コウ/カナロ

2019_リュウソウジャー,[R18]


脆弱な太陽と矮小な海

巣立ち

 がらんとした海底の宮殿で、カナロは寂寥とともにこれまでの暮らしを思う。
「ほんとうに、ここを離れるんだね」
 頭上から降ってきた声の先を見上げる。オトが吹き抜けの手すりに寄りかかって、海流を眺めていた。
「おれもおまえも、これからは地上で生きていくんだ。必要ないだろう」
 同胞の帰還も期待できず、迎えてくれる騎士竜もいない。たったひとりの肉親とは、離れていても水を介せば音信が途絶えることはないし、二人とも陸への肉体的な順応は進んでいる。海全体が故郷だと思えば、それほどさびしくもないだろう。
 自分なりに考えて決めたことだ。
「おまえには、一族の未来を背負わせることになってしまって、ほんとうにすまない」
 意気揚々と花嫁を探しにここを出ていった結果が、こんなことになろうとは……不甲斐なさを噛みしめながら、巻貝の螺旋階段を下りてきたオトに頭を下げる。
 コウとの間柄は、先ほど彼女に伝えた。自分の選択に後悔はないけれど、一族の後継を残すという使命はオトが最後の希望となってしまった。それについてはほんとうに申し訳なく思う。幸い、彼女が慕うのは同じリュウソウ族の男だ。遠い昔に別れた海と陸の橋渡しとなるだろう……。
「ていっ」
「痛っ」
 オトの容赦ない突きがみぞおちに刺さり、「なぜ……」と呻きながら床に崩れ落ちた。
「お兄ちゃん。まだそんなこと言ってるの?」
 仁王立ちで見下ろす妹は、眉をつり上げている。なにか気分を害するようなことを言っただろうか。
「わたしはね、一族繁栄のためにメルトくんといっしょにいるわけじゃないよ。ただそばにいたいからいるの」
「しかし、いずれは……」
 今はまだ幼い恋心だが、そのうち結婚を考えるようになる。そうなれば世継ぎを産むのは彼女で……。
 オトはわざとらしく大きなため息をつき、足下の貝殻を蹴飛ばした。
「この前、ミヤさんが言ってたよ」
「ミヤが?」
 偶然再会した「元」婚約者は、不器用なりに自分の生き方を模索していた。ただでさえ、リュウソウ族が人間の世界で生きていくのは難しい。とくに海のリュウソウ族は人間との接点が多くないため、いらぬ摩擦も増える。そんな中で、彼女は必死に生きていた。
「お兄ちゃんはまだ、『そこ』で止まってるのかって」
「おれが、止まっているだと……」
 彼女と袂を分かったのは、それほど昔ではない。あまり思い出したくないが、今でも鮮烈に覚えている。
 いずれは契って子を成すというさだめを、彼女は真っ向から拒絶した。自分は一族のために生きているのではない、自分の体も生涯も自分だけのものだ。そう言い切った彼女は、皆の反対を押し切って飛び出していった。
 あのころは自己中心的な考えだと憤り、売り言葉に買い言葉で追い出したのだが……。
 水の中を進むのはカナロよりミヤのほうが速かった。ふと、そんなことを思い出す。陸でも、彼女は昔と変わらず懸命に進んでいた。カナロよりずっと先を。
「海とか陸とか、リュウソウ族とか人間とか、もうそんな話じゃなくなってることは、お兄ちゃんだってわかってるはずだよ」
「……………」
 海と陸の和解、一族の呪われた起源、そして騎士竜を犠牲にしても皆でつかみ取った、この平和な世界。カナロが吹き込まれつづけた「海のリュウソウ族の血を残す」義務は、もはやないといっていい。
 だが、何百年もそれだけをよすがに生きてきた身には、すぐに受け入れられることではなかった。
「わかってるから、ここを離れるって決めたんでしょ」
 跪くカナロの前に、オトがしゃがみ込む。
「お兄ちゃんが認められないなら、わたしが言ってあげる」
 そう言って深海の姫君は自分のひざを抱え、兄の顔を覗き込んだ。
「もう、結婚のことは考えなくていいよ」
「オト……」
 妹の顔がにじんでいく。
「好きな人と、好きなように生きて。わたしもそうする。それがわたしたちの『繁栄』ってことなんじゃない?」
 声までもがにじんで聞こえた。
 カナロは口を押さえて嗚咽をこらえる。
「ごめん……ごめんオト……」
「ほら、もう行こうよ」
 主を必要としなくなった深海の宮殿に別れを告げて、陸へ。
 仲間たちのいる、新しい世界へ。

