シン・ウルトラマン文まとめ1

リバ前提の加神。公安時代、階級は適当。
テロ事件解決して有給もらってホテルで贅沢します。便宜上、公安モブ出てきます。
全体的にバイオレンス注意。加賀美が性暴力に遭います。
すまないがウルトラマンは関係ないんだ、ウルトラマン。

 *

廃ビルの地下室。
発電機が騒々しい音を立てていて、遠くからそこにいる者の会話を聞き取るのは難しい。
その発電機のひとつが稼働をやめ、全員が異変に気づいた。しかし気づいたときにはすでに遅かった。
「警察だ!」
突入班が見たものは、派手な風態の男たちと、彼らに囲まれて足元に倒れている男。血だらけの頭が動いてこちらを一瞥したところから、まだ意識はある。
『武器は全員スタンガンのみ、銃は所持していない。二名は被害者の救助搬送を最優先。残りは全員逮捕に回れ、一人も逃すな』
本部にいる神永警視からの冷静な指示により、公安部の精鋭は現行犯逮捕のため一斉に動いた。人数は警察側が圧倒的に多い。烏合の衆らしきテロ組織など制圧にそう時間はかからない。
倒れている男に駆け寄った若い刑事のひとりは、思わず顔をそむけた。
両手両足を針金で縛られた関節は、金属に擦れて血にまみれている。
服は引き裂かれ、局部は見せつけるように露出していた。全身には殴打や裂傷。それ以上に、複数回かけられたであろう精液が血と混じり合って、性的暴行の生々しい痕跡が直視に耐えがたい。
この後の指示で救急隊が来ることになっているが、若手は拘束を外した直後に自分たちのジャケットを彼の上に掛けた。そうする他なかった。
顔にもかかっている血と精液を拭いながら、声をかける。
「大丈夫ですか、加賀美さん!」
「……例の、少年は」
「無事保護されました。加賀美さんの手帳と発信機も所持しており、現在は車両内で応急処置を受けています」
彼はそれを聞くと、安堵したように意識を手放した

「動画まで撮って、悪趣味なことね。おかげで証拠には不足しないけど」
押収品の中にあった動画の中には、加賀美が捕まってから暴行を受けている状況が詳細に記録されている。それだけではない。彼らは今までの悪行を録画し、一部はネット上に公開していた。一種のPR、デモンストレーションだ。
目を背けたくなる映像を、公安課長と神永は無表情に分析していた。
「加賀美は撮影用のカメラがセットされたとき、怯えて混乱したふりをして画面の情報を見ています。また、錯乱状態に見せかけて場所や人数を尋ねている。突入時間まで時間稼ぎをする判断をしたのでしょう」
加賀美の目からは理性が消えていない。自分が神永に伝えた情報と、神永が突入を約束した時刻を確信している。
組織から逃げ出そうとしていた少年に遭遇したのは想定外だったが、とっさに警察手帳と銃・通信機を彼に託したおかげで、警察官とはわからなくなった。彼らの警戒心は下がったはず。
本来ならこの遊び半分のような惨い『制裁』を受けていたのはあの少年だった。無力な民間人を彼は確実に救ったのだ。
「命乞いや、暴行に怯えるような反応を見せはじめたのもその直後です。加賀美は暴力に動じる男ではない。だがつまらない反応で飽きられては、その場での死もありうる。『あの少年の代わりに』弄ばれることで相手の興味を引き時間を稼いだと考えます」
正体を暴かれ殺される前に、嗜虐的な犯罪者を「遊ばせる」のも策略のうち。
動画を横目に、課長は軽く舌打ちした。
「だから今回は加賀美にやらせたくなかったのよ。あれは逃げを考えない男だから」
課長が悔しげに吐き捨てる。だが現場の指揮をとっていたのは神永だ。効率を考え精鋭を送り込んだ。
「……私の責任です」
突入に遅れはなかった。とはいえ、いらぬ負担を加賀美にかけたことは事実で、ろくに筋の通った思想もないテロ組織に「玩具」を与えてしまったのは神永の失態といえる。
「責任問題は後回し。まずはテロリストの取り調べが先だから」
逮捕された全員が、連絡を取り合えないよう個室に押し込まれた。窓もない地下室は、普通の取り調べ室ではない。
課長は尋問班を前に、ひどく静かな声で指示を下した。
「どんな情報も吐かせなさい。手段は問わない」
神永は眉ひとつ動かさず、そのあとの言葉を聞く。
「あとは、仲間内の制裁を受けたように見せかけて処分を。やつらのやり口と同様に、五体満足ではここから出さない。残党の報復を諦めさせるつもりで、徹底的にね」
知らず身震いする者もいたが、全員が大きく頷いて任務に戻っていく。
ひとり残った神永を振り返る課長の目には、すでに怒気も冷酷さもない。つかつかと捜査本部のほうへ歩いていった。
「加賀美警部の容体は」
警察病院から回ってきた資料をめくり、現状を伝えた。
使用された凶器は報告どおりスタンガンのみ。鈍器等では殴られておらず、殴打と足蹴で骨に至る重傷はない。出血も輸血を必要とするほどではない。外傷は全治二週間ほど。ただし不衛生な環境での負傷、複数人からの性的暴行に関しては、感染症などの検査が必要……。
「了解。三週間の休養を申請しておいて。課長命令で」
「手配します」
頭を上げると、課長は振り返らずにつけ加えた。
「神永も、同期の見舞いくらいは好きにしていいのよ」
階級や年齢は異なるが、二人が同期というのはだれもが知っていた。その年、その二人しかいなかったからだ。
「指揮責任者として、事件を処理してからにします」
たった今、薄暗い小部屋で行われている非人道的な「尋問」の顛末は見届けなければならない。法治国家にあるまじき行為だが、この国は遠い昔からそうやって守られてきた。
「……あなたも、できれば現場に出したくないわね」
「だから警視まで引っぱり上げましたか」
「さあ」
廊下の角で別れ、申請手続きへと向かう。
たしかに今、加賀美本人と向き合う勇気はなかった。

