麒麟がくる文まとめ
曼珠沙華「まぼろし」「紅」「会いたい」
桔梗でほぼ何もできなかったので再挑戦。でもやっぱり何もできてない。
*
畦に毒のある派手な花が咲きはじめ、真っ赤な道を作る。
『気味の悪い花だ』
歯切れよくそう言い捨てる声を思い出し、伝吾はひとり笑みを洩らした。
「双六の相手をなどという用事があるか」
十兵衛は馬の鞭で彼岸花を叩きながら、ぶつぶつ文句を言っている。
気まぐれな従妹が不意にやってきて、楽しくもない遊びにつき合わされたことを愚痴っているのだ。聞けば手加減なしで大負けしたとか。虫の居所が悪いのもそのせいか。
「帰蝶さまは、十兵衛さまのお顔をご覧になりたいだけでしょう」
にやつく伝吾の遠回しな言い草にも、朴念仁は気づいた様子がない。
「顔など見てどうする! 半月やそこらで変わるものでもなかろうに!」
あまりの情緒のなさに今度こそ笑い出した伝吾を、十兵衛は怪訝そうに睨みつけた。
「手前は、十兵衛さまのお顔を一日見ないと心が落ちつきませぬ」
「なに?」
「どこで無茶をはたらいているかと」
「おまえ……っ」
鞭を放り出して掴みかかってきた十兵衛を、伝吾は笑いながら受け止める。元より本当に喧嘩などするつもりがないのはわかっていたから、二人は草の中に倒れ込んで転がり、幾らかの彼岸花をなぎ倒して、大声で笑った。こうやって時折「利口な若君」はただの若者に戻る。
いくらか気が晴れたのか、十兵衛は伝吾の肩口に鼻先をうずめた。
木々の合間に空を見上げながら、伝吾も十兵衛の髪をいじる。折れた花が自分たちを覗き込むようにこちらへ頭を垂れていた。
「おれは……」
少し考え込んでいた十兵衛が、ぽつりと呟く。
「おまえが顔を見せぬ日などないからな。一月やそこら会わずとも、どうということはない」
二人とも、互いがいなくなることは思慮の外にあった。いつどちらかが戦いや病で命を落としても不思議ではないのに、離れたときにどうなるかなど考えもつかなかった。
「顔を見たいとおっしゃれば、いつでも参ります」
「おれがおまえに『会いたい』と?」
宵闇の中から若々しい笑い声が聞こえた気がして、はっとふり返る。
「いや……」
そんなはずはない。ここにはいないのだ。こんなところに……彼岸のそばにいるはずがない。
「まぼろし、か」
夕餉だと叫ぶ子らに笑顔で答え、足早に我が家へと向かう。
紅い花の道を辿って。