キュウレンジャー文まとめ2
一夜の毒
その姿を何度も夢に見た。
強く、美しく、そして優しい兄の姿を。
だからほんとうに目の前に現れたときは、夢かと思ったくらいだ。
数年ぶりに帰ってきた兄は、記憶の中の彼とは少し雰囲気が違っていた。
「どこに行ってたんだよ! 連絡もよこさないでさ。しばらくはここにいるんだろ……」
思わず大量の質問を浴びせるが、兄は答える代わりに薄く笑って、顔を近づけてきた。
「……あいかわらず騒々しいな、おまえは」
言葉を遮るために唇が触れる。
その制止で、幼い自分は安心しておとなしくなったものだ。
「……!」
だが今黙ったのは、その接触がスティンガーの中で別の意味を持ってしまったから。顔に血が上ったままの弟に笑いかけ、スコルピオはスティンガーの寝床に潜り込む。
「疲れてるんだ。少し寝かせろ」
そう言うと返事も聞かずに目を閉じてしまった。
傍らにひざを抱えて座り込み、兄の寝顔を見つめる。
昔より痩せたような、小さくなったような気がするのは、自分の背が伸びたからか。でもその深い声は変わらなくて、優しい口づけも変わらなくて。
「……………」
自分の唇に触れる。昔と変わらないはずなのに、こみ上げてくるこの感情はなんだろう。
おそるおそる手を伸ばし、兄の唇に触れた。
「……そんなに俺を寝かせたくないか」
「いや、ごめん……でも俺……」
起き上がった兄が手を上げる。叩かれなくとも小突かれるかもと思わず目をつぶったスティンガーに、スコルピオは頬に手を当てて向きなおらせただけだった。
そしてもう一度、触れるだけの口づけ。手のかかる弟を黙らせるための。
だが、いつまでも幼い子供ではない。
離れていく前に肩をつかみ、自分から唇を重ねた。
幾度も夢に見た。感触さえ覚えていない口づけはいつしか妄想と区別がつかなくなり、近ごろでは自分の体を持てあます夜もめずらしくなかった。
頭では理解している。血の繋がった兄に劣情を抱くなどと許されないことは。だが兄と同世代の男たちに契りを交わそうなどと思える相手はいなくて、大人たちからそろそろ年頃だとほのめかされても拒んできた。
そんな矢先の帰還には妙に現実感がなくて、そのくせ生々しい接触は夢と現実を混乱させるのに充分だったのだ。
昂揚のままに、唇をこじ開けて舌をねじ込む。
触れた舌先にわずかな戸惑いを感じた瞬間、我に返って顔を上げた。驚いたようにも呆れたようにも見える兄の顔が目の前にある。
「ごめん、俺……」
妄想を現実にするつもりはなかったのに。うろたえて身を離そうとする弟の腕を、スコルピオは掴んで引き寄せる。
「寝かせてはくれないようだな」
「え……」
また顔が近づいてきて、しかし今までとはちがった。
首をかき抱く仕草は子供に対するそれではなく、絡みついてくる舌の感触も信じられないほどに官能的で、一気に頭の奥が痺れていく。
驚きより先に体が反応する。衝動を抑えきれず、そのまま寝床へ押し倒した。息を継ごうとする口をふさぎ、今度はこちらから貪る。
数年ぶりの兄弟の会話は今、荒い呼吸と濡れた接触の音だけだった。
「……っ」
もう息がつづかないのはわかっていたが、離れたくない。首元に顔をうずめて抱きつくと、大きな手がゆっくりと頭を撫でてくれた。
「どこにいても、ずっとおまえのことばかり考えていた。一人で泣いていないか、俺のことを忘れていないか、他の男と……」
「じゃあなんで出てったんだよ!」
わかっている。兄の力はこの世界に必要だ。弟一人のために他の全てを捨てることはできない。それでも無性に悔しくなる。秤にかけることなど無意味だと、わかっているのに。
「その調子じゃ、まだ誰とも……」
笑みまじりにスティンガーの頬を撫でようとする手をつかみ、押さえつけた。
「他のやつなんかいらない」
真上から覗き込んで、濡れた唇をなぞる。兄が目を閉じていたときと同じ感触で、しかし胸にある心はまるでちがう。
「兄貴……」
実の兄弟で契ることなど、想定すらされない禁忌のはずだ。この先に踏み出してしまったら、自分も兄もどうなるか見当がつかない。
