セイバー文まとめ

最終回後の二人、奇をてらわずベタに。
リバです。賢飛と飛賢でページ分かれてるので片方だけお読みいただいてもたぶん大丈夫です。

「比翼の鳥、羽を休めて。」

1.賢人×飛羽真
2.飛羽真×賢人
3.その後


一年ぶりの、といっても自分自身にそれほどの時が経った意識はないのだけれど、とにかく現実の我が家は、驚くほど変わっていなかった。
あたりまえに風呂に入って、髪を洗って、いつものシャンプーがきちんと補充されていたことに上がってから気づく。
タオルは自分がそうしたように丁寧に畳まれていて、冷蔵庫の中身も記憶とほとんど変わっていない。家具に埃も積もっていないし、細々とした日用品もあの日からそれほど動いていないように見える。
長い夢を見ていただけで、皆と別れたのはつい昨日だったのかもしれないと錯覚するほどに。
「ずいぶんきれいに住んでたみたいだね」
自分のあとに風呂に入って、烏並みの早さで出てきた賢人に笑いかけると、彼は照れくさそうに目を逸らした。
「……飛羽真がなにを大切にしてるのか、わからなかったから」
飛羽真がいないあいだ、賢人が家と店を維持してくれていたことは皆から聞いた。飛羽真がいつ帰ってきても迎え入れられるようにと、この家で暮らしながら店を開け、あの日の状態を保ちつづけていたのだと。
「うん……うれしいよ」
日常の中にも自分だけの些細なこだわりが山ほどあることを、飛羽真は他人に話したことはない。しかし賢人は、わからないなりにすべてをそのまま守りつづけてくれた。
どれほど心を砕いたところで、飛羽真にとっては取るに足らないものかもしれないのに。なによりも、飛羽真がこの家へ戻ってくる保証はどこにもなかったのに。
「おれのパジャマ、ぴったりだ」
「じゃあ、もうおれのかな」
胸を張ってそう言う賢人は、躊躇うこともなく飛羽真のベッドに腰を下ろした。そんな軽口を叩くところはまるで変わっていなくて、安堵の笑みが洩れる。
アンティークな棚の引き出しを開けた飛羽真は、一年以上前に買ったスキンの箱を取り出して破顔した。
「これは『あの日』のままだよね?」
「減ってたら大ごとだろ」
苦笑する彼に、それを開けながら歩み寄る。
「洗面所に、歯ブラシが二本あるの見てさ。なんだか、ずっと二人で住んでた気分になった」
賢人がこの家に住んでいるという証拠を見つけて、つい頬がゆるんだのだが。
当の賢人は苦しげに髪をかき上げただけだった。
「……あれを見るのがいちばんつらかったよ」
「賢……」
互いの「時間経過」のずれを思い知る。確実に一年は過ぎていたのだ。
「飛羽真の家なのに、どこにも飛羽真がいない……なんでおれだけがこのベッドにいるんだろうって……」
彼にとってはこの家のすべてが、飛羽真がいないという現実の象徴でしかなかった。
「ごめん、ごめんね……」
夢中で抱き寄せると、相手も力を込めて抱き返してくる。
「おれは、おまえに何回こんな思いをさせたんだろうって……」
幾度も離れて、相手の死を味わって、彼方を彷徨って、最後には一人欠けて。二度と三人には戻れないからこそ、今目の前にいる相手が最も大切だとわかった。
「おれも……この部屋で何度泣いたかわからないけど……」
熾烈な戦いの中、仲間たちの前で、いつまでも自分の感情にだけ浸ってはいられない。だが独りになると喪失感が襲ってきて、眠れない夜も少なくはなかった。
しかしこの一年、彼に同じ苦しみを強いたことを思えば、自分の嘆きくらいなんということはない。
飛羽真は懸命に笑顔を作り、相手の顔を覗き込んだ。
「賢人が、おれのパジャマ着ておれのベッドにいるだけで、最高に幸せだよ」
もうどちらかが嘆く夜は来ないのだ。
賢人もむりやり口角を上げてみせ、飛羽真の頬をさする。
「もっと幸せにしてやろうか」
「うわ、作家でも思いつかない名台詞……」
「バカにしてるな?」
笑いながらベッドに倒れ込み、どちらからともなく唇を重ねた。
触れた瞬間、その生々しさに衝撃が走る。
なじみ深い彼の匂い、少し冷たい舌、唾液の混じる濡れた音、視界を覆う伏せられた瞼、のしかかってくる体の重み。
どれもあの美しい世界にはなかった、そして必要ともしなかった感覚だ。
「は……っ」
呼吸がつづかなくなって大きく息をついたときには、シーツに肩を押さえつけられていた。
