コウ/カナロ

2019_リュウソウジャー,[R18]

花の村

 カナロにどうしても見せたいのだと、山を二つ越えてまでコウが連れてきてくれたのは、そこかしこに花が咲き乱れる村だった。
「これは……」
 芳しい香りが漂う中、優雅に蝶が舞い、やわらかな日差しまでもが来訪者を歓迎しているようだ。花に囲まれた人々は当然穏やかで、カナロを海の一族と認めても、眉をひそめたりはしない。傍らにマスターレッドの後継者がいるからだろうか。
「おれの生まれた村なんだ」
 はっとコウを見返れば、彼はにこにこと笑っている。
「ずっと、こうなのか」
「うん、昔からずーっと、花の村。みんな優しくて、花が好きで……」
 コウは道端に咲く大輪の牡丹へとかがみ込み、「これ、おれの顔くらいあるだろ?」と愉快そうにこちらを見上げる。しかしうまく笑みを返せないでいるカナロを見て、静かに身を起こした。
「……花が嫌いなのは、おれだけだった」
 穏やかな声で、半ば予想していた言葉が告げられる。
「見た目だけキレイな、花の村が大嫌いだった」
 だから村を出て、自ら戦いの道を選んだ。まだ幼い時分に。
「あっ、向こうに薔薇もあるよ……」
「……!」
 なぜだか胸が詰まって、彼の腕を掴んでいた。
「カナロ?」
 ここと同じくらい華やかな花園で失ったひとつの恋が、不意に甦る。
『あなたを、愛している』
 本気だった。本気でないことなどなかった。しかし、相手には届かなかった。
『あなたの言葉は、空虚なの』
 コウが美しいこの村を見限ったように、彼女もカナロが贈った美しい花を拒絶した。全く別次元の出来事が重なって、切なく苦しい感情が襲ってくる。
 不思議そうな顔でこちらを見ているコウに気づいて、力なく笑ってみせた。
「すまない……どうしておまえの大切な場所で、悲しいことしか思い出せないんだろう」
「……忘れなくていいことだからじゃないかな」
 そっと手を握られる。
「おれも、忘れるつもりはないよ」
 今のコウは咲き誇る花々を心底愛おしげに見つめている。その表情だけで、彼の変化は……成長は、カナロにも察することができた。
 だから彼はここへ戻ってきたのだ。花が嫌いだった自分をも受け入れるために。
「ああ……」
 失敗も後悔もくり返して傷だらけになった過去の上に、新しい思い出がふわりふわりと積もっていく。その思い出を分かち合うのは……。
 指が絡み合った手を引き寄せると、彼はくすぐったそうに笑った。
 満開の花よりも朗らかに。

(貴方の傍らに咲くワードパレット:牡丹「あなた」「蝶」「華やか」)

滴る闇

 かすかな水音に、意識が呼び覚まされる。
「あれ……」
 まどろみの中にいたコウは、軽く頭を振った。
 ついさっきまで、仲間たちといっしょにいたはずなのに……。
 初めての夏祭りを、全員が楽しんでいた。ういが揃えてくれた浴衣は、普段の服とは全くちがう軽やかな着心地で。たまに袖や裾を持てあましながらも、夜店を覗き込んでは珍しさに歓声を上げていた。
 はしゃいで、笑い合って……こっそり手をつないで。
「メルト……アスナ!」
 こだますら聞こえない静寂と暗闇のどこかで、また水が落ちる音。
 耳を澄ませて、その方角に見当をつける。
 足を踏み出すと、水が跳ねた。膝下ほどの水をかきわけて進もうとするが、いつもと勝手のちがう裾が邪魔をする。
 不意に、白っぽい影が目の前に現れた。なにかが水に浮いている。
 その正体を認めた瞬間、血の気が引いた。
「カナロ!?」
 人ごみの中で手を握っていた相手が、意識を失ったように水面を漂っていた。
「ねえカナロ、しっかりして!」
 駆け寄り抱きかかえた体は、不思議と濡れていない。怪訝に思う間もなく、彼が静かに瞼を持ち上げた。
「だいじょうぶ!? いったい何が……」
 カナロの手がついと持ち上げられる。触れたその手の冷たさにはっとしたときには、首を抱き寄せられていた。重ねられた唇も温度が感じられず、コウは不安に衝き動かされて彼をかき抱く。
「どうしたの……」
 瞳を覗き込めば、艶然と微笑む。思わず喉を鳴らしたコウの欲を見抜いたかのように、冷たい手は空いた襟元へとすべり込んできた。
「!」
 浴衣はたやすく肩から落ちて、肌が露わになる。思わず身を引いたコウを、カナロは水の中へと引き倒した。
「……っ!?」
 彼とちがって、水中では息ができない。必死に手を伸ばして相手に縋りつこうとした。
 だが腕は空を切り、見開いた目にはなにも映らなかった。

