イアン/ノッさん
『あんたを好きなのがそんなにおかしいか?』
すっかり日も落ちた時刻。
軽トラックの助手席で揺られながら、イアンはむすっとした顔で、隣から聞こえてくる鼻歌を聞いていた。しかもなぜか音頭調。こっちは祭気分でもないのに。
「ねえ、なに食べたい?」
赤信号で停車したと同時に鼻歌が途切れ、のんきな声が尋ねてくる。
「ごはんは炊いてあるから、パンとかうどんそばは出ライっス」
かなり絞られるじゃないか……文句を飲み込んで、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「ノッさん」
そう言いながら彼の胸を撃つ真似をすると、ノブハルはわざわざ「うっ」と撃たれたリアクションをしてから、何事もなかったかのように車を発進させた。
「ぼくを食べたら、晩ごはんが入らなくなるじゃない」
「だから、いらないって……」
「それはだーめ。びっくりしたよ。朝ごはんにクロワッサン一個食べたっきりなんて。クロワッサンなんて半分空気でしょ」
クロワッサンが聞いたら気を悪くしそうなコメントだ。
「スピリットベースで野菜ジュース飲んだ。ヘルシーだろ?」
「ジュースは食事に入りません! あとコーヒーも飲みすぎは体に悪いからほどほどにね。ビタミン剤はあくまで補助! ちゃんと食べた上で……」
まさかそんなことで子供のように叱られるとは思っていなくて、さっきは訊かれるまま正直に食生活を暴露してしまった。その結果が、この強制連行なのだが……
デートの約束が、という鉄板の言い訳を口にできなかったのは、相手が彼だったからという一点に尽きる。といってもこちらが一方的に好意をアピールしているだけで、義理立てする間柄でもない。なぜ美女との楽しいひとときを選ばなかったのか、今さら後悔しているところだった。
ノブハルの事務所兼自宅は古い日本家屋で、日本びいきのイアンはひそかにテンションが上がる。
「レディたちは?」
もう日も落ちた時間だというのに、同居中の妹と姪の姿は見当たらない。てっきり家族の食卓におじゃまするのだと勝手に緊張していたから、少し拍子抜けした。
「あれ、ごめん言わなかった? 子供会の行事でお泊まり会に行ってるの。明日のお昼まで帰らないよ」
聞いたかもしれないが……考えることが多すぎて上の空だった自分を張り飛ばしてやりたい。
イアンを居間に通したノブハルは、さっそくエプロンをつけて厨房に向かっている。
「二人きりってわけか……もしかして、狙ってた?」
後ろから抱きつこうと伸ばした手をあっさり払われた。
「はいはい、台所は危ないから。そっちでキッチンと待ってて」
「子供かよ」
仕方なく台所は出たが、居間でただ待っているのも手持ち無沙汰で、結局戸口に立って彼を時間つぶしにつき合わせることにした。
「ここ、ノッさんが育った家?」
「ううん、優子の……ぼくの義弟がなんでも屋始めるときに買ったんだよ。ぼくは会社辞めてからここに住んでる」
「へえ……その前は?」
「会社近くのマンションで一人暮らし。でも忙しすぎて、寝に帰るだけだったなあ……」
この家のことも、彼の昔話も、さほど重要ではなかった。
話しかければ必ず明るい声が返ってくるし、黙っていても向こうから当たり障りのない話を振ってくる。狭い台所の中を忙しく動きまわるノブハルを眺めながら、イアンは戸口に寄りかかっているだけの時間を楽しんでいた。
それほど時間が経った気もしなかったが、ノブハルが「お待たせ~」とこちらを向く。
「じゃあ、手持ちブタさんなイアンにもお手伝いさせてあげよう。コレ向こうに持っていってね」
「お……」
茶碗や皿が乗ったトレイを渡される。テレビのある部屋に持っていけということらしい。不承不承、トレイを居間のローテーブルまで運んだ。
