、俺は」
抵抗をあきらめて、転がったまま皿に手を伸ばそうとした。届かないのを見かねてか、ジェラミーは笑いながら、ポテトをヤンマの口元に持ってくる。
「雛を抱えた親鳥の気分だ」
ただ口を開け、手も使わずに食べさせられている自分を見たら、ヒメノあたりは行儀が悪いと怒り出すだろうか。
「……ついでだ、酒もよこせ」
「おやおや……一国の王ともなると、雛鳥の鳴き声も尊大な命令のようだね」
「っせえスカポンタヌキ……」
悪態を封じるように、ジェラミーの唇が躊躇いもなくヤンマの唇を覆う。流し込まれた酒の味にはもう慣れていたが、喉を過ぎる熱さは相変わらずだった。
ブラウスの襟元を掴んで、彼の舌を追う。
「ん……」
冷静な頭は、これが政治的に問題のある行動だと自覚し、事後の対策まで考えはじめている。一方で、ただ衝動に身を任せたがっている自分を抑える気はなかった。
「……おまえさん、意外と」
「余計なこと言う気ならぶっ飛ばすぞ」
「おぉっと、怖い怖い」
手を離したジェラミーのひざに跨がって見下ろす。目を細めてこちらを見やった彼は、両腕を裸の背に回した。人の手とバグナラクの手が、背中をまさぐっていく。嫌悪よりも官能を覚えた自分に狼狽えたが、言語化する前に飲み込んだ。
「ああ……いいね、人の肌というものは……」
頭をヤンマの胸元にあずけて、ジェラミーはため息混じりに呟く。その薄い肩を抱いて、耳元で答えた。
「おまえだって、悪くねえよ」
肌というには硬くて冷たくて、妙な起伏があって……。その違和感を掌で、触れる部分すべてで確認するのが楽しい。
互いに衣服の中に隠されている腰を押しつけた。
「ここは、どっちだ?」
「自分で確かめてごらん」
くすくすと笑うジェラミーにつられて、ヤンマも笑い出す。
やはり、まともな酒ではないようだ。
童貞じゃないヤンマくんは解釈違いなんス!って私の中のシオカラが暴れているので誰か止めてください。