「……飛羽真」
それが了承を求めるときの表情であることは覚えていたから、こちらも気持ちを込めて見つめ返す。
「ちゃんと、愛してよ」
賢人はわずかに目を見開き、呆然と呟く。
「神山先生が使ったことのない台詞だな」
「なんで知ってるのさ」
たしかに飛羽真は小説の登場人物に「愛」について言及させたことはなかった。だが「ない」ことには普通気づかないものだ。
「神山飛羽真のファン第二号だから」
第一号は彼女に譲って、賢人は飛羽真の首筋に顔をうずめた。柔らかい場所に痕をつけられ、その感覚に身を震わせる。
「もっと……」
彼の頭を抱え込んで、その傷をさらに要求した。賢人は飛羽真を脱がせながら、律儀に応えてくれる。肌を吸われるたび、記憶が甦ってきた。なにを信じるべきかもわからず、戦いの先にあるものも見えず、ただ手近にある存在として求め合った、わずかな休息での交合を。
「ぁあっ……」
胸の突起を舐め上げられ、快感につい声が洩れた。そこが弱いと知っているから、賢人も執拗に責め立てる。歯を立て、強く吸い上げ、舌先で嬲り……ただそれだけの愛撫に屈し、飛羽真は甘い喘ぎをこぼしつづける。
肌に散る紅の数もわからなくなったあたりで、器用で遠慮のない手が下着の中に差し入れられ、着ているものは強引に剥ぎ取られた。
「ずるいよ、賢人も脱いで」
そう言いながら服を引っぱると、「なにがずるいんだ」と言いながら自分で脱いでくれる。
そのパジャマがだれの所有物かなどはもうどうでもよかった。今、飛羽真のものはすべて賢人のもので、そして賢人は飛羽真のものなのだ。
再びの口づけとともに、今度は裸の胸が重なる。片ひざを持ち上げられてわずかに羞恥心がよぎったが、それも束の間のこと。
コンドームをかぶせた指が這い込んできて、それこそ忘れかけていた感触に身をすくめた。
彼はひどく慎重に、飛羽真の中を解していく。キスの合間にこちらの様子を絶えず伺いながら、飛羽真が刺激に喘ぐたびに具合を尋ねながら。
しかし「だいじょうぶか」と尋ねられたところでろくな返事もできず、ただ何度もうなずくしかない。
内側を探られる違和感と、性感を掠められる焦燥と、この先への期待でどうにかなってしまいそうだ。
「もう……もういいから、早く……」
「急かすなよ」
彼は苛立ったように深く息を吐き出し、重い前髪を振り払った。
それが自分自身の欲望に対する焦りだと知っていたから、うれしさもあってつい笑ってしまう。
しかし本気の目をした相手に、いつまでも笑ってはいられない。
「――……っ!!」
声にならない悲鳴を上げ、必死で賢人にしがみつく。
「あっ、ぁあっ……」
みっともない自分の声を聞きながら、本当に生を取り戻したのだと感じた。
ありえない部位の痛みと、それ以上に全身を駆けめぐる快感と、そして激しく求められている実感は、今ここにしかない。
こちらを見下ろした賢人が、ぎょっとした顔で動きを止める。
「悪い、やりすぎたか!?」
相手の頬が涙で濡れているのに気づいたからだろう。飛羽真は首を振り、自分の顔をこすった。
「ぜんぜん、足りないよ……」
欠けた時間を埋めるには、まだまだこの程度では収まりそうにもない。

暗い部屋の中、お互いの汗ばんだ背中にもたれ合って、二人は息をついていた。
欲を吐き出して落ちついたわけではなく、止めどない渇望を一度落ちつかせたくて。でなければどちらかが壊すか壊されるかしてしまいそうだったから。
賢人がかすれ声で呟く。
「おれは何度も飛羽真を置き去りにしてきたから……今度はおれが、何十年でも待つつもりだった」
彼はたしかにそれを実行しただろう。自分の生涯を投げ打ってでも。
「早めに帰れてよかったよ」
彼を待たせた日々を思えば、少しも早くはなかっただろうけれど。しかし手遅れではない。
「浦島太郎にならずに済んだ?」
「もちろん、それもあるけどさ」
飛羽真は思わず笑い声を上げ、寝返りを打って賢人の背中に抱きついた。自分だけが今のままで、彼が父親そっくりに歳をとっていたらたしかに戸惑うかもしれない。幸い、そうはならなかった。
「これから、何十年もずっといっしょにいられるじゃないか」

 *

賢人は老けても隼人の顔にはならないと思いますが、それはそれでとてもいいなと今思いましたごめんなさい。