キュウレンジャー文まとめ1
星降る夜
汚れた体を洗い流して戻ってくると、一人用のベッドは長い手脚の男に占領されていた。
予想していなかったわけではないが……
スティンガーは深々とため息をつき、部屋の隅からスツールを引きずってきてベッドの前に座る。髪を拭きながら腹立たしいその寝顔を見下ろした。
ラッキーの寝顔を見るのは初めてではない。むしろこちらが目を離すか気を許すかすると、すぐにその場で寝入ってしまう。
敵地への潜入や諜報活動が多かった身としては、他人の前で無防備に熟睡できる性分は不可解と同時に羨ましくもあった。ここに来るまでは、よほどのんきな人生を送ってきたのだろう。
だが、今覗き込んだ寝顔はそれほどのんきではない。
彼は眉間に皺を寄せたまま寝ていた。
いつもではないが、時折この顔のまま眠っていることがある。よほど夢見が悪いのか。
うなされたり寝言を叫んだりするわけではないから放っておいているが、起きているときの彼よりよほど深刻そうだ。
寝返りも打たず、ただ不機嫌そうに眉を寄せ、それでも深い眠りから目覚める気配はない。
この男のどこにそんな苦悩がひそんでいるというのか。
暑さ寒さや空腹など生理的な理由ならまだ納得もできるが、最新鋭の船でそんな不自由はめったに起こらない。少なくとも今のラッキーには無縁だ。他人のベッドで寝心地がどうのと贅沢は言わせない。
だいたいこの粗雑な男が、ここよりまともなベッドで寝たことがあるとも思えなかった。
再び息を吐き出して、低い天井を仰ぐ。
スティンガー自身は野宿も慣れているから寝心地など気にしたことはないが、幼いころは寒いだけで眠れないことなどよくあったなと思う。
砂漠の夜はひどく冷える。そんなとき、兄はあたたかい腕に抱いてくれた。それでも不安な夜は、まだ短い尾を兄の体に巻きつけた。それは兄と自分を繋ぐ命綱だった。吹きすさぶ砂嵐の音も、なにがひそんでいるかわからない暗闇も、強くて優しい兄から離れなければなにも怖くはない。
今は他人の存在など眠りの妨げにしかならないが、あのころは一人では眠れなかったのだからおかしなものだ。
忘れかけていた遠い記憶を呼び起こしたきっかけは、この部屋を訪ねてきた小太郎だった。
自らの意志で船に乗り込んできた少年は、口では設備の使い方がわからないだけなどと強がってはいたが、不安だらけだと顔に書いてあった。
はじめの数日、小太郎は用意された個室ではなくスティンガーのベッドで寝起きした。自分は床で寝てもよかったが、小太郎がそれを許さない。脆弱な地球人の体を傷つけないよう、尾の位置に細心の注意を払いながら、スティンガーはまどろむだけの夜を幾晩か過ごした。
だが、ラッキーは弱々しい種族でもなければ新入りの少年でもない。
肌を重ねているあいだならまだしも、このしかめ面をただ眺めているのもそろそろ飽きてきた。能天気で悩みなどないくせに、こいつはなぜこんな顔をして寝ているのか。
らしくない表情を作っている、眉のあいだを押してみた。
む、と子供っぽく顔をしかめたラッキーは、すぐに目を瞬かせる。彼は寝つくのも早いが覚醒も早い。
「……スティンガー……」
ぼんやりとこちらを見上げる顔には、なんの緊張も苦悩もない。
「何度言わせる、そこは俺のベッドだ。寝るなら自分のベッドに戻れ」
「……………」
いつもならスティンガーがしゃべっている数秒で目を覚まし、軽くごねたりしつつもジャケットに手を伸ばすはずだった。
しかし今日に限ってラッキーはむずかる直前の子供にも似た顔になり、片腕で枕を抱え込む。そのままスティンガーに背を向けて毛布をかぶってしまった。
「おい!」
予想外の行動に、あわててベッドに乗りかかり毛布を引き剥がそうとする。朝まで居座られたら大迷惑だ。対するラッキーもスティンガーから身を守るように枕を抱えて丸くなり、どういうつもりか毛布の端をつかんで離そうとしない。
