リバイスじゃなくてジョージの話【R18】

ジョージと優次郎で、ジョー次郎。
愛も情もない事後。

 *

カーペットの上に裸で座り込み、狩崎は煙草から立ち上る煙を眺めている。
二つあるベッドは一つしか乱れていない。空いているほうで仮眠を取ろうとも思ったが、この男と同じ空間でゆっくり休める気がしなかった。
若林は備えつけの冷蔵庫に入っているビールを取り出して、隅にある椅子に身をゆだねる。
大して広くもない室内で、同室者を完全に無視するのは難しい。無視させてくれない相手とあってはなおさらに。
「以前、SEXの最中に首を絞めたがるやつがいてね」
世間話の口調で、不穏な話題を勝手に切り出すのもいつものこと。しかも確実に、聞かされて楽しい話ではない。
「アナルもよく締まるという言い分だったが、絞められるほうからしてみれば苦しいだけでちっともよくなかった。あれは失敗だったよ」
たまたま入った店の飯が不味かった、程度の調子で話しているが、本人にとっては本当にそのレベルの事柄なのだろう。
「最近の話じゃないだろうな」
ついそう洩らすと、彼はこちらを見やり片頬で笑ってみせた。床に置かれた灰皿に、馴れた手つきで灰が落とされる。
「ご想像におまかせしますよ」
父親譲りの天才的な頭脳とともに早くから噂になっていたのは、その手癖の悪さだった。
立場を利用したハラスメントにならないよう巧みに、しかし最終的には自分が処分されないことを承知の上で、彼は新人隊員からベテラン研究員までを遠慮なく食い物にしてきた。保安や風紀に関わるとの苦情に悩まされたのは、当の狩崎ではなく責任者である若林だ。
近ごろは落ちついているが、決して本人が反省したわけでも自重しているわけでもない。若林が職場を離れて地上に下りる貴重な時間を、こうして彼の「発散」に当てているおかげだといっていい。我ながら見上げた自己犠牲だと呆れ返る。
椅子から腰を上げ、狩崎の前に立った。せめて下着くらいは身につければいいものを。
「うちの隊におまえ以外の変質者がいるとは思いたくないが」
「What?」
心外そうに曲げられた口元から煙草を取り上げる。
そのまま自分の口へ持っていき、一口だけ吸った。煙草を控えている若林を嘲るかのように、これ見よがしに吸っているのも忌々しいかぎりだ。
「おまえを黙らせるのに、そんな方法があったとはな」
抱かれていても抱いていても、狩崎は騒がしい。ただでさえ昂奮すると饒舌になる男だ。英語混じりの嬌声の合間に、互いがどういう状態かを逐一説明したがるし、それが相手の恥辱を煽ることも理解している。つい先刻まで若林を好き放題に弄んでいたときも例外ではなかった。
あまりにうるさくて、手っ取り早く口で口をふさいだ。
腕を拘束されていなかったことと、グロテスクな玩具を持ち込まれなかったことが、今夜の僅かな幸運だった。頭を押さえつけてしまえば、さすがに腕力や肺活量では負けない。息継ぎついでにまくし立てようとする舌を絡め取り、癇に障る言葉が音声になる前に飲み込む。
狩崎は初めこそ抵抗したが、自分の意図と異なる反応に戸惑っただけだったのだろう。やがて協力的になり、若林の中で絶頂を迎えるまで、どころか終わった後もしつこく食らいついてきた。息苦しさよりも快楽が上回ったらしい。
決して楽ではなかったが、言葉で嬲られるよりはよほど耐えられる。
「ああ、やっぱりそうだ!」
彼はうれしそうに鳴らした指を、若林に向ける。
「私がなにか言おうとするとkissで遮られていたのは、そういうことだったか。めずらしく積極的だから理由があるとは思っていたよ。もちろん、合理主義の司令官が実はロマンティックという線も期待していたんだが……」
「狩崎」
語気を強めて腹立たしいおしゃべりを制止し、こちらを見るために反らされた喉へ手を当てた。
「次からは首にするか?」
「Oh……」
しぶしぶといった様子で突き出した唇に、煙草を戻してやる。おとなしく咥えた彼は、ふてくされた顔で裸のひざを抱えた。
やっと黙ったかと背を向けた若林の後ろで、深く煙を吐き出すのが聞こえる。
「優次郎なら、それほど苦しませずに首を折れるだろうね」
自分の死など全く考えていない口ぶりで、彼は耳障りな笑い声を上げた。替えの効かない自身の立場を確信しているのだ。
一方こちらは……。
彼の仮定とは逆に、煙草を挟んだあの長い指こそが自分の首に食い込むのを想像して、背筋が寒くなった。

 *

「草加雅人オマージュの狩崎」オマージュ(?)