侘助/理一

2009_サマーウォーズ,[R18]

【仮宿】

シャワーを済ませて出ると、侘助がベッドに寝転がったままでノートパソコンのキーを叩いていた。仕事なのだろう。バスタオルを腰に巻いただけの理一は、気にせず備えつけの冷蔵庫を開けてビールを取り出す。
「……理一ぃ」
「なに?」
顔を上げずに名前を呼ぶ侘助に、理一もふり向かず返事をした。だがつづいた言葉には、思わずふり返ってしまった。
「なんで寮出ねえの?」
「……独身だから」
唐突な質問についまともに答えてしまったが、意図がわからない。
侘助は手を止めて、肩越しに理一をふり返った。
「嘘つけ。おめえが特別あつかいってことは知ってんだよ。なんでもかんでもちょっと口きけば済むだろうが」
「まあね」
伊達に陣内の名は持っていない。同期よりは昇進も早いし、そういえば個室が与えられるのも早かった気がする。公私ともに多少の無理は「陣内なら」「陣内だから」で通ってしまうから、理一も使えるときは遠慮せずに使っている。
だが用のないときには行使しない。
侘助には教えていないが、独身寮を出るのはそれほど難しくはない。陣内の名を使うまでもなく、理一が望めば外でそれなりのマンションに住むことはできるだろう。
それでも、理一は学生のころから二十年以上も寮住まいをつづけていた。
「寮のほうが楽だから」
多少の不自由も慣れきってしまえば、それ以外の生活は考えられなくなる。
だが侘助は舌打ちをしてノートを閉じた。
「楽じゃねえよ。毎度毎度ホテル借りるの、あきらかにめんどくせえだろ? てめえが自分の部屋持ってりゃこの十何年、なんの苦労もなかったんだぜ?」
「あー、そういうことか」
今、二人がいるのはビジネスホテルの一室だった。
昔から……侘助が大学を卒業して実家に帰ってから、二人で会うときにはいつも、そっけないビジネスホテルをツインでとる。男二人で入っても違和感がなく、それでいて必要なものはすべてそろっているからだ。
侘助は東京に滞在するあいだホテルで寝泊まりし、理一はここぞとばかりにささやかな特権を濫用して、「外泊」する。セックスするときもあれば、酒盛りをするときも、ただ二人でそれぞれの時間を過ごしているときもある。
たしかに、わざわざホテルですることではない。
理一はビールを飲みながら、ベッドに腰を下ろした。
「一人暮らしをはじめたとたん、迷惑な親戚が押しかけてきてそのまま居座っちゃったりしたら困るし……」
「それが理由か!?」
素直に驚いて目を剥く顔がおかしくて、ビールを噴きそうになった。
「まさか。おれがおまえ中心に生きてると思うなよ」
「ああそうかよ」
からかわれたと知った侘助は、むくれてベッドに倒れ込んだ。
それからしばらく枕に頬を押しつけていたが、そのままの姿勢でまた口を開く。
「理一ぃ」
ビールを飲み干して缶を置いた理一は、濡れた髪を拭きながら視線だけを相手に向ける。侘助はこちらを見ずに、ぽつりと呟いた。
「マジで、出る予定ねえの?」
ずいぶんとこだわる。今までも数年に一度くらい文句はあったものの、ここまで食い下がってきたことはない。
「出てほしいの?」
うつぶせの侘助を真上から覗き込むと、少しだけ頭を動かしてちらりとこちらを見た。
「……だって、めんどくせえじゃん。金かかるし」
「高給取りがなに言ってんだ……」
それでなくても人並みの金銭感覚を持っているとは思えない侘助が、小銭のことを口にするのがすでにおかしい。苦しい口実にしか聞こえなかった。
どうしたんだ、と尋ねようとした瞬間、天啓のようにその答えを悟った。
「侘……」
「あ?」
「いや……」
肩に触れると、自分から仰向けになって腕を伸ばしてくる。
その腕に抱き寄せられ、理一は侘助の上にのしかかった。乞われるままに口づけを交わし、シャツをまくり上げて肌に触れる。侘助の息も身体もすぐに熱くなっていき、やがて理一をシーツに押しつけて馬乗りになった。
「風呂、入ってねえけど」
「どうぞ。こっちはちゃんと洗ってますから」
茶化して微笑んでみせても、こちらを見下ろす侘助の目には笑みも余裕も見えない。
ああ、やはりそうなのだ、と思った。焦っている。
理一は濡れた髪を両手でかき上げて撫でつけるようにすると、侘助に向かって笑みを作った。
「おれはホテルも好きだけどな。自分で掃除しなくていいし」
もどかしげにシャツを脱ぎ捨てた侘助が、苛立ちを隠そうともせずに眉を寄せる。
「掃除、好きなくせに」
「好きなわけじゃない、おまえがしないからだよ」
たしかに生活空間は清潔で整頓されている状態が望ましいが、だからといって掃除そのものが好きなわけではない。実家では、ものぐさな侘助のおかげでいつも貧乏くじを引かされていた。
「ちょっとはするようになったさ」
言い訳がましく呟いた侘助は、理一の手首をつかんで口をふさぎにかかる。
バスタオルを引き剥がされたとき、天井を眺めながら思っていることを口にしてみた。
「まあ……若い連中に追い出されたら、下町の一軒家にでも住もうかな」
侘助の動きが、一瞬だが止まる。
「なんだよそれ……ジジむせえな……」
文句を垂れる声に、笑みが滲んだ。
苦笑の中に喜色が混じっているのがバレバレで、こちらとしてはどんな顔をしていいのかわからない。
「ていうか、おまえが日本に帰ってくればいいんじゃないのか」
「そのうちな……」
すでに心あらずといった口調に、理一はあきらめて目を閉じた。
まだ、必要ない。まだ、覚悟もない。
実家でないもうひとつの「家」……侘助の帰る場所を、この自分が用意することは、まだしばらくできそうにない。

たぶん東横イン。金あるのに東横イン。


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