シン・ウルトラマン文まとめ1
炭火(すみび)「いい匂い」「離して」「おかわり」
ザラブ前。リピ加というリクエストをいただきました。
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眠るという表現が適切かはわからないが、意識を休めている最中にふとそれまで感じなかった匂いを認識した。
身を起こすと、キッチンに加賀美が立っている。
「おはよう神永。コーヒー飲むか?」
手にしているのはコーヒーメーカー。この部屋に元からあった備品だろうか。
「いただこう」
加賀美は神永のYシャツを羽織っていた。リピアもわずかな肌寒さに毛布を引き寄せる。そういえば、加賀美の服はゆうべ体液で汚してしまったのだった。
「いい匂いだ。防災庁のとは比べものにならない」
「そりゃそうだ。わざわざ炭火焙煎の豆を買ってきたんだからな」
上機嫌な様子で湯気の立つカップを持ってきた加賀美は、リピアにそれを渡すと自分はソファに座り込む。
「気に入ったか」
いや、これは神永が元から……と言いかけて熱い液体とともに飲み込む。それからわずかな寒さに身をすくめ立ち上がり、加賀美の隣に場所を移した。
「ああ、好きな味だ。おかわりはあるかな」
「十二時間だけ、私の恋人になってほしい」
神永の姿をしたリピアにそう持ちかけられ、加賀美の眉が動いた。
「書物だけじゃ足りなくなったってわけか。だがなぜ俺なんだ。一夜を過ごす女ならいくらでも……」
「神永新二は、生来女性に関心がない。だから最も関係が……」
そう言いかけたとき、あろうことか公安調査員は銃を抜いて突きつけてきた。
「それ以上はやめろ。あいつのプライバシーを晒すな」
「すまない。共有済みの情報だと思っていた」
加賀美は抜いた銃を懐に戻し、険悪極まりない表情で解説する。
「あいつの性志向や、恋人や愛人の数などといった情報を俺は知りたくない。家族構成、学歴や出身地さえ我々の経歴からは消されている。互いに知る必要もない。俺との会話以外は、俺に対しても秘匿情報だと思え」
まず彼の剣幕に驚いたが、こちらの要求を受け入れてもらうのが先だ。
「では、偶然ということにしよう。私の存在を理解している複数の人間から、ランダムにきみを選んだ」
「……了解した」
渋々といった様子で、加賀美は煙草を取り出す。
「とはいえ表立ってデートというわけにもいかない。公安の所有物件を借りる」
自宅も明かしていないと言っていた。それは想定内だ。
「その時間は、私を神永として扱ってほしい。きみがよく知っている、元同僚の神永だ」
「……よく知っている元同僚の神永と、経験のない恋人を演じろと?」
煙とともに皮肉を吐いた男は、すでに手元の端末を操作して手配を始めている。
しかし、この身を「リピア」として愛してほしいと頼んでも、拒まれるだろうから。
茶番の開始から十一時間半以上が過ぎている。
「シーツはどうすればいい?」
「服といっしょにクリーニングに出す。それ以外は清掃を頼むからとくになにもしなくていい」
新しい服に着替え、二人は部屋を片づけていた。飲み終わったコーヒーカップも、二人で洗って片づける。まるで毎日そうしているかのように。
予備アラームが鳴った。端末の画面が赤く光ってカウントダウンを始める。
「あと三分……」
加賀美が無表情に呟いた。名残惜しそうにも安堵しているようにも見えたが、自分にはどちらの感情もわからない。
リピアは思わず加賀美を引き寄せ、強く抱きしめる。まだ自分たちは恋人同士だ。愛し合い、互いを必要としている。
頬をすり寄せながら、二人は互いの体温と鼓動を感じていた。無言のまま最後に唇を重ねようとしたとき、加賀美が囁いた。
「俺にはおまえだけだったよ、神永」
同時に、けたたましいアラームが鳴り響いた。
ジャスト十二時間。
二人は何事もなかったかのように体を離して、それぞれ上着に袖を通す。
関係は終わりだ。
ベッドの中で激しく愛し合うのも、並んで目覚めのコーヒーを飲みながら談笑するのも、この先二度とない。
「先に行け。俺はこの部屋の後始末をして出るから」
「では、必要なときに連絡する」
背後で、オートロックキーが閉まる音がした。
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※「焼肉屋に行ってメフィラスと遭遇するのは禁止」という縛りがありました。メフィ禁。