シン・ゴジラ文まとめ

ゴジラ前。
矢口を保護する赤坂さん。

 *

携帯電話が鳴った。
志村という男だ。
「矢口なら、私といる」
矢口の秘書の中では歴代トップの有能さだと赤坂は思う。矢口は人を使うのが巧いが、ただ使われることに甘んじてしまう者も多い。志村には未だにその甘えが見られない点に好感が持てる。
だから、こうして電話をかけてくるのも煩わしいとは思わなかった。
「あとで連絡させよう」
有無を言わさず話を切り上げ、携帯電話の電源を切る。
「人の電話を勝手に使わないでください」
妙にはっきりした声が聞こえて振り返ると、ベッドで寝ていたはずの矢口がドアの前に立っていた。シャツは羽織っているが、髪は妙な方向に跳ねている。笑い出したくなるのをこらえて、目の前のグラスに酒を注いだ。
「おまえの寝顔を肴に飲もうと思ったのにな」
「趣味が悪いですね」
詰るでも嗤うでもなく無表情にそう言った矢口は、赤坂の隣にやってきて腰を下ろす。長身の矢口が足を伸ばせそうなサイズのソファなのに、なぜか肩が触れるほど近くに座っている。
「飲むか」
「いえ、けっこうです」
まだ起きていないのか、矢口はテーブルの上にある電源の切れたスマートフォンを眺めた。
手を伸ばして電源を入れればいい。今すぐ秘書と連絡を取らなければならないだろうし、それより前に入っていた妻からのメッセージにも早く返信するべきだ。
だが矢口はなにもせず、赤坂の隣にぼんやりと座っているだけだった。
赤坂も黙って一人で酒を飲む。
肩もひざもぶつかりそうなのに、矢口はただそこにいる。寄りかかってきたら支えてやるのに。「寄りかかる」ということさえ思いつかないらしい。
だからいつも、こちらから手を出してやるはめになる。
寝ぐせのついた頭を軽くかきまわして、そのついでに引き寄せた。赤坂の肩にその頭が乗るが、それほど重くはない。ただ置いているだけといった様子だ。
いつからだろうと思う。
彼はだれか特定の人間に取り入ることはしなかった。赤坂も、殊更に矢口を自分の側に引き入れようとしたことはなかった。この状態は、赤坂が求めたわけでも矢口が望んだわけでもない。いつのまにかこうなっていた。
矢口蘭堂は見た目よりタフな男で、休みなしに働きつづけていても弱音ひとつ吐かない。むしろ没頭できる状況では楽しんでいる気配すらある。状況が差し迫ってくるほどに輝く、有事向きの性分だ。
それに対して、体力は使わないが別の部分に負荷がかかるらしいのが、他人との交際だった。政治家としては根幹の部分である根回しや接待、選挙……もちろん、矢口自身は苦手とは感じていないだろうし、実際そつなくこなしている。親の支持基盤をそのまま引き継ぐというのも言うほど楽ではないはずだが、単なるアドバンテージと割り切って嫌がる様子もない。
だが、単に気力体力勝負で目標が明確な仕事とちがって、関係の維持を目的とした交際というのは彼を消耗させるらしい。矢口の精神はなぜか平時に削られていく。貞淑な妻との夫婦生活でさえ、彼にとっては選挙対策の一環でしかないだろうと赤坂は見ている。
でなければ、家庭で全ての荷を下ろせるはずだ。赤坂が折を見て強制的に世界から遮断してやる必要はない。
いや、本来ならば赤坂にも義務などないはずだった。仕事に直結するメリットも思いつかない。
「そろそろ愛人でも作れ」
「コスパが悪すぎます」
即答され、ではこの関係はコストパフォーマンスを優先させた結果なのかと言い返してやりたくなる。
たしかに赤坂は矢口を見限ることはないだろう。だがわざわざ宣言したこともない。なのにどうして矢口にわかる? なぜ全てを赤坂にだけさらけ出す? この世界は昨日の味方が今日は敵になることもざらにあるというのに。
「……おまえがコストの話をするとはな」
ため息をついて、グラスをあおった。
「やっぱり……一口ください」
矢口が頭を持ち上げてこちらを見た。鼻が触れそうな距離に顔があり、その手は赤坂のひざに置かれている。
赤坂は彼の肩を抱き寄せてから一口飲み、そのまま口づけた。
「ん……っ」
わずかに抵抗するかのようにこちらのシャツを掴んだ彼は、それでもすぐに赤坂を受け入れ、酒の味を追うように舌を絡めてくる。
長い口づけが終わったときには、矢口が赤坂をソファに押しつけるかたちになっていて、赤坂のほうは手にしたグラスの残りをこぼさないようにするので精いっぱいだった。
矢口は赤坂の濡れた唇を丁寧に舐め、満足げに息をつく。
「……充電完了か」
「いえ、まだ60%ほどです」
そういえば、さっき電源を切った携帯電話のバッテリー残量もそれくらいだった、と思い出しながら、手を伸ばしてグラスをテーブルに置く。
長い指に眼鏡をさらわれ、赤坂は観念して目を閉じた。

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選挙カーから田んぼに向かって手を振る矢口とか、必勝だるまに目入れてる矢口とか、テレ東選挙特番でおもしろプロフィール書かれて中継で池上さんにつっこまれてる矢口とか、なかなか想像しづらくて困る。