【SS】ジョージと優次郎(リバイス)
14話後のジョージと、回想の若林と、とばっちりヒロミ。
愛も情もないシリーズ、食玩ラムネとタバコの話。
自分の中で消化するためだけに書いたので、散漫な上にエロはないです。デリカシーもないです。傷心の方はやめといてくださいってことです。
フェニックスの施設は全面禁煙で、私室も火気厳禁。
傍若無人な狩崎といえどそのルールは守らなければならない。
だから地上任務によく同行しているのかもしれないと、近ごろ門田は思っている。
引き上げ時に姿が見えないと思ってあたりを探すと、適当な喫煙場所を見つけて一人で煙草をくゆらせているのだ。目が合えばいちおう気まずそうに肩をすくめてみせるが、芝居にしか見えない。
吸い殻を押し込む携帯灰皿に目がいった。
見慣れたロゴマークが入っているが、このご時世で政府特務機関たる我が組織が、喫煙者向けのノベルティを作ることなどあるだろうか。
「父のものだ」
視線の意味を察したのだろう、狩崎が疑問に答えた。
彼の父といえば今のフェニックスで採用されているシステムの基礎を築いた人間であり、そしてたった一人の息子を遺して早逝したと聞く。その偉業を丸ごと引き継ぐには、相当な覚悟が必要だったにちがいない。偉大な父の愛用品を息子が肌身離さず持ち歩いているというのは……。
「Shut up!」
一言も発していないのに、彼は急に不機嫌そうな顔で手を振った。
「形見なんて湿っぽいものじゃないよ。買うほどのものじゃないし、今となっちゃレアだから捨てないでいるだけさ。だいたい父の顔もろくに覚えちゃいない。それに現行のシステムはこの私が構築したものだ、父の業績をなぞっているだけと勘違いしている輩も多いがね」
コートのポケットに煙草と携帯灰皿をねじ込んだ彼は、反対のポケットから個包装のラムネを取り出して口に放り込む。
いくつ常備しているのか、同じものを門田にも差し出した。
「お駄賃だ」
ふざけているのかと眉を吊り上げる門田に、狩崎は人を食ったいつもの笑みをよこすのだ。
「私を迎えに来たんだろ」
腹は立つが何も言い返せなくなる。
このラムネと煙草が、狩崎のアンバランスな精神を示しているのだと感じるから。
◆
煙草がほしい。
そう思いながら苛々と食玩のラムネを噛み砕く。特別に好物なわけではないが、日々増えるコレクションのおかげで、ラムネの在庫だけは途切れた試しがない。
「Shit!!」
些細なタイプミスにキーボードをへし折りたくなって、なんとか思いとどまる代わりに座っていた椅子をひっくり返した。ついでに自分も床に転がって青白い天井を睨みつける。
各所からの連絡はひっきりなしで、誰もが迅速かつ的確な対応を迫ってくる。本来は研究部門の仕事ではないはずだが、いっさいの責任を見知らぬ者に押しつけてラボへ立てこもるには、他の連中があまりにも信用できなかった。人間性ではなく能力面で。
それもこれも、同程度に頭の回る指揮官が突然消えてしまったせいだ。
いや……正確には、すでにいなかった。数ヶ月前から、それは彼ではなかった。
「Damn……」
こうなることが全く予想できなかったわけではない。ただ、シミュレーションよりも影響範囲が大きかったのが自分自身の誤算で、やり場のない苛立ちの原因でもあった。
違和感はずっと抱えていた。
というより、かなり前から本人ではないと気づいてはいた。物証がなく目的も掴めなかったから泳がせておいただけだ。
どれほど完璧になりすましても、さすがに肌を重ねれば自然と悟る。必要最低限の言葉しか交わさない隊員とは違う。なぜ別人になったか、どのような仕組みで入れ替わったか、本物はどこへ行ったのか、など聞き出したいことは山ほどあった。
しかしそれ以上に、若林の顔をした別の男を抱くという新たな遊びが愉快でたまらなかった。