あとからもうひとつトレイを持ってきたノブハルが、それらを手際よくテーブルの上に並べていく。ぼんやり座っているだけで、目の前に二人ぶんの食事がセットされた。
みごとなまでの純和食。味噌汁に白飯から始まって、漬け物やら煮物やらの小鉢が並び、メインディッシュはポークジンジャー……豚の生姜焼き。
「……うまそう」
「うまそうじゃなくて、うまいの!」
不思議と、食べたくないという気持ちは起きなかった。その気になれば分厚いステーキだってたやすい年ごろだ。食事の内容も量もそのときの気分で決まる。
イアンはおとなしく正座して、手を合わせた。郷に入っては郷に従えという日本語もある。
「イタダキマス」
「はい、召し上がれ」
べつに、初めてのシチュエーションではない。男に自慢の手料理をふるまいたい女は少なくもなく、それが真実美味かろうと多少舌に合わなかろうと褒めちぎりながら完食するのは男としての義務だ。そのためにテーブルマナーだって一通りは押さえている。
だが、この状況でその手順を再現しても間抜けなだけだから、黙々と箸を動かすことになるのは仕方がない。
同じメニューに向かうノブハルは、もう少し男らしく、つまりがつがつと椀をかき込んでいた。たぶん一般的な肉体労働者の食欲なのだろう。
「イアンって箸の使い方うまいね。理香にも見習わせたいなあ。あの子、鉛筆の持ち方もまちがっててさ、ちょっと先が心配……」
適当に相づちを打つが、それでも彼は一人笑顔で話しつづける。
デート中の女の子とちがって、話を聞いていないと怒ることもない。むりに同意や共感を求めたりもしない。そのうちイアンも会話に引き込まれ、いつのまにか笑いながら相棒との昔話までしていた。
普段は気まぐれな女性を相手にする緊張感が楽しいとはいえ、この気楽さも悪くない。
義務でも義理でもなく、イアンは全ての器を空にして箸を置く。
「……ゴチソウサマ」
「はい、お粗末さまでした」
少し先に食べ終わっていたノブハルは、にこにこと答える。美味しかった?などと訊いてくることもなかった。完食が彼への感想なのだろう。
「今、お茶入れるね。イアンはコーヒーがいいかな……」
「ほうじ茶」
「……渋いね」
立ち上がったノブハルは真顔でイアンを見下ろした。
日本茶は嫌いではない。この空間でコーヒーなりハーブティなりを所望するのも場違いな気がする。そう説明しようと思ったが、動いた瞬間足が痺れていることに気づいて、座布団の上にうずくまった。
「なんだあ、正座苦手なら足崩しててもよかったのに」
「く……っ」
イアンが畳に倒れて動けないでいるあいだに、食卓は手早く片づけられていく。
普段は決して起こりえない、やたらみっともなくて、ノブハルよりも冴えない自分に、イアンはつい笑い出していた。
縁側に出て、かかってきた電話に小声で応える。
「ごめんね、今夜は急な仕事で抜けられなくて……来週はどうかな? きみの都合がいいときでいいよ。いつでも呼んでくれれば……」
イアンの空々しい謝罪に愛らしい声で拗ねてみせる相手のほうも、大して熱意は感じられない。お互い、この相手でなくてはならない理由などないのだろう。それでもケンカだけはしないように、電話越しに愛想を振りまく。
窓とカーテンを閉めると、台所を片づけ終わったノブハルが手を拭きながらもどってきた。
「泊まってけば? お風呂も一人のために沸かすのもったいないし」
ぼくもビール飲みたいし、とつけ加えたのは、律儀にもイアンを送っていくつもりだったということだろう。
「いいのか? なにするかわかんねえぜ」
ひとつ屋根の下で一夜を過ごすという好機を、このスナイパーが見逃すわけはない。
だが彼はうろたえもせずにっこり笑う。
「そのときはそのときで……まあ、力ならまちがいなく、ぼくが勝てマッスル!」
ダジャレに合わせてわざわざ力こぶまで作ってみせるが、全く強そうには見えない。
