セイバー文まとめ
肩に、唇が触れる。
その口は同時にしゃべりつづけてもいた。
「ユーリが前に言ってたんだ……」
肌に息が当たる。冷静な語り口とは裏腹に熱く湿っていて、先ほどまでの行為から少しも切り替えられていない。
「ワンダーワールドでは、誰かといても常に独りだ、って」
ベッドの中で後ろから抱きしめられ、賢人はただ彼の言葉を聴いていた。汗ばんだ肌が隔たりなく重なっていて、しかし今はそれが心地よく感じられる。
「向こうではそれが普通だと思ってたけど、こっちに来て知ったって言ってた……」
博識なユーリが発揮する純粋ともいえる好奇心は、いつも仲間を驚かせていた。そんな彼自身の最たる驚きは、「生身の体」を得たことだったらしい。
その新鮮さと違和感を、飛羽真はいつのまにか彼から聞き出していたようだ。
「たしかに、ぜんぜんさびしくはなかった。でも……」
彼が新しく創造したというその世界では、こちらの世界にはすでに存在しない人々が顕れたという。彼を励まし、送り出してくれた人々が。
「『独り』の意味は、よくわかったよ」
現実の肉体はなく、肉体を維持するための欲もなく。だれかの手を握っても、抱き合っても、この世界と同じ感触があるわけではないと。
神山飛羽真ならば、それもありなのかもしれない。この世の理から解き放たれて、幸福で美しい物語を紡ぎつづける彼ならば。
「同じ『独り』でも、ぜんぜん違うんだな……」
自分の周囲には、仲間たちがいた。「残された」賢人を案じて、入れ替わり立ち替わり様子を見にきてくれていた。倫太郎や芽依はなにかと理由をつけてほとんど毎日顔を出していたし、ときにはあの神代兄妹までもが、下手くそな世間話をしにくることもあった。
あえて明るく気丈にふるまっていることなど、皆にはとっくに知られていたのだろう。だが賢人の行動を止める者はいなかった。
頼り甲斐のある仲間たちと、それから店を訪れる小さな常連たちのおかげで、正気を保っていられたと今になって思う。
それでもこのベッドで過ごす夜の孤独だけは、どうすることもできなかった。
ノーザンベースの自室に戻ってしまえば楽だろうと幾度も思ったが、飛羽真の帰る場所を一瞬たりとも「空き家」にすることは許されない。飛羽真が出ていったときのまま、この空間を守っておかなくては。
ただ愚直に、自分の思い込みだけをよすがにして、賢人は一年ものあいだこの家で暮らしていた。
時に彼を想って熱くなるこの身を持てあましながらも。
「……ワンダーワールドでは、欲しいとも思ってもらえないのか」
ぽつりと呟いた賢人を、飛羽真はさらに強く抱きしめる。
「だからかな。こんなに欲しくてたまらないのは」
耳へ触れそうな距離で囁かれた声に、体の奥が疼く。それはもう身を焦がす切なさではない。彼に触れられている歓喜だ。
「おれは、ずっと飛羽真が欲しかったよ」
「うれしいな」
喉元に細い指が触れ、その手があごから口元へと上がってきた。唇をなぞる指先を舐めると、その指は口の中へと這入ってきて舌を絡め取ろうとする。
「ぁ……っ」
唾液が彼の手を伝ってこぼれていく。飲み込もうとするほどに飛羽真の指がじゃまをしてままならない。
「飛羽……」
たまらずに、彼の指へ歯を立てた。すまないとも痛かったかとも言えずに、手を後ろへ伸ばして背後の彼に縋ろうとする。うれしそうに息だけで笑った彼が、耳に優しく噛みついてきた。
「もっと、濡らして……汚して……」
熱に浮かされたような声とともに、もう一方の手が腰骨を撫で下ろして局部へと伸ばされる。
「んっ……!」
少しも満足していないそこは、長い指が絡みついただけで浅ましく反応し、彼を求めはじめた。熱は急激に集まっていくのに、慈しむように緩慢な動きで触れられるのが、焦れったくてたまらない。
「ふ……ぁっ」
なにかを訴えたくても、言葉は封じられている。手はなんとか飛羽真の腰を掠めるが、こちらから抱きしめることも叶わない。しかし与えられる刺激に抗うことはできなかった。
「ごめん……」
飛羽真が不意に謝罪を口にして、蕩けかけていた頭が戸惑う。
「賢人を欲しいって思う気持ちまで、忘れてたんだ……」
それは少しも罪ではないと叫びたかった。帰ってきてくれただけで、今こうして二人で過ごせるだけで、充分すぎるくらいなのだと。今、彼の劣情を全身で感じられることが幸せなのだと。
飛羽真の昂ぶりが後ろに当たっている。受け入れる支度はしていないが、今すぐにそれが欲しかった。
もう一度、舌を弄んでいる指を噛む。今度はわざと、少しばかり強めに。
すぐに意図を理解した彼はやっと口を開放してくれた。
汚れた口元を拭うのもそこそこに、首をねじって相手を見返る。目が合った飛羽真は一瞬驚いた顔をして、しかしすぐに唇を重ねてきた。
「……おれだけが、がっついてるみたいじゃないか」
苦しい口づけの後に苦情を述べると、相手は困ったように眉を寄せる。
「だって……」
ぐいと腰を引き寄せられたかと思うと、彼の猛った熱が腿のあいだに押し込まれた。
「おまえ、それは……っ」
「ぁん、あっ!」
返事の代わりに抑えきれない喘ぎで応えた飛羽真は、そのまま腰を打ちつけてくる。彼らしくもない手荒さで、無意識に逃げようとする腰を押さえつけて、しかし抱かれているときと変わらない嬌声を上げて。
受け入れているわけではないとはいえ、欲望を直接ぶつけられている感覚は実際の交わりと変わらない。昂ぶった彼自身が賢人のそれを裏側から擦り上げてくるせいで、中を突かれるよりもダイレクトに刺激を受けることになる。
「飛羽……ぁっ!」
賢人がその責めに陥落するのと、飛羽真の熱が弾けるのとはほぼ同時で、絶頂の悲鳴も重なった。
「賢人、賢人……」
飛羽真に後ろから抱きしめられたままで快感の余韻をやり過ごすが、どちらの体が震えているのかわからない。先ほどと同様に、醒めていく感覚は少しもなかった。
いきなり犯したりはしない彼なりの優しさであることは嫌というほど理解していたが、それはそれとして。
「あんまりだ……」
「ごめん、焦りすぎた」
声も小さくなっている彼をもう一度ふり向いて、また目を合わせる。
「奥までは、欲しがってくれないのか」
「……!」
泣きそうな顔で覆いかぶさってくる飛羽真を抱きとめ、賢人は安堵の笑みを浮かべた。
*
とはいえ、左翔太郎よりは前向きに健康的に過ごしていた顔だったのでよかったです。