キラメイ文まとめ
バレンタイン
*
ドアが開くなり、甘い香りが襲いかかってきた。
ふわりと香るなどという生やさしいレベルではない。為朝は軽く目眩を起こしながら入っていく。
作戦台の上にも、ソファにもテーブルにも。
「鼻血出そう……」
バレンタインデー当日の基地は、予想どおり……予想以上にチョコに埋もれていた。
「けっこう男女関係なく知り合いからもらうんだよね。お返しはマネージャーに頼むけど、けっこうたいへんなの」
瀬奈が包みのひとつを新しく開けながらこともなげに言う。
「ここに持ってきたら、みんなで食べられるかと思ったんだけど。みんな考えることは同じなのねえ」
その能力ゆえなのかそれとも魅力的な外見のためか、小夜がもらったと思われる贈答品はチョコや菓子にとどまらないようだ。運んできたらしい台車が隅に置いてあった。
「CARATは義理チョコ廃止してるけど、個人間でやりとりするのは自由だから。日ごろの感謝的な意味合いなんだろうね」
大企業のトップはにこやかに言いながら茶をすすっている。やたら高価なパッケージや渋めのギフトは、博多南宛だろう。今年は彼の「兄」にも人気が集まっていそうだ。
「時雨のは?」
台本を読み込んでいた人気俳優は鼻で笑ってみせると、無意味に脚を組みなおした。
「こんなところに持ち込める量じゃない。トラックが必要だからな」
「さっすがー……」
呆れ半分で笑いながら、為朝は提げていた紙袋をマブシーナに渡した。
「オレのは、だいたい男からの義理だけどな」
「まあ……本当に皆さんの人気はすごいですね!」
目論見は小夜と同じだが、他人と比較するとこれくらいは自分で余裕で処理できたなと思ってしまう。
「タメくん、チョコ嫌いだっけ?」
「いや、べつに……」
ただ、これだけの量を目の当たりにすると、食べる前に食べた気になってくるものだ。とりあえずコーヒーメーカーに手を伸ばした。今日はブラックがいい。
「うわっ……すごーい!!」
学校が終わった充瑠も、入ってくるなり歓声を上げる。
「全部食べ終わるころには次のバレンタインデーがきちゃうね……」
感心したように呟いた高校生の一言で、基地内は朗らかな笑いに包まれた。
仕事で遅くなった帰りに充瑠を家まで送り届けるのは大人たち全員の役目だが、近ごろでは為朝が自然と引き受けることが多かった。
二人でちょっとだけ買い食いしていくのも悪くない。仕事の話やゲームの話もなく、他愛もない雑談だけ。為朝にとっては却って新鮮な時間だった。
「もーしばらくチョコはいいわ……」
「そう? オレは毎日でも……あ」
白い息を吐きながらしみじみと言う為朝を見て、なにかを思い出した顔の充瑠が、封筒をスクールバッグから引っぱり出した。
「タメくん、これあげる」
「ん? 今開けていいのか?」
「もちろん」
白い封筒の中には、なにかのカード。
そのカードを開くと、キラキラした線が目に飛び込んでくる。幾重にも重なったカラフルな線は、具象を描いてはいない。しかし為朝には心を弾ませてペンを走らせる充瑠の表情が見えた、気がした。
今の彼は、照れくさそうに髪をかきまわしている。背が高いくせに子犬みたいな落ちつかなさで。
「なんかその、オレの気持ち……みたいな」
ふわふわとした憧れと夢と、そして優しさに甘さを感じさせる、彼の「気持ち」。チョコの山に埋もれかけて忘れそうになっていたが、今日は……。
「あー……」
にやけそうになる頬を軽く叩いて、カードをコートのポケットにねじ込んだ。
「……ちょっとここで待ってろ」
為朝は道端で店を出していたキッチンカーに駆け寄り、二人ぶんのドリンクを買った。
寒さに肩をすくめて立ちつくしている充瑠に、急いでカップを差し出す。
「これ、ホットチョコレート」
「え……ありがと」
熱いカップを両手で抱えた充瑠は、少し戸惑った顔で為朝を見返した。
「あの、オレが描きたくて描いただけだから、お返しなんてもらうつもりじゃ……」
「そうじゃねえよ……その、オレの気持ちってやつ」
言いながらも彼と正面から向き合うことはできなくて、晴れた夜空を見上げながらコーヒーをすする。
充瑠は湯気の立つチョコレートをひと舐めして、甘く熱い息を吐いた。
「今日のチョコの中で、いちばん美味しい」
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スターぶる時雨さんが書きたかっただけです。
ちなみに柿原さんも「義理だから誤解しないでよね!」って言いながら気合入ったチョコくれてたと思います。