 *

同僚からの憐憫や同情の視線も気にせず、きっかり二十日で加賀美は職務に復帰した。
背筋の伸びた歩き方、皺も塵もついていないスーツ、少なくとも顔や見えるところに傷や手当の跡はない。
加賀美から報告書を受け取った課長は、型通りの労いをして次の任務を言い渡す。
「詳細は相棒から聞くように」
なにかコメントがあるかと「相棒」の神永は彼を窺ったが、表情にも返事の声にも変化は見られない。一瞥すらない。
「打ち合わせの場所を押さえてある」
「了解した」
やりとりも普段どおり最低限。課長はすでに興味を失ったように手元の資料に目を落としている。さっさと出ていけということだ。

二人が入ったのは、都心の高級ホテルだった。
「……経費で落ちるのか?」
広いエレベーターの中で不審そうな目を向けてくる加賀美に、神永はネクタイを締めなおしながら微笑んだ。
「俺の自腹だ」
部屋に入ってすぐ、神永は加賀美に書類を渡す。
「まずはこれ。おまえの傷病休暇」
意味を測りかねて眉を寄せた加賀美が、はっとこちらを睨んだ。
「日付が違う」
「課長は三週間、21日と命じた。だから実は、今日までおまえは休暇中だ」
「おまえは?」
「有休消化」
言いながらジャケットをハンガーに掛ける。加賀美のぶんもと手を差し出したが、相手は警戒心を解かない。
「説明しろ」
神永は彼に向けて指を折り示してみせた。
「課長からの指示は、加賀美警部が復帰可能な心身の状態であるかを確認すること。
ここを選んだのは、俺の個人的な快気祝い。俺の名前で予約したから怪しまれないようツインで取ったが、邪魔なら俺はこのまま帰ってもいい。最高級のベッドで英気を養ってくれ。
業務用端末は俺が預かり、万一の場合は互いにホテルの外線を使用する。以上だ」
しかめっ面で聞いていた加賀美は、諦めたように上着を脱ぐ。
「……なるほど」
加賀美のジャケットをハンガーに掛け、神永は豪勢なソファに腰を下ろした。
「朴念仁の神永警視にしちゃ、気が利いてるほうだな」
「ありがとう」
彼はソファを通り過ぎて、都心を一望できる窓の前に立った。
「いい眺めだ」
言葉のわりに、声には表情がない。彼はふと目についたビルを指さす。
「あのツインタワー」
神永も立ち上がり、同じ風景を見下ろした。
「あの再開発地帯」
乱立するビルのあいだに、クレーンが何機も生えている。
「あのターミナル駅」
何本も複雑に路線が入り組む巨大駅。
加賀美の言葉を継いで、神永は呟いた。
「……全部、俺たちが守った」
いずれも爆破予告騒動などがあり、実際に危険物が仕掛けられていたこともある。人知れず、未然に防いだのは自分たちだ。古い時代とは思想も規模も違う。安全な場所からゲーム感覚で、都市機能を麻痺させるテロを起こすことなど容易い。
今も小競り合いや薄汚い犯罪は、この景色の中に無限に存在している。その全てを追うことは不可能だ。
「だがおまえは一人の少年を救った」
潜入した加賀美が偶然出会った「被害者」。殴られた顔の傷、腕から流れている血でだいたいの事情を悟った。
「『カミナガに連絡を取れ』……なかなかの合言葉だった」
「そうだな」
加賀美は静かに笑うと、ソファにどっかりと座り込んだ。
「一人で高級料理食ってもつまらん。ランチとディナーくらいはつきあえ。それにここで帰ったら俺の状態を確認できないだろう」
「了解した。俺も有給の使い方を持て余していたところだ」
二人はそれぞれに時計を見て、悪くない時間だと判断する。
「ではまずランチへ。フレンチだそうだ」
「病院食からのギャップに耐えられるかな」
軽口を叩きながらも、「エリートビジネスマン」に見える程度には身だしなみを整えてレストランへ向かった。