雨上がり

『元気ないなあ、なんやその顔』

 彼はいつでもそこにいる。
「えー、元気だよ。すっごく元気」
 地面に座り込んで、コウは青い空を見上げた。ナダも同じように座り、ただコウの話を聞いている。
「今朝も、アスナがさ……」
 愉快そうにうなずく彼はもう、この世にはいない。
 戦いがなくなり剣さえも封印した世界で、彼の形見を手元に置くことは考えなかった。故郷もない彼には、この聖地がふさわしく思えたのだ。かつて試練の断崖と呼ばれた場所は、試練を受ける者がいなくなってもその力をまだわずかに保っていた。訪れた者の心の中にある「弱さ」を、実体化させる力を。
 目の前で笑うナダが幻影でしかないことは理解している。試練を授けるわけでもなく、こうして会うためだけに現れてくれる理由も。それでも、まだここにいたかった。

 崖の向こうに、人影が見えた。
 こんなところにだれも来るはずがない。相手もそう思っていたようだ。
「コウ……やはりいたか」
「バンバ?」
 威風の騎士はわずかに眉を上げ、しかし納得したように歩いてくる。
「どうしたの?」
 立ち上がりながら、彼が持っているブーケに目を留めた。ここに花を捧げる相手は……。
「今日は、ナダの誕生日だ」
「!」
 リュウソウ族は死んだ日ではなく生まれた日に故人を悼む。コウはナダの誕生日を知らなかった。だから気が向いたときにここを訪れていたのだが……。
 近づいてきたバンバに、なぜかその花束を手渡される。ライラックの香りが鼻をくすぐった。
「え、でも……」
「渡してやれ」
 少し迷ったが、それをそっと石碑の前に置いた。悼みの言葉を乗せて。
「同じ時代を生きてくれて、ありがとう」
 風が静かに二人の頬を撫でていく。
「ここにはよく来るのか」
「うん……まあ、たまにね」
 なぜか気まずくなって笑いでごまかそうとしたが、相手は仏頂面のバンバだ。彼はにこりともせず、その代わりにため息をひとつこぼして懐からなにかを取り出した。
「なにそれ、手紙?」
「ナダに見せてやろうと思って持ってきた」
 写真入りの葉書を手渡され、つい叫んでしまった。
「トワとういじゃん!」
 旅先で偶然出会ったのだという。手紙はういからで、トワはこのあとまた別の地へ向かったのだとか。
「こんなに広い世界で、そんな偶然あるんだね」
 うれしくなって、何度も写真とメッセージを眺めた。
「次はトワ、どこに行ったんだろうな。ねえ……」
 顔を上げると、バンバが目を細めて見つめていた。慈しむような哀れむような、奇妙な表情だった。
「バンバ……?」
「おれもおまえも、平和な世界に居場所がないのだろうな」
 思ってもみない言葉に驚く。
「そんなことないよ、もう戦いたくない……」
 バンバがまっすぐこちらを見据える。
「それはおれも同じだ。だが平和を望むことと、平和を生き抜けるかは別の問題だ」
「平和を、生き抜く……?」
 見下ろせば、そこにはもうこの世にはいない男の標だけがある。戦いの中で出会い、戦いによって命を落とした。マスターたちも、どれだけ願おうと還ってくることはない。戦いの日々がいかに過酷だったかは、互いによく知っているはずだ。もう二度と、あんな苦しい思いはしたくない。
「なに言ってるのさ、おれ楽しく生きてるよ……」
 バンバは頬をひきしめて腕を組み、自らが持ってきた花束を見下ろす。
「戦いの中にしか身の置き所がない者は必ずいる。おれのマスターもそうだ」
「でもマスターブラックは、バンバと暮らしてるんでしょ」
 トワが旅立ったあと、師は療養がてら弟子の元に身を寄せたと聞いた。長いあいだ肉体から離れていた心臓が元どおりになじむのには、相応の時間がかかるらしい。
「もともと、戦いの中で生まれた関係だからな。高め合い強くなることしか知らない。前に進みつづけるトワには見せられない姿だ」
 強面の男二人、どんな生活なのか想像もつかないが、すでにマスターのいないコウからすれば羨ましくもある話だった。
「近ごろ思うようになった……おれたちは、ともに在ることで互いをこの世界に繋ぎ止めているんじゃないかと」
 永きに渡る戦いの歴史が生み出した、奇妙な絆。欺き欺かれ、嘘を信じて対立し、双方が傷だらけになって、全ては終わった。この世界にもう二人の関係は必要ない。それでも、彼らは互いのために生きるという「約束」を見いだしたのだろう。
 語る言葉は悲観的にも厭世的にも聞こえるのに、彼の目は微笑んでいた。ひどく穏やかで、満たされているような。
「バンバは、それが幸せなんだね」
「悪くないとは思っている」
 千年も生きる種族には、人間以上に連れ添う相手が必要だ。コウはマスターからそう教わった。それが家族でも友人でも恋人でも、師弟でも。
「ありがとう。バンバと話せてよかった」
 気が急いて後ずさりしながら、気持ちは村へと向かっていた。
 そうだ、自分にもカナロがいる。バンバがマスターブラックと手をとったように。カナロは自身の生きる意味を、種族の繁栄から二人の絆へと変えた。
 彼のことを思ったとき、コウは自然と駆け出していた。
「またここで会おうね!」
 人の暦とは異なる、リュウソウ族だけの暦が示す誕生日。次にここを訪れるのはその日でいい。今日を知ったことで、気持ちにも区切りがついた気がする。
 崖を下りる直前、もう一度ふり向いて叫んだ。
「おれ、みんなで守ったこの平和が好きだよ。だからこの世界で生きていきたい!」

