セイバー文まとめ
いつのまにか番犬の位置に納まった神代兄妹を背後に携え、ソフィアは美しい微笑で賢人を迎える。
「おかえりなさい、エスパーダ。大切な役目、ご苦労さまでした」
思わぬ言葉に驚いて、彼女の立つ場所を見上げる。
「いえ、おれはなにも……」
「セイバーの住処はノーザンベースのゲートでもあります。あなたが守ってくれて、とても心強かったのですよ」
「はあ……ありがとうございます……」
私情で行動することに否定的だった組織が、完全な個人的感情で動いた結果をそこまで賞賛してくれるというのも、どこか面映ゆい。飛羽真以外のだれかのためとは少しも思っていなかった気まずさも手伝って、つい返事が弱くなる。
「しかし、本当によろしいのですか」
わずかに眉を曇らせた彼女の言いたいことはわかっていた。
「飛羽真が帰るまでと決めていたので」
一年間「かみやま」とそのバックヤードを守りつづけた賢人は、家主の帰還と入れ替わりでノーザンベースへ戻る。ソフィアにはあらかじめ伝えてあった。
「あそこは、飛羽真がたった一人で作り上げた自分の城みたいなものなんです。おれが居ついたら、きっと飛羽真の領域を侵してしまうから」
彼がいない世界で、彼の存在した痕跡をなぞりつづけて理解した。
神山飛羽真の世界は、彼の欠落と孤独が生み出したものだ。彼の物語も、彼の生活も。
温厚で人当たりのいい本人からは想像できないほど、とても繊細でどこか偏執的で……そのひとつひとつに触れるたび、すべてが愛おしく感じられた。なにひとつ変えてはいけないと思った。
彼そのものである彼の世界を守るために、自分は自分のあるべき場所へ戻ることを決めたのだ。
「ここはあなたの家で、わたくしたちは家族ですから。戻ってきてくれてうれしく思いますよ。
そしてこの先また違う選択をしたとしても、尊重されると覚えておいてください」
ソフィアの言葉に、感謝を込めて深く頭を下げる。
頭上では玲花が兄に向けて、しかし賢人に聞こえるように囁いていた。
「彼らはなぜまた離れるのでしょう」
「他人の事情に口を挟むな」
たしなめる凌牙の声を聞きながら、賢人は静かに微笑む。
少しも離れてなどいない。二度と離れるつもりもない。
扉の向こうからバタバタと騒がしい足音と声が聞こえてきた。
以前なら殺気を放って身がまえていたであろう兄妹が、ため息をついたり顔を見合わせたりして少しも警戒を見せない。彼らもこの緊張感のない日々に慣れつつあるようだ。
「賢人がこっちに戻るってホント!?」
「飛羽真と暮らすんじゃなかったんですか!?」
「一回の喧嘩くらいで早まるんじゃない……」
芽依と倫太郎と大秦寺が一斉に駆け込んできて、室内は途端に騒がしくなった。彼らの背後から、帽子を直しながら長身が困った顔で現れる。
「喧嘩はしてないったら……こんにちは」
今でも組織に属していない彼はいちおうの礼儀としてソフィアに挨拶し、賢人の横までやってきてごく自然に肩を抱いてきた。こちらもあたりまえに腰を抱き返す。
互いに触れている、ただそれだけでひどく安心する。当分はこの感覚が抜けないだろう。
「だって、お隣さんみたいなもんじゃないか。毎日会えるし、とくに問題なくない?」
涼しい顔でこともなげに言う彼だが、喧嘩とまではいかずともそれなりに一悶着あったことは、賢人だけが知っている。
彼の言葉どおり「毎日会える」というところで落ちついたものの、ちょうどいい距離感を掴むには互いにもう少しかかりそうだった。
「スープの冷めない距離というやつだな。最適解かもしれん」
いつからいたのか階段に座り込んだユーリが、いつものしたり顔でうなずいている。飛羽真から聞いたワンダーワールドのことを思い出したが、この飄々とした男にも「触れたい」相手がいたのだろうか。
肩を組んだままの飛羽真が笑顔で覗き込んできた。
「賢人の部屋、見せてよ。ついでにみんなの部屋も見学したいな!」
そういえば飛羽真をこの奥へ連れていったことはなかった。今度は自分を飛羽真に見せる番かもしれない。
「いいだろう、じゃあ倫太郎の部屋からだ」
「待ってください、どうしてぼくなんですか!」
いきなり巻き込まれてあわてる倫太郎と、見たい見たいとはしゃぐ芽依の裏で、大秦寺が気配を消して立ち去ったのを見た。自室に鍵をかけにいったのだろう。騒がしくも和やかなこの時間がずっとつづいてほしいと願う。
「部外者を私室へ引き入れてもよいのですか」
「ええ、なにしろ『お隣さん』ですもの」
玲花の問いにソフィアがおっとりと答えるのを聞きながら、賢人は確かめるように飛羽真を強く抱き寄せる。
だいじょうぶ、彼はここにいる。この先も毎日顔を合わせられる。
ずっと、いっしょだ。
*
全員は出せなかったなあ。
増刊号やスピンオフで普通に同棲してたらどうしよう…