だがスコルピオは受け入れてくれた。禁を犯すことも恐れずに。彼もまた弟を選んでくれていたのだ。
「俺は、兄貴がいい」
鼻が触れるほどの距離で囁くと、兄の顔から愉快そうな笑みが消えた。
見慣れない服を剥ぎ取り、痩せた体に夢中で唇を押し当てる。
気ばかりが急いて息をするのも忘れそうだった。それでも、兄が端正な顔をかすかにゆがめ、熱い吐息を洩らすのをまのあたりにしては、途中でやめることなどできない。
昂ぶった熱を、兄のそれに押しつける。
声もなく喘ぐスコルピオに対して、自分の口からは情けない嬌声が上がるばかりだった。
「あぁっ……」
手順もなにもない、ただ目の前の快感だけを追い求めて腰を揺らす。
「スティンガー……」
抱き寄せられた瞬間、兄の針が背中の尾の付け根に触れた。かすかな痛みと、毒を送り込まれたときの痺れを感じる。
他の種族には危険な毒でしかないが、同種族ならば痛覚を鈍らせ、高揚や酩酊を得ることもできるものだ。戦闘や儀式以外に、交接時に用いられるという知識はスティンガーにもある。だが、これまで実践する機会はなかった。
「兄貴は……」
おそるおそる尾を上げる弟に、スコルピオは微笑んで首を振った。
「おまえを感じたいんだ」
低い声で誘う声は、寒気がするほど美しく聞こえた。
持ち上げたひざに唇を押し当てたのは、睦み合いたいという意思表示のつもりだった。自分の衝動がそれほどに暴力的であることは自覚していた。
「来いよ」
力強い命令に逆らえるはずもない。
自分と大差ないはずなのに、掴んだ腰の細さに戦いた。怯みながらも、半ば強引に彼の中へと押し入った。
「ぁうっ……」
激しい衝撃がスティンガーを襲ったと同時に、喘いだ兄の腰がのけ反る。
熱くて、狭くて、そして想像を絶する快感だった。
自分の欲望が兄を壊してしまうかもしれないという怖れとは裏腹に、腰は勝手に動いて最奥を突き上げようとする。
苦しいならそう言ってくれ、と伝えようとしたが、口を開いても出てくるのは獣の喘ぎだけ。愛しい体を引き裂かんばかりに犯しつづけることしかできない。
「ぅん……っ」
兄の尾が背中をなぞり、スティンガーの体に巻きついてきた。肌をすべっていく尾の感覚がひどく官能的で、抱きしめられている安心感とない交ぜになる。
「ぁあっ……」
普段は落ちついた低い声が、艶めかしく上ずっている。この声を他のだれが知っているだろう。紅潮した顔も、恍惚の表情も、初めて目にする全てが自分だけに向けられている。
なにもかもがうれしくて、切なくて、たまらなかった。
「ぁうぅ……っ!!」
感情と感覚の全てを彼の中に迸らせた。
激しい快感の余韻に、体と心がついていかない。収まらない呼吸をなんとか鎮めようとしながら、目をつぶる。
「……どうした?」
スコルピオが息をつきながら声をかけてきた意味がわからず、目を開けた。
兄の顔がぼやけて見えない。涙が視界を遮っていた。
「泣き虫はあいかわらずか……」
苦笑しながら指で頬を拭ってくれた兄は、その頬に唇を寄せる。だがそれだけでは終わらず、ひざ立ちのまま抱き寄せられた。
「おまえがそんな顔をするから悪いんだぞ」
なんのことかと問う間もなかった。腿を撫で上げられたかと思うと、後ろに指が宛がわれる。
「あ……」
「力を抜け。痛みはないはずだ」
優しい言葉とともに、指がゆっくりとねじ込まれた。
「んぅ……っ」
みっともない声は出すまいと思っていたのに、初めての感覚を受け流すことができない。
「ぁ、兄貴……」
細く長い指は、中を押し広げるように奥へ這い込んでいく。
先ほど打たれた毒のおかげか、あるいは兄が器用なのか、たしかに痛みは感じない。その代わりに、先ほどとは異なる快感が触れられている部分から駆け上がってきた。
まだ繋がってもいないのに、指先だけで達してしまったらと思うと恐怖すら覚える。
「……兄貴っ、もう……っ!」
「焦るな……」
初めてだからと慎重にしてくれているのは理解できる。だが今ほしいのは、そんな気遣いではなかった。
「でも……ぁあっ!」
