コウ/カナロ

2019_リュウソウジャー,[R18]

竜の息

「あつい……」
 そう呟いたら、後ろから「水に入れば?」とのんきな声が聞こえた。
「おまえ……」
 なぜここにいると胡乱な目を向けると、たまたま通りすがったと定番の回答。その真偽は確かめようもない。
「噴水が止まっている。かなりぬるいだろうな」
 コンクリート製の池を指さして説明してやったが、コウは「ふーん」と気のない相槌を打っただけだった。
「じゃあ、アイス食べる?」
 なぜ……という問いかけがすぐに出てこないほど、熱帯夜の湿った空気の中では魅力的な誘いだ。断る理由を探しているうちに、目の前に白い棒を突き出される。
「はい、半分こ」
 アイスクリームではなく、ビニル状の細長いパッケージで凍らせたアイスキャンディだった。真ん中から折って半分をよこそうとしている。
 すぐ受け取るのもみっともないし、かといって断る言葉も見つからず相手の顔を睨みつけていたが、彼は「溶けるから、早く!」とムリヤリ押しつけてくる。
「カルピス味、好きなんだ~」
 結局、彼に勧められるまま路肩に腰を下ろし、溶けていくシャーベットを二人並んですすっていた。爽やかで甘酸っぱくて、そしてありがたい冷たさだった。
「これって絶対二人用だよな、一人用なら分けないもんな」
「二回に分けて食べるという手もある」
「ああ、そっか……」
 他愛もない、生産性の全くない話をしながら、コウはときどきうれしそうにこちらを見る。どういうわけか彼の濡れた唇に目がいってしまうのを気づかないことにして、自分の甘くなった唇を舐めた。
 二人とも容器を空にしてから、そのあたりにくずかごがないことに気づいて探しに出かける。なんだか間が抜けているとは思うが、ゴミを押しつけて立ち去るわけにも、そこらに放り出すわけにも断じていかない。
「暑いなら、水入っちゃえばいいのに」
 夜道をのんびり歩きながら、コウが思い出したように言った。よほどぐったりして見えたのかと、思わず襟元や裾を直す。
 人間よりは寒暖に耐性があるとはいえ、長い気候変動を乗り切ってきた陸の一族と、変化の少ない深海で生きてきた海の一族では、多少適応力に差がある。だが、自分に関しては気候のせいだけではないのが問題だった。
「婚活の時期を春や秋にずらすとか……」
「そう簡単な話じゃないんだ」
 適当な言葉に苛立って、思わず強い語調で言い返してしまう。コウが驚いた顔でこちらを見返し、それから「ごめん」と呟いて外灯に照らされた歩道を見下ろした。
 そんなつもりではなかった、と言い訳しそうになり、どんなつもりだと言えばいいのか途方に暮れて暗がりを見渡す。
 視線の先にくずかごがあった。コウの手からゴミをひったくり、足早に捨てにいく。これでやっと、奇妙な夜の散歩も終わりだ。
「ありがと……」
 追ってきたコウに別れを告げようとして、くずかごの前に立ったまま出てきたのは別の言葉だった。
「陸のリュウソウ族には、伴侶を見つけるための特別な期間はないのか?」
 戸惑ったように一瞬黙り込んだコウは、少し考えて問い返してきた。
「祭りとか、儀式とか?」
 知らされていないだけかもしれないと考えたが、歳はそれほど離れているように見えない。きっと、陸では必要がなかったのだろう。
 ふり返らず、顔を上げて先にある外灯を見やった。光に引き寄せられて虫が集まっているのが見える。海の中でも、魚がそうやって集まるのをよく見ていた。
「海のリュウソウ族には、確実に子孫を残すために繁殖しやすい周期がある。その時期でなければ、陸へ上がることはない」
 さっきより長い沈黙のあと、遠慮がちな声が尋ねる。
「……カナロ、今発情期ってこと?」
 やはり陸にはないのだ。共感や理解を求めるのは無意味だった。
「繁殖期だ。だれ彼かまわず襲いかかったりはしないから安心しろ。ただ少し……夜のあいだ熱を持てあますだけだ」
 しゃべりすぎたかもしれないと考えながら、また襟を直す。つき合ってやる義理などないのに、彼から離れない理由を探してぐずぐずしているようで、勝手に決まりが悪かった。
「アイスは……美味かった。ありがとう」
 きびすを返し、彼の顔を見ないようにして立ち去ろうとする。だが、力強い手に腕をつかまれた。
「……おい」
 コウもこちらを見ずに、うつむいたまま口を開く。
「陸にも、昔はあったのかも」
 鉤爪のように細くしかし鋭い指が、服越しに腕に食い込んで痛いほどだ。
「名残りみたいなのは知ってるよ。眠れないくらい熱くて苦しくて、それで……」
 いつもの屈託ない声が、わずかにかすれる。
「まだ相手がいないときは、その夜だけ頼む人がいるんだ。カナロには……」
 正面切って「いるのか」と訊かないのは、彼が見かけどおりの初心だからか。無神経に見えて遠慮するたちなのか。
「誇り高き一族に、一夜のゆきずりなどあってはいけない。契った時点で、彼女は花嫁だからな」
 彼が言うほど、耐えられない感覚ではない。朝日を浴びれば熱も鎮まる。さかっている夜こそ過ちを起こさないよう、逆におとなしくしているほうがいい。
 なのに。
「相手、いないんだろ?」
「余計なお世話だ……」
 なぜこの手を振りほどけない。
 コウが顔を上げた。つられてこちらも彼のほうを向き、正面から視線がぶつかった。
「おれなら、『花嫁』にはならないよ」
「……!」
 告げられた提案自体に、意外性はなかった。「男でしのぐ」という選択肢が自分の中に全くなかったわけではない。コウに提示されるとは思っていなかったが。
 なにより衝撃だったのは、コウから言われたことよりも、自分がどこかでそれを期待していると気づかされたことだった。
「どうして……」
「それ、今聞く?」
 いつもどおりにへらっと笑った彼の意図は、たしかに聞くまでもない。仲間だから、ただそれだけだ。
「カナロ」
 意思決定を迫るように、優しくいたわるような声で呼ばれる。
 背後の外灯で逆光になった彼の表情は影になっていて、その目だけがやけにはっきりこちらを射抜いているのが見えた。
 彼の後ろでは、光を目ざして飛んできた虫たちが、哀れにも熱に灼かれて地上に落ちていく。光を正面から受けて白く照らされている自分も、ああ見えるのだろうか。
 掴まれていないほうの手で、彼を抱き寄せる。待っていたかのように長い腕が背中に回された。
「ほんとうに、あついな今夜は……」
 首にかかった竜の息が、炎のように熱かった。

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