それでもその言葉が嘘でもなんでもないことは知っていた。あとは、彼が本気かどうか。気弱で人のいい彼が、ほんとうにイアンを腕力でねじ伏せるのか。この点に関しては、イアンはすでに勝利を確信していた。
だから、わざわざ隣の部屋に布団を敷かれても、平然とノブハルの部屋に夜這いを仕掛けたのだった。
「イアン?」
不審の色もない、純粋な問いかけ。
なにかあったのかと起き上がろうとする彼の肩をつかんで、布団に押し倒す。
「ちょっと、なに……」
「なにするか、見当もつかないわけじゃないだろ? 泊まってけって言ったのはあんただ……」
顔を寄せて微笑んでみせると、暗闇の中で彼の目が剣呑に細められる。
それは今まで見たことのない表情だった。
自分でも気づかず、イアンが怯んだ一瞬の隙。
「……っ」
ぐるっと視界がまわる。
どさりと音がしたかと思うと、イアンは仰向けに転がっていた。
「力じゃぼくに勝てないって、言っておいたよね?」
いつもよりトーンの低い声が降ってくる。両腕を完全に押さえつけられていた。どんなに力をこめても、わずかにも動かない。ひそかに焦りながら、それでも余裕の笑みを作る。
「いいぜ。おれはどっちもいける……」
言葉を切ってしまったのは、ひどく真剣な目がこちらを見据えていたからだった。
「おとなしく寝てくれたら、言わずに済んだのにな……」
「婚前交渉は禁止とか言うなよ」
軽口も効かない。
すっと静かに息を飲むのが聞こえ、押さえつける手にわずかながら力がこもる。
「ぼくだって、なんの覚悟もなくきみをうちに泊めたりしない。そうなってもいいと思ったから連れてきたんだ」
「!」
彼がこんなに明確に、関係の進展を口にしたのは初めてだ。
だがノブハルの表情は少しも動かなかった。少なくとも、「愛の告白」のときの顔ではない。
「でもやっぱり、ダメだよ」
「え……」
一瞬前とは真逆の理由で、胸がざわついた。
「きみが本気なのはわかるし、すごくうれしい。でも、若くてかわいい女の子たちと並べられて、自分が選ばれるのをただ待ってるなんて耐えられないんだ。ぼくが何十番目かはともかく、さっきの電話の人みたいな関係にはなれないよ……」
「ノッさん……」
思いもしなかった事態に、思考が一瞬停止する。
まさか、ノブハルが「彼女たち」と自分を同列に考えているとは。嫉妬というにはあまりに悲しげで、独占欲というにはあまりに控えめで、女性相手ならいくらでも出てくる浮ついた言葉などひとつも思いつかなかった。
「だから、今までどおりのいい仲間、お友だちでいようじゃないか」
「ちょっと待て……」
イアンはもがいた。だがメンバー随一の剛力は伊達ではない。
「ちくしょ……」
自分の非力さや惨めさを思い知らされ、頭に血が上る。なぜ伝わらない。
考えるよりも先に、目の前の顔に全力で頭突きを食らわせていた。
「ぐ……」
「ったあ……」
ノブハルがひたいを押さえてイアンの横に転がる。しかし主観でいえばダメージが大きかったのはイアンのほうで、相手の石頭を内心で徹底的に呪いながら布団の上でのたうった。
「いきなりなにするの……」
「……なんでわかんねえんだよ!」
なんとか身体を起こし、涙目で相手を睨みつける。
「女の子は女の子、ノッさんはノッさんだ! 並べても比べてもいねえよ! 順番なんかついてねえ、若くもかわいくもないオッサンの時点で、あんたは別格で特別なんだ、わかれよそれくらい!!」
あまりにも身勝手な言い分に、ノブハルも目元をきつくして言い返してきた。
「なんなのさその理屈、意味わかんないよ! ていうかぼくはオッサンじゃないからね!」
「そこはもうあきらめろよ!」
「よくない! 32はまだオッサンじゃない、そこは譲れない!」
「歳なんかどうでもいい、オッサンくささはノッさんの魅力のうちだ!!」