本人なら決して許さないような「実験」にもつき合いがよく、本人よりも刺激に対する耐性が低い。若林ならなんとしても耐え抜くところで、偽物はあっさり陥落する。
元々禁欲的な性分ではないのだろう。狩崎の肉体に対する執着も隠しきれてはいなかった。そんな相手を誘って焦らし、手荒に抱かれるのもまた昂奮した。見た目だけとわかってはいても、若林を翻弄できる快感には抗えなかった。
狩崎を夢中にさせるという点では、敵の術中にはまったといえるかもしれない。
だが、思っていたよりも早く厭きてしまった。
情報を欲しがっているのは向こうも同じで、開発に頭がいっているときには相手をするのが煩わしくなる。本来は狩崎が忙しいときにこそ各部署との折衝をこなしてくれる存在のはずなのに。
よくできた二次創作みたいなもので、オリジナルに寄せてはいても根本的に製造元が違う。あくまで別物としては楽しめるが、本物のほうがいいに決まっている。
「私は公式原理主義なんだ」
そう呟いて身を起こした。
倒れた椅子を眺め、それから新規メッセージの通知がやまないモニタを見やる。誰も折衝してくれないどころか、こちらで全て処理しなければならない。こんな状況は初めてだ。
ポケットに手を突っ込んだが、ガムがひとつ出てきただけだった。仕方なくそれを口に押し込んで立ち上がる。
以前スカイベースに喫煙所を作ろうと提案したのだが、若林は当然耳も貸さなかった。わかってはいたものの素直に引き下がるのも悔しくて、引き結ばれた唇に音を立てて口づけてやった。
『あなたで我慢してもいいけど』
『あまり人を馬鹿にするな、と言えばいいのか』
ぞんざいに狩崎のあごを掴んだ若林は、焦点が合うぎりぎりの距離で覗き込んでくる。こんなときの剣呑な雰囲気が、彼を気に入っている理由のひとつだった。
『それで禁煙できるなら苦労はないな、と言えばいいのか、迷うところだな』
結局彼は、狩崎の煙草の代替品とされることを拒みはしなかった。
その代替品も今はもうない。
同じ顔をした下衆な男にどんな行為を強いたか、同じ声でどれほど惨めに啼いたか、本人に詳しく教えてやりたかったのに。それを聞かされた彼がどんな反応を見せるかを想像し、楽しみにしていたのに。
その欲望がこの先満たされることはない。オリジナルは抹消され、明らかに別物のコピーだけが生き残った。もはや狩崎の興味の対象ではなく、さっさと倒されてほしいと心から願う。
「残念だよ……若林優次郎」
その名はもう、二度と呼びかけることのないただのラベルになってしまった。今後は書類の上でしか見ることもなく、耳にしても多少の不快感とともに聞き流すことになるのだろう。
父親と同じだなと、柄にもないことを思った。
コーヒーを買いに休憩室へ足を向けると、自販機の横に先客がいた。
スツールに座り込んでぼんやりと宙を見つめている。手にしたドリンクの蓋も開けていない。
「Oh,my……」
舌打ちしかけたがここで逃げ帰るのも癪だ。素知らぬ顔で眉を上げ、ICカードを自販機に押しつける。
「まったく、鬱展開にもほどがあるね」
世間話のつもりで話しかけながら、転がり出てきた缶を手に振り返る。生気の失せた門田がじっとこちらを見ていた。
彼が信じ込んでいるほどに、オリジナルの司令官は潔癖でも完全でもなかった。その事実を狩崎だけは知っているが、打ちひしがれた門田をさらに絶望させても意味がない。
「私の顔になにかついているかい?」
「いえ……」
自分の顔はともかく、門田の表情は実に雄弁だった。
こちらを見る目には明らかに共感と同情が表れている。さしずめ、若林と最も近しい立場にあった狩崎は誰よりも強い衝撃を受け、つらく悲しい思いに苛まれているのだろう、などと考えているに違いない。
目の前で手ひどい裏切りに遭った彼は、他の隊員とは共有できない感傷を狩崎と分かち合いたいのだ。