「本当に子供か!」
思いもよらない展開に苛立つあまり、スティンガーも冷静さを保っていられない。二人はなぜか狭いベッドの上で毛布を引っぱり合うという不毛な戦いをくり広げることになった。
「小太郎のほうがまだ聞き分けがいいぞ!」
身近な子供の名前を出したせいか、強情な抵抗が止まった。その隙に毛布を剥がし、枕を奪い返す。
実際、小太郎が駄々をこねたり幼稚な要求を通そうとしたことはない。もうそんな歳ではないと本人がわかっている。最近は戦士としての自覚が出てきたのか、不安も甘えも口にしなくなった。
小太郎でさえ成長するというのに、この運がいいだけの男は……
「ここは、俺が寝る場所だ」
膝立ちで見下ろし、改めて宣言してやると、ラッキーは観念したのかやっと体を起こした。
そして普段どおりの笑みを浮かべる。
「じゃあ、寝ろよ」
そう言うなり、長い腕がスティンガーを強い力で引き寄せた。不意打ちによろめく体を受け止めたラッキーは、そのままベッドに倒れ込む。
「離せ……っ」
「いやだ」
後ろからがっちりと両腕で抱え込まれ、起き上がることもできない。
ついさっき、スティンガーより先に満足して終わらせようとしたくせに、もう熱も冷め切った今になって再開する気だとでもいうのか。こちらも同じ気分なら拒むことはないが、一方的な気まぐれにいちいちつき合ってはいられない。
「ふざけるな……」
「寝ようぜ」
快活な、だが落ちついた声が頭のすぐ後ろから聞こえ、それから盛大なあくびをするのがわかった。
「小太郎もさ、きっとこういう感じだったんだよな……」
意味の通らない呟きが眠そうに消え入り、それから肩に頬が押しつけられる。
「……っ」
スティンガーはしばらくもがいて相手の腕から逃れようとし、相手に怪我をさせず離れることはできないとわかって苛々と虚空を蹴ったが、やがてばかばかしくなって四肢を投げ出した。
寝ろと言われても、ラッキーが背中に張りついた状態で眠れるわけがない。
腹の立つことに相手の呼吸はすでにゆっくりと規則正しくなっていて、スティンガーを捉えたまま眠りに落ちているらしかった。
肌を重ねているあいだならまだしも……
再びそう思いかけ、ふと考え込む。
この関係が始まった当初、行為自体にはそこまでしつこくないことを意外だと思った覚えがある。体力とテンションからして一晩中でも挑んできそうな印象だったのに。生殖行動でない以上、気晴らし程度だろうと思っていたが、彼にとっては行為そのものが目的ではないのかもしれない。
だとすれば……
自分を押さえ込んでいる腕に触れた。
これはきっと、子供だ。
小太郎と同じ、昔の自分と同じ。故郷から離れ、孤独な夜に怯えるだけの無力な子供。
ここに辿りつくまで、彼がどんな人生を送ってきたかなど興味もない。だが起きている時は意識に上らなくても、眠っている時に不機嫌な子供が顔を出しているであろうことは理解した。
「……迷惑だな」
もちろん、おとなしくつき合ってやる義理はない。小太郎とはちがう、れっきとした大人なのだから。
さてどうやって追い出そうか……
考え事をしながら規則的な鼓動を感じているうち、まぶたが重くなってきた。
そんなはずはない。こんな窮屈な状態で眠ってたまるかと思う半面、伝わってくる体温はスティンガーを兄の腕の中に、なにも怖くないと信じていたあのころに引き戻そうとする。
「……………」
観念して目を閉じた。
尾を伸ばし、ラッキーの脚に巻きつける。彼はわずかに身じろぎしたが、起きたかどうかはわからない。大した問題でもない。
二人の子供は、やがてそれぞれに寝息を立てはじめた。
小太郎はいちおう全員の部屋で寝てみましたが、現実的に宇宙人と寝るより一人のほうがよく眠れるという結論に落ちつきました。
スパーダは夜遅く朝早くてなんか居づらかったし、ラッキーとは楽しかったけど修学旅行みたいになっちゃってあんまり眠れなかったみたいです。