 笑みを浮かべて手を振ったバンバは、腰に手を当て隣を見やる。
「……やっと、あいつのお守りから解放されたな」
 ライラックのブーケを拾い上げ、ナダは肩をすくめてみせた。

『そーゆーとこやぞ、ホンマ』

連れ添う魂

 故郷の家はもうないが、アスナの屋敷がメルトの帰る場所だった。駆けていく少年少女たちに昔の自分を重ねながら、自分の部屋で荷物を下ろす。
「おかえりメルト!」
「ただいま」
 荷ほどきをしていると、アスナが顔を覗かせた。
「日焼けした?」
「少しな」
 昼前だというのに珍しく手ぶらのアスナに、持っていた林檎をひとつ渡す。
「わーい、ありがと! 実はおなかへってたんだよねえ、最近は子供たちに遠慮して控えてるんだけど……」
 服の端でこすってかじりついた彼女の笑顔を見て、涙が出そうなほど安心した。これほど長いあいだ、それぞれが別の場所にいたことは今までなかったから。
 だが真っ先に迎えに出てくるはずの幼なじみが、まだ顔を見せない。
「コウは?」
「まだ聞いてない?」
「なにを」
 林檎のかけらを飲み込み、アスナはこともなげに言う。
「カナロと、旅に出たんだよ」
「え……!?」
 完全に初耳だ。
「カナロと!?」
 しばらく行動を共にしていたオトからも聞いていない。
「コウ、ずっと前に言ってたじゃない。広い世界を見てまわりたいって。もう忘れちゃったのかなって思ってたんだけど、この前いきなり、行くぞー!って。ういやトワに会えるかもって大騒ぎしながらね」
 そういえば、と思い返してみる。メルトやアスナが新しい道へ進もうと一歩を踏み出したとき、先陣を切って走り出すと思っていたコウは動かなかった。あのとき彼は優しい笑みを浮かべ、ただ仲間の門出を見守っていたのだ。
「そうか……なんだかさびしいな。おれたちから離れていくみたいで」
 思わず呟いた言葉に、アスナが顔を上げた。手の中の林檎はいつのまにか芯だけになっている。
「メルトが出ていってからのコウが、そんな感じだったかな」
 彼女は窓から頭を出してあたりを窺い、それから林檎の芯を茂みの中へ投げ捨てる。ふり向いて「ナイショね」と肩をすくめる姿も、幼い日のままだ。
「子供たちとも遊んでくれたりはしてたんだけど、なーんか居心地悪そうっていうか、さびしそうでさ。べつに元気がないとか笑ってないとかじゃないから、こっちも励まし方がわかんなくて」
 忙しさもあって、あえて近況報告などはしなかった。ただ、眠りにつく前にふと二人の顔が浮かんだ夜などは、ひどく切ない気持ちになったものだ。感傷的になるのは自分だけだと思っていたが、コウにもそんな思いをさせていたのかもしれない。
「でもなんでカナロと……」
 そこだけが引っかかる、と真剣に言ったつもりだったのだが、アスナがこらえきれないといった顔で噴き出した。
「メルトには、まだわかんないかなあ」
「なんだそれ!」
 自分の知らないところで、なにかが進んでいるのはおもしろくない。それが幼なじみのことなら、なおのこと。アスナとコウだけが承知していて、カナロまでも関わっているらしいのに、自分が蚊帳の外というのは納得できなかった。
「帰ってきたら、きっと教えてくれるよ」
「……ふん」
 脇を向いて鼻をこする。コウのやつ、帰ってきたら質問攻めだと思いながら。
「えっやだ、なんで泣いてんの!?」
「泣いてない!」
 アスナが子供にするように軽く頭を叩いてくるのを、目をこすりながら振り払う。しかし彼女が昔と変わらずに笑っているのを見て、その肩に頭を寄せた。
 自分が長い旅から帰ってきたように、コウが帰るのもこの場所以外にない。会おうと思えばまたいつでも会える。

 どんなに離れていようとも、ソウルはいつもひとつだから。

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