「だからオッサンじゃないってば! だいたいそんなきれいな顔して美女よりオッサンが好きなヘンタイだなんて……鏡見たことあるのかい!?」
「顔は関係ねえだろ、ヘンタイってなんだよ、あんたを好きなのがそんなにおかしいか!?」
「おかしくなきゃ、ぼくだってこんなに悩まないよ!」
なんだこれは。予定とぜんぜんちがう。うまくいかないときにはもっとわかりやすく、もっときっぱりと結果が出るものだ。拒まれた時点で身を引くなり作戦を立て直すなり、うまいやり方ならいくらでも知っている。
いい大人が、大好きと叫びながら、罵り合っているなんて。滑稽なのにどちらも必死すぎて笑うことすらできない。
「あー、頭痛ぇ……」
自分もこの状況も、なにもかもが情けなくなったイアンは、再び布団の上に転がる。
「自分でやったんだよ……」
呆れた口調でそう呟きながら、ノブハルはイアンの顔を覗き込んできた。前髪をよけて、痛むひたいを撫でる。
「腫れるかも……冷やす?」
その声はひどく優しい。いつもどおりに。少し手を伸ばし、こちらへ引き寄せるだけでキスができる。なのにできなかった。吠えることはできても噛みつく勇気はない。たった数分で、驚くほど臆病になっている自分がいた。
「好きな相手のベッドで、キスのひとつもできないでこぶだけ作ったなんて生まれて初めてだ……」
「ベッドじゃなくて布団だけどね」
ノブハルは苦笑して身をかがめ、イアンの唇に軽く口づける。
あまりに突然で、そして自然で、一瞬反応が遅れた。
「イアンの言うことは正直ぜんぜん腑に落ちないしわかんないことだらけだけど、ぼくとしては、こうして二人でいられるだけで楽しくて気持ちいいんだよ。あ、頭突きがなかったら最高だったかな」
広い手が、イアンのひたいを撫でている。子供をあやすように。
「仮に……おれが女断ちでもしたら、おれのものになってくれるのか?」
「そんな気ないでしょ?」
「あたりまえだ」
「はは……じゃあ別の手を考えないとね」
悔しいけれど、彼の言うとおり心地よい時間だった。こういう男だから仲間とは少しちがう、特別な関係になりたいと思った、それを改めて感じる。
「ノッさん」
「ん?」
この想いを伝えるのに、もっとふさわしい言葉があるのかもしれない。だがイアンはそれしか知らなかった。
「愛してる」
案の定、戸惑いと照れの混じった笑みでこちらを見返してくる。彼の中にはまたちがう言葉があるのだろう。
「こういうときくらい、ノッさんじゃなく本名で呼んでほしいなあ……」
「本名……?」
言われて考え込んでしまった。ノッさんはたしかに愛称だが、それ以外で呼ばれていたことがあったか。あ、名字はたしかウドウで、名前は……
「なんだっけ……ていうか、聞いたことあったっけ……」
「なにそれ!? 有働ノブハルと申します、ってもういいよ! 今知った名前で愛してるとか言われてもうれしくない!」
よほどショックだったのか、ノブハルは両手で顔を覆ってばったりと布団に倒れる。それから、数秒してとんでもないことを呟いた。
「そういえば、ぼくもイアンのフルネーム知らない……」
「Oh,my……」
ファーストネームや愛称しか知らない相手は山ほどいる。向こうも「イアン」が本名かすら気にしていないことがほとんどだ。
にも関わらず、それはたしかに想像以上にショックだった。頭が痛い理由がもうわからない。
ひたいを押さえながら、イアンはきっぱりと日本語発音で言ってやった。
「マイネームイズ、イアン・ヨークランド!」
眠りが浅いイアンは、隣で他人が起きると自分も目を覚ます。
カーテンの隙間から差し込む朝陽が、シーツに光のラインを作り、その中で気だるげに動き出す恋人の気配を感じながらまどろんでいると、相手はイアンの耳元に甘ったるくおはようと囁いて、口づけを落とす……
などという風景は、今朝に限ってはなかった。
