キュウレンジャー文まとめ1

熱放射2

ブリッジに足を踏み入れると、カラフルな空間には似つかわしくない荘厳な音楽が鳴り響いていた。
見まわせば、隅のソファに一人。彼は司令官の姿を認めるなり、顔中で笑って迎えてくれる。だがその直前のぼんやりした表情を、ショウ・ロンポーは見逃さなかった。
「バランスが、地球のラジオ聴けるようにしてくれたんだ。聞いたことない音楽とかいっぱいあっておもしろいぜ。このチャンネルは古い音楽ばっかり流してるらしくて……」
「きみがクラシック好きとは意外だったよ」
ラッキーは首をかしげ、オレンジ色のソファにもたれかかった。
「何が好きかはよくわかんねえけど、今みたいのはかっこよくてテンション上がるじゃん? あとかわいいのとか優しいのとかもあるし」
語彙力が足りなすぎてまるで伝わらないが、彼なりに鑑賞ポイントはあるらしい。
見た目どおりの単なる熱血漢ではないことはショウ自身これまでも何度か思い知らされる機会があった。
無鉄砲な世間知らずであることにまちがいはないのだが、それだけが彼の構成要素ではない。今、落ちつかないほどの大音量で流れているこの音楽も、そのひとつだろうか。少なくとも普段の彼は、ブリッジのサウンドシステムと繋げて一人シアターを楽しむタイプには見えない。
彼が手にしているラジオだって、この船のどこかに転がっていた型落ちのガラクタだ。骨董品など好みそうにないのに、実際自分でいじるほどの技術もないのに、誰かにうまいこと使えるようにしてもらっている。
だがショウが個人的に最も意外だったのは……
「いきなり人数が減っちゃって、なんだかさみしいねえ」
曲のボリュームが少し落ちついたタイミングでそれとなく話しかけてみると、彼はむっと眉間に皺を寄せた。
「あーそうだ……小太郎に教わったチキュウのゲーム、まだ一回も勝ててないんだよ。次こそ絶対勝つ!って言ったのに」
「そうだねえ」
「あとチャンプが昔の試合で逆転したときの技、見せてもらう約束してたんだけどさ。いつになるかわかんないよなあ」
「そうかもねえ」
うーん、と呻ったものの、彼はすぐに笑顔になる。
「でもさ、みんな戻ってきてまた11人集まったら、前よりずっと楽しくなるだろ! すっげえ楽しみ!」
「そうなんだけどねえ……」
一人を外したのが意図的なのか、そうでないのか。歴戦の観察眼を以てしても見抜けない。
ショウはため息をひとつついて、ラッキーに向きなおった。
「きみとスティンガーの関係を、私が知らないと思っているのかい」
彼はきょとんとこちらを見上げた。
「べつに、隠してねえけど……」
そう言いながら長い脚のバネだけで立ち上がり、目の前の手すりに寄りかかって下を覗き込む。
「言いふらすことでもないだろ。あ、なんか届けとか必要だった?」
「それはいいね。考えておこうかなあ交際届け。破局届けとセットで」
ラプターに張り倒される自分の姿を想像しながら冗談で応じるが、ラッキーは笑わなかった。少なくともその声は。
「スティンガーとは、なんの約束もしてないから」
ショウはいつもより丸くなった背中を見つめる。
「あいつが帰ってきたらいっしょになにしようとか、こんな話聞かせてやろうとか、思いつかないんだよな。早く決着つけて戻ってこいよって思うけど、時間かかっても仕方ないなとも思うし……」
最も意外だったのは、範囲こそ違うが他人と等間隔に距離をとっているように見えた、スティンガーとラッキーの関係だった。
きっかけを作ったのは自分だとショウは自覚している。どちらも後腐れがない、引きずらないと判断したからこそ、スティンガーにラッキーの「処理」を命じた。その状況ではたしかに最善だった。
二人がその場限りで終わらせなかったことには大いに驚いたが、不仲や気まずさが残るよりはいい、と見ないふりをしてきた。任務にも集団生活にも影響はなく、あえて本人たちに確かめたりはしなかった。だれであろうと容易に近づけないスティンガーと、一足飛びに全員の懐に入り込むラッキーの取り合わせを、ショウ自身が意識のどこかで飲み込めていなかったのかもしれない。
だから、ラッキー本人から実際を聞かされるのはひどく落ちつかない気分だった。自分が蒔いた種が奇妙な成長を遂げたのを見せられているような。
「スティンガーはさ」
バックに流れる場違いな音楽も、ラッキーは気にしていない。ただ宙を見つめながら、自分の中にある乏しい言葉をかき集めていた。
「俺の話あんまり聞かないんだ。うるさい、黙れっていつも言われてる」
彼はぼんやりと自分の唇に指先をすべらせる。
「黙らせる口がないほうが、ちゃんと話す気になるのかもな」
志願して彼についていったアンドロイドのことを考えているのか。スティンガーが対話を面倒くさがるのは誰に対してもだが、それでもチャンプを拒みはしなかった。決して口数が少ないほうではなく喜怒哀楽も激しいアンドロイドの同行を許すとは、昔に比べると驚くべき変化だ。
一気に増えた大勢の仲間が、孤独な戦いを続けてきた彼を変えたのか。あるいはそのうちの一人の影響か……自分の立場では何も断言できないけれど。
「スティンガーは、話したくない相手と二人きりで過ごすことなどできない男だよ」
ラッキーはふり向いた。いつもどおりの、全開の笑顔だった。
「知ってる。話さなくても俺たちうまくやってるぜ。まあ俺も黙んないけどな」
壮大な交響曲が最後のフレーズを終えたらしく、ラッキーは満足したようにラジオを切った。それから大きく伸びをする。
「司令も夜ふかしすんなよ、おやすみ!」
「……おやすみ、ラッキー」
元気な男が出ていき、BGMも切られて一気に静寂が訪れたブリッジ内で、一人佇む。
傷など誰もが負っている。過去だって全員が抱えている。笑顔や攻撃性で内面を隠して、時には運に縋ってでも、寄せ集めの仲間とともに終わりの見えない戦いをつづけている。彼だけが特別なわけではない。
ラッキーが回線を合わせたままで置いていったラジオをつけた。今度はゆったりした、彼曰く「優しい」曲が流れはじめる。しかしどこか物悲しくも聞こえた。
「アンラッキーといっしょに、さみしいって気持ちも置いてきちゃったかな……」
無理をしているわけでも、強がっているわけでもない。嘘をついたり隠し事をしたりということができる性分ではないのは、皆が知っている。彼はいつでも身軽で、前だけを向いている。
だが、本人が気づかずに背負っている重荷が最悪な状況で露呈したこともあった。だとすればその笑顔を見たまま受け入れてもよいものか。
スティンガーは過去と向き合う契機を得たが、ラッキーは……
「もう少し、先でいいよね」
ショウは自分の椅子に腰を下ろし、深く息を吐き出して目を閉じた。


※いつもの司令バージョン:
「スティンガーはさー、俺がうるさくするとすぐ口ふさぐから話とかできな…」
「待って、ふさぐって手で?」
「ううん、口」
「待って待って、それちゅって感じなの、それともちゅ~~って感じ?」
「えーと、ちゅ~~って感じ?が多いかな」
「ちょっとラッキーここ座って。あ、なんか飲む? チキュウで買ってきた芋ようかん食べる?」
「なにそれうまそー!」
「それじゃあ詳しく聞こうじゃないか(鼻息)」
ラッキーは嘘もつかないし隠し事もしないし聞かれたことは全部答える素直な子です。芋ようかんは宇宙人が食べても巨大化しないやつです。