侘助/理一

2009_サマーウォーズ,[R18]

【パフォーマンス】

 仕事で東京に来ているから飲まないか。
 ……と、侘助から唐突な連絡があったのは、つい数時間前のこと。
 終業後とくに用事もなかったので、理一は彼の呼び出しに応じてやることにした。
 アバターが運んできた地図にしたがい居酒屋へ行くと、侘助はすでに一人で飲みはじめている。すだれの掛かった半個室で中年男が一人きりという光景は、なかなかに物悲しくて、思わず噴き出しそうになった。
「よぉ、早かったな」
 もとより待つつもりはなかったらしい。
 正面に座った理一が上着を脱ぐ前にやきとりが運ばれてきて、理一がビールを頼んでいるあいだにも、一人でもぐもぐとやっている。あげく、串で歯に挟まった肉を取ろうとしていた。
「オッサンくさいなあ……やめろよそういうの」
 うんざりした声を作ってそう言ってやると、彼はちらりとこちらを見て半笑いの表情になる。
「顔拭くのはいいのかよ」
 理一はおしぼりを首に当てたまま手を止めたが、ここでおとなしく言い負けるのも悔しい。
「おれの中では許容範囲」
「なんだそれ」
「わりと若い子もやってるよ」
「そうか?」
 中身のない会話をしているうちに、ビールがやってきた。気持ちよく冷えたジョッキを掲げ、侘助のジョッキにぶつける。
「とりあえず、おかえり」
「おう、ただいま」
 こんな、ごくあたりまえのやりとりができるようになったのも、ここ一年か二年のこと。
 それ以前は、なんと呼んでいいのかもわからない、ひどく曖昧な間柄だった。まるで実感のない血のつながりと、戯れから始まった身体の関係は、両立させるにはひどくバランスが悪くて、そのくせどちらも断ち切れなくて。
 今は実にシンプルなものだ。「家族」という、子どもにもわかる単語ひとつで済む。
 理一は侘助の前にある皿から、なにも言わずに一串取った。侘助はわずかに眉を寄せたが、とくに文句も言わずジョッキをかたむけている。
「たれより塩のほうがよかったな」
「じゃあ自分で頼め」
「そうする」
 なじんだ家庭の味ではないが、二人で食べるだけでもかなり気分がちがう。
 どちらも笑みなど浮かべていない。それでも、互いに上機嫌なのはわかっていた。
「健二のやつ、大学受かったって?」
「そうそう、夏希も留学から帰ってきたし、この夏はにぎやかになるんじゃないかな」
 飲んで食っての合間に、他愛のない会話がぽつぽつと混じる。
「佳主馬は地元の高校進学だってね。海外に行くと思ってたんだけどな。聖美ちゃんもそのつもりだったみたいだし」
「日本を離れるのはまだ早いんだと。相変わらずかわいくねえガキだよな」
 親戚の、それも子どもたち中心の世間話。まるでここが地元でもあるかのように。
 仕事中心の生活の拠点で、そんな話ができることに違和感はあったが、それと矛盾する安心感もある。そんな自分たちに理一は苦笑した。侘助のほうは気づいているだろうか。
 だがわざわざその感覚を口にして、むりやりに共有することはない。気づかないふりをして、会話をつづける。
「いつ佳主馬と話なんかしたのさ」
「先週チャットで、仕事の話のついでに」
「へえ、佳主馬は今そっち方面の仕事してるんだ」
「まあ半分は広告塔あつかいだけどな。本人もわかってるみたいだし」
 今度高校生になる従甥は、OZの格闘ゲームで伝説と化しているファイターだが、それだけではなく自らいくつかのソフトウェアを開発しているプログラマーでもある。ときには海外にいる親戚と仕事のつながりで出くわすこともあるのが、OZの狭さだ。
「そっちの仕事は順調?」
「まあ、ぼちぼち」
 これは完全に社交辞令だった。お互いの仕事には守秘義務というものがあるし、それを破ってまで話したいことも聞きたいこともない。
 ほんとうに侘助の動向を知りたければ、OZにちょっと潜ればすぐわかる。
 もうすっかり過去の人となった「ラブマシーンの開発者」は、今や堅実な会社員となっていた。アメリカの小さなウェブサービス会社で、侘助が中心となって開発したシステムは、OZの公式アプリに採用されて広く使われている。会社の管理ブログを覗けば仕事の状況はわかるし、「ワビスケ」のアカウントをフォローすれば、公開されている限りの日常もだいたい知ることができる。
 だが、理一はなにか用事があるとき以外「ワビスケ」には接触しなかった。