「コウ!」
 耳慣れた声に呼ばれたかと思うと、急に騒がしい景色と音が入ってきた。
 ここは祭りの夜店通り。目の前に立っているのは……。
「……カナロ?」
「どうしたんだ、ぼんやりして」
 彼は心配と怪訝の入り交じった表情で、手にした団扇の風を送ってきた。清楚で凛とした浴衣姿は、あの妖しげな色気を纏ってはいない。
「カナロ、だいじょうぶ?」
「こっちの台詞だ。調子が悪いなら先に帰ろうか……」
 気遣うように顔へ当てられた手は、まちがいなく温かくて、あの闇の中で触れた手とは別物で。不覚にも、涙が出そうになった。
「……ううん」
 夢か、幻か。敵の罠か。警戒心だけは研ぎ澄ませながら、むりやり頬を持ち上げ彼の腕にしがみつく。
「なんでもない。行こう、みんなとはぐれちゃった」
 だいじょうぶ、こちらが現実だから。
 喧騒の向こうに聞こえた水音も、きっと気のせいだ。こんな賑やかなところで、水が跳ねる音など耳に入るはずがない。

 木陰の闇に咲く白い花弁から、清らかな雫がこぼれ落ちた。

(貴方の傍らに咲くワードパレット:百合「まどろみ」「雫」「清楚」)

きみに春を

 山の春は少し遅くて、だから些細な兆しも待ち遠しい。
 そう語る陸の一族の話を、海の一族の末裔は興味深く聞いていた。海の季節感とは全く異なるものだったから。
「でも、今年の春は遅いかも」
 コウは顔をくもらせ、枕を抱え込んだ。
 カナロがコウの部屋で寝泊まりするようになって久しい。一人用の寝台は、長く冷たい冬には逆に都合がよかった。外がどれほど吹雪いていようとも身を寄せ合って眠り、寒い朝をぐずぐずと寝床の中で楽しむことができる。
 それでも、すべての生き物にとって春は別格だ。カナロがまだ知らない地上の春を、彼は楽しそうに語って聞かせる。
「最初の花が顔を出したら、一気に他の花も咲くんだ。だから子供のころはみんな、競って花を探すんだよ。いちばんに花を見つけた子が優勝!」
「優勝……?」
「次の春まで幸せに暮らせる、とかそんな意味」
 他愛ない、幼い時分にだけ許された遊び。そんな子供らしさとは無縁だったカナロは、いくらかの憧れをもってコウを眺める。
「コウは、優勝したことはあるのか」
 だが彼は寂しげに首を振っただけだった。
「おれは、そんな余裕なかったから」
 戦うこと、強くなることしか頭になかったという少年期。自らの蛮力に振り回されていた子供に、冬も春も関係なかったのだろう。
「メルトは得意だったよ、春を見つけるの。でもこっそり他の子に教えちゃうんだよね。落ち込んでる子とか、病気の子とか。優しさなら、いつだってメルトが優勝なのにな……」
「コウも、」
「ん?」
 コウだって、とは思う。彼の心は敵をも包み込める大きさなのに。
 だがかつての荒んだ人格を知らない身で、えらそうなことは言えない。自分が知っているのは、懸命の努力でこの明るさを手に入れた彼だけだ。
 髪を梳いて、そっと抱き寄せる。
「おれにいちばん優しいのは、コウだ」
 彼はなにも言わず眩しそうに笑って、唇を重ねてきた。

 森を覆っていた重たい雪もしだいに溶け、少しずつ地面が見えてきてはいるが、それでもまだ空は灰色のままだ。
 雪がなくなっている岩場へとよじ登る。早朝の風はまだ身を切るように冷たい。
「カナロッ!」
 コウの声だ。こっそり起き出したつもりだったが、さすがに気づくのが早い。
「そんなところで、なにやってんの!」
 問いかけながら自分も身軽に岩を蹴って登ってくる。カナロは苦笑して手を差し伸べた。
「コウに、春をあげようと思って」
「え?」
 彼の手を掴んで引き上げ、肩を抱く。
 促されて岩陰を覗き込んだコウが、目を丸くした。
「これ……」
「次の春までずっと、幸せに暮らせるように」
 金色の可憐な花が、待ちきれないとばかりに蕾を膨らませていた。

(貴方の傍らに咲くワードパレット:福寿草「見つける」「雪」「幸せ」)

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