 *

「さすがに、ビジホの夜鳴きラーメンとは別格だった……」
「なにと比べてるんだ」
とはいえ、二人とも食事のランクにそれほどこだわるほうではない。味の違いはわかるという程度だ。
「食べっぷりを見ていると、体調に問題はなさそうだな」
「だから、もう完全復帰はしてる。あと半日どう過ごすか困ってるくらいにはな」
彼はテレビをつけたが、番組表をざっと見てすぐに消す。
神永はソファに身をゆだねたまま、それとなく訊いてみた。
「カウンセリングは?」
「あんなもの、時間の無駄だ」
そこでようやくこちらを見た加賀美は、ため息をついて神永の隣に腰を下ろす。
「おまえこそカウンセリングにでも行ったらどうだ? 人間だってこと忘れたみたいな顔してるぞ」
寄りかかってくる彼の肩に手を置いたが、なぜか彼のほうは向けなかった。
「無表情は元からだ」
しかし加賀美の観察どおり、例の事件を引きずっているのも事実ではある。
仲間割れで殺されたとされるテロリスト数名は、週刊誌も描写を憚るような惨たらしい状態で発見された。もともと残忍な「制裁」「快楽殺人」が話題になっていたから、世間に本人たちの犯行だと信じ込ませるのはたやすかった。公安の仕事のひとつでもある。
「今さら心が痛むでもあるまい?」
神永のネクタイを跳ね上げて、胸元へもぐり込むように加賀美の頭が置かれる。クッションがあるのになぜ人の胸を枕にするのか、ということはさておいて。
天井を見上げ、ふっと息を吐き出した。
「僅かにもなかったと言えるのかと……」
加賀美を痛めつけた犯罪者たちへの。
「復讐心が」
「……………」
それまで脱力して寄りかかっていた加賀美が、ゆっくりと起き上がった。そして静かに言う。
「俺は自分の仕事を果たしたまでだ。尋問も後始末も、それが公安の仕事だからだ。情報操作も、証拠隠滅も……」
言いながら立ち上がり、窓際へ歩み寄る。そしてまだ昼だというのに、厚いカーテンを閉めた。
「おい……?」
「俺だって忘れたい。だが犬に噛まれた記憶はどうしたって残るもんだ」
どこか苛立ったように応え、彼は神永の前に立ってネクタイを外しはじめた。シャツのボタンも。
「まさか、今からか? これからゆっくりルームサービスでも……」
だが加賀美は手を止めない。
「こんな機会、なかなかないぞ」
脱いだシャツを放り投げ、加賀美は片頬で笑ってみせる。
「連中と同じように俺を犯して、俺の『汚れた体』を『上書き』すれば、復讐心とやらも収まるんじゃないのか」
「!!」
頭に血が上って立ち上がっていた。
「抉られて治る傷なんてあるわけがない……!」
男女問わず、暴行の被害者は職務上見てきた。フラッシュバックが酷く、自分を傷つけることでしか苦痛から逃れられない者も多かった。
加賀美も今、そこへ陥ろうとしているのか。
「やはりカウンセリングへ行け、すぐ手配する」
スマートフォンを取り出してクリニックを探そうとする神永の手を、加賀美は押さえつけた。
「カウンセリングを受けるのはおまえだよ」
「なにを……」
加賀美は神永の顔を下から覗き込み、触れるだけの口づけをした。
「少しつき合ってくれるだけでいい……せっかくのベッドの、寝心地も確かめたいしな」
加賀美の意図が読めない。
「俺は、おまえを抱く気にはなれないんだが」
「べつに抱かなくていい。確かめろ」
半ば強引に、ベッドルームへ急き立てられる。そちらも分不相応なほどに贅沢な空間だったが、堪能している余裕はない。
下着も全て脱ぎ捨て、裸の加賀美は広いベッドの上に座り込んだ。
「よく見ろ。課長の指示なんだろ。俺の体は無事か?」
神永は相手の意図が読めないながらも、ベッドに上がった。
一連の動きは完全に覚えている。
まず最初に背中へ押しつけられたのはスタンガン。衝撃で倒れた加賀美を三人で蹴り飛ばし、ステンレスの細い針金で手足首をがんじがらめにした。ガムテープよりも強度があり、足掻くほどに食い込む。