しかしこちらは門田に少しも共感できないだけでなく、彼の勝手な解釈につき合ってやる義理もない。頭にあるのは大量の煩雑なタスクだけだが、それを今の彼に理解させるのも億劫だった。事実を口にしたところで、相手が飲み込めるかは別の問題だ。
そもそも傷心の隊員を慰めるのは自分の仕事ではない。だがそれをするべき人間は、もうここには存在しない。それだけでも、想像以上の損失だった。
ポケットに手を突っ込む。さっきごっそり補充したラムネを、掴めるだけ掴んで相手に突き出した。
「お駄賃だよ、ヒロミ」
「なんのですか」
言葉を額面通りにしか受け取らない男は、戸惑いを隠さずに尋ねてくる。
「余計なことは言わずに黙ってろってことさ」
「……………」
険しい表情で差し出された両手に、一掴みのラムネを落とした。
「全部食べ終わったら、私の部屋に五十嵐ブラザーズを連れてきてくれ。次の作戦を説明するからね」
「……はい」
門田が嗚咽とともにラムネを噛み砕く音を聞きながら、狩崎は空き缶を屑籠に叩き込んでその場を後にした。
◆
司令官室での報告は初めてだった。緊張しながら若林に向き合っていると、ノックもせずに派手な風体の青年が大股に入ってきた。
「喫煙所を作りましょう!」
長い腕を若林に向かって広げ、開口一番信じられない言葉を吐く。そこにいる門田のことなど目にも入っていない様子で。
「禁煙プログラムならいつでも手配してやる」
若林のほうは頭を使うのもばかばかしいといった反応速度で答え、門田に報告のつづきを促した。
しかし、我が物顔で司令官室のソファへ腰を下ろし、長い脚を組んでこちらをにやにや眺めている男を意識しないというのは、非常に難しい。噂の天才科学者であることは間違いないが。人も調度も白で統一された空間に、突然原色の異物が飛び込んできたようだ。
「狩崎のことは気にするな。ああいう生き物だと思っておけばいい」
ため息でもつきそうな表情で若林が言うと、すかさず横から混ぜっ返してくる。
「人を珍獣扱いですか? それともpetかな」
「狩崎」
強い口調で制止されてやっと黙り込むが、次は携帯端末をいじりはじめ出ていく気配は全くない。挙句、愉快そうな表情を浮かべてこちらに画面を向けてくる。
「門田ヒロミ……新しい分隊長だね」
端末には門田の顔写真が表示されていた。隊員の個人情報にアクセスできる権限は限られた者しか持っていないはずだ。
軽やかに立ち上がって近寄ってきた狩崎はポケットから何かを取り出し、門田の手に握らせる。
「昇進祝いだ、ヒロミ。これからも励みたまえ」
見ればラムネ一粒。釈然としないながらも礼を言うと、見かねたらしい若林が狩崎を押しのけた。
「門田、ご苦労だった。戻っていい」
そう言われては、頭を下げて司令官室を辞するしかない。
ドアを閉めてから室内を振り返ると、こちらに背を向けた二人はいかにも親密な距離で何かを話しはじめていた。狩崎が一方的に若林の肩に腕を乗せているだけだが、厳格な司令官は振り払おうともしない。
彼の立場自体が特別待遇とはいえ、贔屓に見えなくもない態度はどういうことか。
廊下を歩きながらその理由を思案し、彼はあの狩崎博士の息子だと思い出した。幼いころに死別したとか。場違いな服装も言動もこの子供っぽいラムネも、きっと幼さを引きずっているのだろう。
であれば、年上で権威ある若林を父のように慕っているはずだ。二人の年齢差は知らないが、あの距離感も家族感覚と思えば合点がいく。
門田はラムネを握りしめ、狩崎という存在を自分に納得させた。
食玩は箱買いもしてるけど、スカイベース内のコンビニにも置いてもらってる。ので個包装のラムネとガムは切らしたことない狩崎、という設定。
ヒロミが持ってるのは着色料保存料ゼロのやつ。希望展望ゼロのときには飲めない。
こんな話書いてますが劇中ではヒロミしか信用できないと思ってます。
カメ次郎への鬼畜プレイは、思いつかないので専門の方にお任せしたいです。