【SS】由利と等々力「兎と狼」

ウサギのゆりりんとオオカミのとど。みつぎくんもウサギだよっていうおはなし。

ではない。


兎と狼

事情聴取が一通り終わって、彼の下宿まで助手もいっしょに送り届けた。記録係でもある三津木にはある程度事件の説明が必要だったためだが、車が下宿に着くころにはあらかた済んでいた。
気のいい大家が出してくれたコーヒーをすすりながら、三津木はさっそくPCに向かっている。
「もう遅いし、家まで送ろうか」
等々力は時計を見ながら声をかけたが、彼は顔も上げない。
「いえ、原付置いてるんで大丈夫です。ぼくはもうちょっとここに……」
「今日はもう帰って休みなさい」
突然の言葉に助手は驚いたようだったが、その発言自体には慣れているのだろう。気落ちもせず機嫌も損ねず、おとなしくPCを片づけ「おやすみなさい」と頭を下げて帰っていった。
「なんで追い返すかなあ……」
彼を送っていこうと飲み干したマグカップを覗き込みながら、つい呟く。書斎机の前に座っていた由利はゆっくりと立ち上がり、等々力の隣へやってくる。
「彼はひどく疲れていた。我々と事件の話をしていたのではいつまでも休まらない。リセットが必要だ」
諸事情から捜査に関わっているとはいえ一般人にすぎない。本人が自覚しているより負担は大きいはずだと由利は言う。
「自分には必要ないって言い方だな」
以前はどうあれ、今の彼も一般人の枠に入っている。それでなくとも癒えぬ傷を知っている身としては、彼にこそ「リセット」してほしいと思っているのだが。
「そのためにおまえが残ったんじゃないのか」
挑むような流し目を受け、等々力は嘆息しつつ眼鏡を外した。レンズを裾で拭きながら、含めるように言って聞かせる。
「俺にできるのはせいぜい、さみしい兎がうっかり死んじまったりしないよう、見はることくらいだよ」
彼のような偉丈夫をか弱い小動物に喩えるのは的外れかもしれないが、その佇まいに儚さを覚えるようになって久しい。孤独に耐えかねて消え入ってしまうのではないかという不安から、捜査にかこつけて様子を窺ってきた。
その状況を変えたのが三津木の存在だ。快活な青年は由利にまとわりつく「影」を追い払ってくれるようにも見えて、ひそかに心強く思っている。しかし肝心なところで由利のほうが彼を遠ざけることがまだあるのは解せない。
等々力の懸念を知ってか知らずか、由利はソファの背にもたれかかる。幾分か滲む媚を思えば、しなだれかかる、のほうが正しいか。
「兎は……とくに雄は、群れると争い傷つけ合う。元来孤独を愛する生き物だ。群れなければ生きていけないのはむしろ狼のほうで……」
「由利」
兎の生態などどうでもいい。かけなおした眼鏡を押し上げて、彼を正面から見据えた。
「いいかげん素直になれよ。三津木くんにも、自分にも」
相手もまた目を逸らさずに見返してきた。
「彼が慕ってくれていることは、理解している」
「いいことじゃねえか。相思相愛だ」
だが由利は微かに笑みを浮かべて首を振った。
「おれが兎だというなら、彼もまた兎だ。群れに交わらず生きることを選んだ」
孤独な雄同士は傷つけ合う……だから、彼を傍らに置きながら懐までは踏み入らせないというのか。どうにも矛盾している。しかしその事実をうまく指摘できる言葉を等々力は持たず、結局相手の言葉遊びに振り回されるしかない。
「おまえさんに言わせると、俺は群れの狼だからな。兎とは相性が悪かろうよ」
両手で爪を立てる身振りをしながら「喰っちまうぞ」と唸ってみせれば、彼は笑いながらこちらに手を伸ばしてくる。
「喰えるものなら」
その目つきこそが捕食者のそれで、こうなっては事件の犯人と同じく逃れる術はない。
由利の本心は知りようもないが、少なくとも当分はこの自分が「代わり」を勤めなければならないようだ。
「ずるいなあ、おまえは」
狼は弱々しく笑い、孤独な兎に優しく噛みついた。


等々力は最初「がおー」って言ってましたが食われそうなのでやめました。