スタンガンによる火傷、打撲跡がないことを確認していく。両手をとって裏返したが、針金が刺さった痕もない。
それから主犯格の男は、加賀美の髪を掴んでその顔を覗き込んだ。少年について尋ねられると、加賀美は自分が彼の叔父で、家出している甥を探していると答えた。半分は事実だ。彼の捜索願は叔父から出されたものだったから。少年が逃げおおせたことに気づいた男は、腹いせに捕虜の顔を殴り飛ばした。
神永は加賀美のまっすぐな髪を撫でつけながら、広い手で顔中に触れる。怪我はない。
『このオッサンに責任取らす?』
『キショ……ビュー数伸びるかよ』
『この前のデブ、意外にウケてたじゃん』
人を人とも思わない連中の言葉がリフレインする。
一人がカメラをセットした。怯えた顔の加賀美がカメラを見やる。この時点で逃げることは不可能ではなかっただろう。だが加賀美は、彼らとの会話を試みた。報道やSNSで喧伝されていることの真偽、「甥」をどうするつもりだったのか。
『オッサンがうまくしゃぶれたら教えてやんよ』
『うっわ趣味わっるぅ』
加賀美は全てを諦めたような顔で男の前に跪いて、押しつけられるそれを口で受け入れた。
「……!」
神永は加賀美の体を抱きしめる。そこからの陵辱は思い出すだけでも酷いものだった。
「どうした? 全部確認しろよ」
加賀美は口を大きく開ける。なんの痕跡もあるはずがないのに。
「肛門から腸の粘膜……自分の指で確かめてみろ」
「……できるわけない」
震えながら加賀美の肩口に顔を埋める神永を、加賀美は抱き返した。
「知ってる」
神永の顔を両手で挟み込んで、加賀美は唇を重ねる。怯えた神永を促して、舌を絡めとった。
それから加賀美が重みをかけ、二人は真横に倒れ込んだ。
服を着たままの神永から、加賀美は丁寧に脱がせていく。全ての衣類がベッドの下に落ちたころ、二人は硬く抱き合って深い接吻に耽っていた。
「痩せてはいないようで、安心した」
神永の厚い両胸を揉みしだくようにまさぐるのは彼の癖で、されるたびに妙な気分になる。女の代わりにしては固く平すぎないか。
「寝てないだろうとは思ってたからな」
「うん、まあ……」
指先が突起に触れると、加賀美は決まって神永の顔を眺めながらそこをつまむ。それから、目線を逸らさずに頭を下げて舌先でつついてくる。
「ぅん……」
舐め転がされ吸い上げられて、そこが張っているのを自分で感じる。その顔を見るのが好きだと以前加賀美に言われたことを思い出し、趣味が悪いなと思うのと同時に体が熱を帯びる。
乳首に歯を立てながら、加賀美は呟いた。
「だれにでも、こうなるのか」
「そんなわけ……」
さすがにそれはひどいと顔を向けると、彼も顔を上げて濡れた唇を舐めた。
「俺もだ」
「!」
憎いテロリストに強姦されて、一瞬たりとも快楽が得られるはずがない。同じ行為をくり返せば、苦しい記憶が強化されるだけだ。
「忘れさせてくれとは言わない」
加賀美は神永の頭を押さえて深く口づけた。先ほどまで拭いきれなかった、探るような冷淡な目つきではない。うっとりと目を閉じ、心から口づけを味わっている。二人はそのままお互いの肌に唇で触れ合い、筋肉と骨の形を確かめ合った。
背中へ回された加賀美の指が、背骨からゆっくり下りてきた。
入り口をそっとなぞられ、つい身が震える。
「中と、外と、どっちでイきたい?」
想像するだけで両方が疼く。彼はからかっているのではない、本気で希望を聞いているのだ。
「その指で、奥まで来てくれ……」
どこから持ち込んだのかローションの小瓶で手全体を濡らした彼は、希望通りに、硬い指で神永の後ろを優しくこじ開ける。
「んぁっ、あ、あぁっ」
相手の背中を抱きしめ、神永は快感に喘いだ。弱点はよく知られている。加賀美の手は、いつも神永を満たしてくれる。