必死に自分を支えようとしても、ひざに力が入らない。そんな弟を見かねたのか、兄は息を吐き出して指を抜いた。
「痛みは錯覚だからな」
囁かれた言葉の意味を考える余裕はなかった。
「……ーっ!!」
絶叫した、と思ったのは自分だけだったかもしれない。あまりの衝撃に声も出なかった。繊細な指とは比べものにならない熱いなにかに貫かれる感覚。
「錯覚だと言っただろう?」
優しい声が耳朶を甘く噛みながら諭そうとする。
何度か大きく息をついて、その言葉が真実であることをおぼろげながら悟った。ただ圧迫されているだけで、痛くはない。
自重でスコルピオを奥まで飲み込まされているスティンガーは、上気した兄の顔を見下ろした。
「……動けるか?」
「ん……」
懸命にうなずいて、腰を浮かせようとする。
「あ、ぁあっ」
触れている部分が全て性感帯になってしまったかのようだった。結合部が擦れ合うだけで全身が震えて思いどおりに動かなくなる。
荒い息をつくスティンガーの髪をかき上げ、触れるだけの口づけをくり返しながら、スコルピオは独り言のように呟いた。
「初めての毒は効きやすいとはいうが……」
そうなのかもしれない。だとしたら、毒は兄自身だ。全身に回ったスコルピオという毒は、自身の毒を以てしても打ち消すことなどできない。
「く……」
ひざに力を込めて、再び体を持ち上げる。
ふと見下ろすと、スコルピオはひどく真剣な顔でスティンガーを見つめていた。自分が抱いているときには思わなかったのに、見られていると意識しはじめたとたん、その視線にまで犯されている気分になる。
「はっ……」
息ができない。苦しくて仕方がないのに、この快楽を手放したくない。スティンガーは躍起になって兄に身をすり寄せ、さらなる刺激を得ようとした。ねだるように腰を揺らす弟を、兄はなおもうっとりと見つめる。
スコルピオの尾がスティンガーの尾に絡みつく。自分の背中から尾がもう一本に導かれるように引きずり出されていくのを、意識の端で感じた。
伸びた尾が絡まり合い、身をくねらせる二人の周囲をのたうち回っている。硬い外皮に感触はほとんどないはずなのに、全身で愛撫し合う感覚に尾の先まで支配されているようだった。
このままずっと、こうして繋がっていられたら。他になにもいらない。ただ傍らにいてくれさえしたら。一族を追われてもいい。世界が闇に閉ざされてもかまわない。
また一人で置き去りにされるのはいやだ。今までのようにただ待ちつづけることなど、もうできそうにない。
「置いていかないで……」
スコルピオの肩に爪を立ててしがみつく。
「俺を離さないでくれ……!」
承諾の言葉はなかった。
「スティンガー?」
弟をからかうときの、笑みを含んだ呼びかけだけ。
せめて自分からは離れまいと、スティンガーは兄の体をきつく抱きしめた。
目を覚ますと同時に飛び起きた。
何かが焦げる匂い、火の爆ぜる音。夜だというのに外から熱を感じる。
怒号や悲鳴じみた声が聞こえ、外へ飛び出した。敵襲だ、武器をとれ。だれに言われるまでもなく体が動く。
しかし敵の指揮官を目にした瞬間、頭が理解を拒絶した。
「兄貴……」
夢でないことだけはわかった。
闇と同じ色をまとって昏い笑みを浮かべる兄の姿など、この自分が夢に見るはずがないのだから。
サソリのしっぽ構造を考える:
しっぽは背骨の延長ではなく、並列の別構造です。背骨の外側が鞘状になっていて、アイス屋のコーンみたいに重なったしっぽの骨格が数メートル格納されます。
外骨格の内側に、神経や筋肉や毒分泌用の管が通っています。自分の体重より重いものを持ち上げたり硬い無機物に攻撃したりできるので、外骨格はかなりの強度で、振り回す筋肉も手足より強靭です。ぶつかっても衝撃だけで痛くはないですが、関節を狙われると弱いです。
なので、スティンガーは食事に殻付きのカニとかエビが出ると「うっ」てなります。食べられなくないけど心情的に剥きたくない。
もちろんスパーダは極力スティンガーの皿に甲殻類を乗せないようにしています。でもラッキーが親切心で分けてくれたりするので、よく「うっ」てなってます。