「んぁ、おはよぉ……」
ひげの濃くなった寝ぼけ顔が、あくびをしながら朝のあいさつをよこしてくる。
結局、だらだらと不毛な言い合いをしながら力尽きて、二人ともそのまま眠りに落ちた。一つ布団に男二人が寝ていたわりには、やけにぐっすりと眠った気がする。
「おはよう……」
今はもうこの世のどこにもいない男と、野宿や車中泊をつづけていた日々を思い出す。恋など遠い町に置いてきた蜃気楼でしかなく、埃まみれの顔を見合わせて笑っていた。なんの憂いもなく、ただ楽しかった。
ここは安全で清潔な家の中だが、あのころの感覚を喚起させるのは、目の前の男のせいだろうか。
「ノッさ……」
触れようと伸ばした手は届かなかった。
「まだ寝てていいよ、でも8時には仕事に行くからいっしょに出てね……」
のそのそと這いながら起き上がって部屋を出ていく姿は、歴史の教科書の「人間の進化過程図」に似ている。
寝転がったまま枕元の時計を見ると、まだ5時半だった。目覚ましもかけていないのに、昨日あれだけ騒いだのに、彼はきっちり起き出して一日を始めようとしている。
仰向けに転がり、板張りの天井を見上げた。ゆるゆると腕を上げて天井のしみに狙いを定め……だが引き金は引かずに腕を布団の上へ投げ出す。
「当たったのか……?」
こっちの下心は満々で、相手も少しはその気があって、しかしなにもなかった。
外してはいない、だが仕留めてもいない。終わっても始まってもいない。こんなのは、今まで経験がない。
イアンは二度寝もできないほどはっきり覚めた頭で、しばらく考え込んでいた。
やがて台所から声がかかる。
「朝ごはんできたよぉ。パンとライスはお選びいただけまぁす」
「ライス……」
「オーライっす!」
イアンの前に置かれたのは、白飯、味噌汁、納豆、それと何種かの総菜。ノブハルは、トーストにマーガリンを塗っている。
「納豆は……いらない」
「あ、そこは意外と普通に外国人的なんだね」
「食えるけど今はいい……」
テレビの気象予報を眺めながら、二人は色気もなにもない食事に専念した。クロワッサンをコーヒーで流し込んだだけの朝食が、ずいぶん昔のことに思える。こんな朝ごはんだったら、毎日でも食べられるのに。
彼が家族持ちでさえなかったら……
そこまで思い至り、イアンはふと顔を上げてノブハルを見た。
「なに?」
「いや……おいしい」
「えーなに、うれしいけどさ」
守るべき家族は彼の弱点ではない、強みなのだと、ダイゴが言っていた。
イアンが惹かれたのも、きっとそんな彼の強さだ。なにがあっても変わらない、気取らない、その存在を手に入れたいというよりは、もたれかかっていたい。
甘い言葉を囁いて身体をつなげて、という行為があっても悪くはないけれど、すぐにと急く理由はひとつもない。今は、このなんでもない時間に浸ろう。
そう思いながら、イアンは箸を置いた。
「ゴチソウサマ」
食後のコーヒーを淹れながら、ノブハルが言う。
「今度は、イアンの家にごはん作りにいくよ」
「ケトルとミルクパンしかねえぞ」
「……調理器具も持ってく」
それってもう、なんでも屋の仕事だね、お金取ろうかな、いやいや冗談冗談、ぼくも食べるからさ、としゃべりながらいつもの人なつこい笑顔を向けてくるから、イアンは指先を彼に向けた。
バン。
「今度こそなにするか、わからねえぜ」
はっと胸を押さえ、ノブハルは「いてて」と呟いて苦笑した。相変わらず、妙なところで中途半端につきあいがいい。
「そのときはそのときで……ぼくのほうが強いのは知ってるでしょ」
おどけた顔で、また力こぶをつくってみせる。
たぶん押さえつけられるまでもなく敵わないなと、イアンは肩をすくめた。
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