セイバー文まとめ
日常。芽依ちゃんがいるので何もしてないです。
ワードパレット【人魚姫の愛】「きらめき」「約束」「泡沫」
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小説家が机にかじりついて唸っている横で、編集者が手持ち無沙汰にスマホをいじっている。
賢人はしばらくその様子を眺めていたが、とくに動きはなさそうだと判断して手近な絵本を手に取った。それを開きながら芽依の隣に腰を下ろすと、彼女はこちらを一瞥してすぐ手元に視線を戻す。
「その話、あんまり好きじゃないなー」
「へえ?」
開いた紙面には、美しい人魚の絵。
「アニメで見たのとちがってバッドエンドだし」
「はは……」
アニメの絵柄とはほど遠い、いかにも翻訳物らしい絵画のような挿絵を眺めつつ、賢人は人魚の後を追っていく。
「おれは好きだよ」
昔読んだのも、この本だった。三人で頭を寄せ合って読むときもあれば、それぞれが自分の選んだ物語に没頭していることもあった。ページを繰るとともにそんな記憶も甦る。
「彼女は勝手に王子を助けて、勝手に恋をして、勝手に近づいて、勝手に離れていくんだ。その勝手さに憧れる」
ちらりと見やった芽依の顔に「意味わかんない」という文字が現れていた。それもそうだと思い、しかしとくに補足する言葉もない。
「……じゃあ、悲劇的結末は身勝手さの代償なのか?」
白い原稿用紙を睨みつけていた飛羽真が、不意に割り込んできた。
「ただ、王子のそばにいたかっただけなのに。犠牲が大きすぎる」
顔を上げた賢人の目を見つめる表情はひどく真剣で、そしてほんとうに悲しそうだ。
「わからないさ。本人はその犠牲こそが幸せと信じていたのかも」
想う相手の傍らにただ在ることがどれほど難しいか。相手の幸せを願って自らを投げ出すほうが能動的に思えるものだ。たとえその行いが一瞬のきらめきであっても。
「自己陶酔だっていうのか」
「陶酔でもなきゃ耐えきれない」
自分の犠牲で彼が助かるならば……その一念に衝き動かされていた。
「泡となって消えることを望んでいた?」
「それが約束された未来だと思っていたから」
「そんなのは約束じゃない、呪いだ」
「どっちにしろ、身勝手だな」
すでに人魚の話ではなくなっていることに気づいているのかいないのか、芽依が戸惑った様子で口を挟む。
「ちょっとちょっと、ただのおとぎ話でそんなガチ考察……」
はっとして賢人から目を逸らした飛羽真は、万年筆を回しながら気まずそうに笑った。
「ごめんごめん、なにも思いつかなすぎて現実逃避した」
「もう、ちゃんと仕事してくださいよ神山先生!」
自分も仕事中とは言えない編集者の小言を聞きながら、賢人は尾を失った人魚を追って本の中へ戻る。
それでも憧れるのだ。
最愛の男に美しい思い出だけを残して、自己陶酔の中で泡沫となった姫に。
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童話シリーズでいくらでもできそう。雑コスプレもしてもらおう。
ちなみにラズロ・ガルの人魚姫で。シンデレラはマーシャ・ブラウン。そのへん「かみやま」にはこだわってほしいところ。