自分は残忍な愉快犯たちに弄ばれたというのに、触れる手はいつでも優しい。
彼の肌をまさぐり、引っかかりがないかを必死に探す。
今はすっかり癒えているが、救出された際には無数の傷があった。
大して体力もないくせに他人を傷つけることに躊躇いのない男たちは、新たな餌食である加賀美を捕らえ、暴行を加えて反撃の意欲を失わせた。実際に加賀美が反撃しなかったのは、人数的に不利であることを理解し、情報戦に切り替えていたからだろう。
そして、元は年若い少年に対しておこなう予定だった陵辱の標的を、新しい捕虜へと切り替えた。容赦なく服を引き剥がし、なんの気遣いもなく犯した。聞くに堪えがたい罵声とともに精液を浴びせ、犠牲者から男としての、人間としての尊厳を奪おうとした。
彼の矜持は、そんなところにはないというのに。
触れられていない屹立が、加賀美の腹を突き上げて終わりを求める。
「いいか……?」
「あぁっ、あ……んぁあっ!」
全身を震わせ、神永は身を反らして絶頂を迎える。暫し呆然と相手の顔を見つめながらなにも考えられないほどに、頭が真っ白になっていた。
「神永」
加賀美がゆっくりと頬を撫でていく。
「……ダメージを受けたのは、おまえだよ」
「あ……」
例の動画を幾度も見返しながら、気づかずに精神力を削られていった。さっさと自室へ戻っていった課長、何度か口や目元を押さえて席を外した若手のほうが、正常だったのだ。
目を逸らしてはいけない。なにか情報を得なくては。躍起になりながら、追い詰められていたのは神永のほうだった。映像をリピートするたび、境界がわからなくなっていったのだろう。
「傷つけられて、犯されて、辱められて……」
加賀美がそっと囁く。
「ああ。『上書き』してほしかった」
その行為は暴力ではなく、互いを求め確かめ合う行為だと、だれかに認めてほしかった。しかしそれを満身創痍の加賀美に求めることはできない。
だれにも知られず傷つき、自信を失い、削がれていったのは、神永の尊厳だった。
「俺は無事だ。あんなの複雑骨折に比べたらマシなほうだ。後遺症もなかった。だから……」
抱きしめる腕に、痛いほど力が込められる。
「まず自分を守れ」
自分よりよほど細い肩に顔をうずめ、神永は静かにすすり泣いた。
客観性を失い、傷を深めていたのは自分だ。加賀美は冷静にこの三週間で快復していた。それでも永遠に消えない傷はあるだろう。
なのに、彼は神永を癒やすことを優先させている。
「加賀美……っ」
彼をベッドに押し倒し、とくに反応していないその場所に自身の後ろを押し当てる。
「もう一度、指じゃなくて……」
前髪をかき上げた加賀美はわずかに笑みを見せ、神永の重い体を引き寄せた。
「一度じゃ、気が済まないかもな」
その声だけで、何度でも啼かされたい衝動に駆られる。いつまでも、愛しつづけてほしいと願ってしまう。

ネクタイを締めながら、加賀美が外を眺めている。何度見ても絶景だ。
「こんなに広い夕焼けが都心にあるんだな」
「普段はゆっくり見る機会もないしな」
彼はオレンジ色の世界を眺めながら、なんでもないことのように言った。
「おまえと抱き合ってるときは、まだ自分が人間だって思える」
「じゃあ俺たちはなんとか、人間だな」
尊厳や倫理に拘っていてはできない仕事だが、それでも拠り所は必要だ。二人には幸いにもその相手がいる。
「そろそろ、ディナーの時間か」
「動いたから腹がへったな」
「そういうスタンスで食べにいける料亭ではないと思うが」
時計を見ながら、加賀美は尋ねる。
「ディナー後のプランは?」
殊更に首をかしげて考えるふりをしながら、神永は部屋をふり返った。
「せっかくの広いバスルームだ。二人で満喫して……」
「祝杯を上げよう」
二人は姿見の前でそれぞれ隙のない姿を確認し、部屋を出ていった。