キュウレンジャー文まとめ1

砂漠の薔薇

この船のシェフが作る料理はいつも目新しくて、見たこともない食材が入っていることも少なくない。田舎育ちのラッキーには毎日の食事も楽しみのひとつだった。
その日のデザートに出たのは、石か砂にしか見えない赤茶けた塊。いつもみたいに大皿に盛ればいいのに、一人ずつ小皿で出されている。
だがハミィが歓声を上げ、バランスが感嘆の口笛を鳴らしたところからすると、きっと美味いにちがいない。
ならばとラッキーは無造作にそれをつかみ、口の中に放り込んだ。
「おっ……」
甘い。
なんだか不思議な甘さだ。飲み物がほしくなるようなしつこさではなく、かといってそっけない味でもなく。ただラッキーの語彙力では「なんだこれすっげえ美味い!」としか出てこなかったのだけれど。
「あたし、毎日でもいけちゃう!」
ハミィが上機嫌に叫ぶと、ラプターも「価格的に不可能です」と言いながら彼女に完全同意といった様子だ。
見た目に反して意外にしっとりとした食感で、砂を噛むような不快さは微塵もない。飲み物がいらないと思うのはそのせいだろう。
特殊な鉱物の結晶で、人工的に作ることはできないのだとスパーダが教えてくれた。
「この見た目から、砂漠の薔薇って呼ばれてるんだよ。さそり座星系の名産だしね」
さそり座と聞いて全員があたりを見渡す。食事のときは同じテーブルで食べていたはずなのだが、その星系の出身者はすでにブリッジにはいなかった。
「残念……スティンガーにこそ食べてほしかったのに」
心なしか肩を落とすシェフを横目に見ながら、ラッキーは二つ目に手を伸ばした。

大きな窓から星々が見えるラウンジへ行くと、先客がいた。
「よっしゃラッキー!」
「なにがだ」
会おうとして会えるものでもないから……ラッキーはそう説明しながらスティンガーの向かいに腰かけて、それからテーブルの上にあるものに気づいた。
「あ、それ……」
彼の前にはドリンクと、あの薔薇があった。
「さっすがスパーダ、ちゃんとスティンガーのぶんも残してたんだな」
遠く離れた故郷の味を楽しんでもらいたいと思うのはシェフの本懐、と本人が言っていたのを思い出す。
「さそり座の人はいいよな、コレ毎日食べ放題なんだろ? すっげえ美味いじゃん……」
ハミィの言葉から連想したのだが、スティンガーは鼻で笑っただけだった。
「まさか。贅沢品だ」
「そうなのか?」
言われてみれば、二つあるうちのひとつは手つかずで、もうひとつは半分だけかじって置いてある。もしかしたら一口で食べてしまっていいものではなかったのかもしれない。
「そっかぁ……」
しみじみと菓子を眺めていると、「ほしいならやる」とこちらへ皿を押しやられた。
「そういうんじゃないって、おまえもめったに食えないならさ、ほら、スパーダはスティンガーに食わせたかったんだからさ!」
正直言って食べたい気持ちはあるが、ここは我慢だ。食べたくなんかない、というそぶりで窓の外に視線を逸らしてみる。
黒い窓に映ったスティンガーは、薔薇には手をつけずにドリンクを飲み干した。
そして、窓越しにラッキーと目を合わせる。
「こいつがなんで『砂漠の薔薇』か、知ってるか?」
「え、花みたいなかたちだからだろ?」
彼は無言で立ち上がり、壁に作りつけのドリンクディスペンサーに歩み寄った。プリセットのメニューではなく、なにかのレシピを呼び出しているらしい。
それほど待たずにできてきたドリンクは、無色透明だった。
「なんのジュース?」
「酒だ……俺の星の」
戻ってきてグラスをラッキーの前に置くと、スティンガーは残ったひとつを液体の中に放り込んだ。
淡いオレンジ色の薔薇は、グラスの中に落ちるなりまるで燃え上がったかのように赤くなる。
赤い火の玉はやがて深紅の薔薇となり、花びらのような結晶が一枚また一枚とグラスの底におちていく。
「すっげえ……」
分離した結晶は小さくなり、花を溶かし込んだ酒は最後には無色透明に戻った。わずかに泡が立ち上る以外は、初めと変わらない。
「これが、『砂漠の薔薇』だ」
無表情な声の中に、わずかな笑みを感じて顔を上げる。
彼は口を引き結んだが、あわててとりつくろったようにも見えた。
「味は?」
「自分で確かめろ」
勧められるまま、一口飲んでみる。
「美味ぇ!!」
味の繊細さとは裏腹に雑な感想しか出てこなかったが、ラッキーは目を輝かせ、スティンガーにグラスを突き出す。
「飲んでみろって、やばいから!」
「知ってる」
彼も一口だけ飲んで、またラッキーに返そうとした。思わず手ごとグラスを掴んで押しとどめる。
ちがう、美味いから彼に飲んでほしいのに。
ラッキーは一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、ふと思いついて彼の胸ぐらを掴む。
「俺、おまえが飲んだあとでいいから」
こぼさないようにグラスを持った手に力を入れて、もう片腕で彼を引き寄せ、酒に濡れた唇を重ねた。
暫しの沈黙の後、スティンガーが大きく息をつきながら呟く。
「……悪酔いしそうだ」


ローズフェスの薔薇当たったよありがとうございます!ていう御礼SS。