 侘助だけではない。勝手にニュースとして入ってくるキング・カズマのことも、わざわざ情報を検索したりはしない。従妹の聖美が佳主馬の活躍を愚痴混じりに、しかしうれしそうに語るのは聞いていられても、キング・カズマがOZ内でどんな評価を受けているかをあえて知ろうとは思わなかった。
 年齢的なものだと言われれば、認めざるをえない。夏希や佳主馬たちのように、生まれたときからオンラインがあたりまえ、という世代にはわかってもらえないかもしれない。
 今こうして話しているのも、相手の近況が知りたいわけではなく、向き合って話をしていることが重要なのだと思う。侘助にもどこかそういう感覚があるからこそ、はるばるアメリカから上田まで帰省するようになったし、仕事にかこつけて理一を呼び出しているのだろう。
「でも日本を出ないほんとの理由は、たぶん妹だな。重度のシスコンだぜ、あいつ」
「妹思いって言ってやれよ。いいことじゃないか」
 なおも佳主馬談義に花を咲かせていると、若い女性の店員が、ビールのおかわりを持ってきた。
 空いた皿を片づけている彼女を、少しも気にせず話をつづけていた侘助だったが、ふと理一を見てにやりと笑う。
「なあ、おまえさ……」
「ん?」
 長い手が顔のほうに伸ばされ、とっさに身を引く。
 が、侘助は強引に理一の口元を指でこすって、その指をにやにやと笑いながら自分で舐めた。
「おい……っ」
「ついてた」
 やきとりのたれか油かはわからない。もしかしたらなにもついていなかったという可能性もある。理一はおしぼりをつかんで今さらのように口元を拭った。
「口で言えよ」
 横は見なかったが、店員がどんな顔をしてこっちを見ているかは想像がついた。
 あわてて出ていった彼女が転んだり皿を割ったりしないよう心の片隅で祈りながら、理一は侘助を睨みつける。
「わざとだな?」
「なにがだ?」
 気怠げな笑みを浮かべているのを見て、尋問してもまともな答えは返ってこないだろうと思い、代わりに大きなため息をついてみせた。
「時間も時間だし、そろそろ出るか」
 わざとらしく時計を見ながら言う理一に、侘助が気の抜けたVサインを掲げる。
「ホテル、ツインとってる」
 Vサインではなく指二本だったようだ。
 呼び出されたときから、予想はしていた。東京在住の理一が東京都内で外泊する理由はないが、寮ではできないこともある。だから二人で会うときには大概、ビジネスホテルをツインでとることになっている。男二人で入っても違和感がないという理由で。
 もちろん、侘助がさっきのような思わせぶりな態度をとらなければの話なのだが。
「でもまだ二軒目行ける時間だな」
 携帯端末で時間を見ながら侘助が呟く。そのまま近くの店を探しはじめたらしい。
「飲みすぎじゃないのか」
「まだまだ、ぜんぜん」
 そうは言うが、さっきの悪ふざけはあきらかに酔っぱらいの所業だ。二人とも顔に出ないタイプだから、こういうときは判断に困る。
 運悪く会計に当たったのが、さっきの「見てしまった」店員だった。理一は極力相手の顔を見ないようにして、電子マネーでさっさと支払いを済ませる。小銭がどうとかレシートがどうとかカードの署名がどうこうでムダにもたつかないでよかった。OZばんざい、と思いながら店を出た。
 一歩外へ出るなり、繁華街の雑踏と騒音に飲み込まれそうになる。
 とっさに、連れがそばにいるのを確認しようとしたが、その必要はなかった。
 ふらついた身体がぶつかってきたかと思うと、長い腕が理一の肩にどすんと置かれた。力はそれほど強くないが、骨が当たって痛い。
「次、そこの角曲がったとこの店な!」
 そんなに大きな声を出さなくても聞こえる、というくらいの声で、侘助は楽しげにわめいた。
 ダメだ、完全に酔っぱらっている。理一はあきらめ気分で返事をした。
「はいはい、わかったから」
 侘助の腕が首に絡みついてきてよろめきながらも、なんとか歩き出す。二軒目は危ないかもしれない。酔いつぶれて面倒なことになる前に、ホテルへ搬送するべきか。
「あれえ、おまえ背ぇ伸びた?」
「伸びるか今さら」
「じゃあおれが縮んだのか……」
 脈絡のないことをしゃべりながら、侘助は顔を寄せた延長で理一の頬に唇を押しつける。
 ビールとやきとりの匂いがした。
 ここが雑踏の中だと一瞬でも忘れられない理一は、細い身体を乱暴に押しのけ、頬を拳で拭う。
「なんなの、おまえ」
「べつに。セクハラごっこ」
 ひひっと笑って、尻まで触ってくるところが腹立たしい。
「そういうの、オッサンくさいって」
「オッサンだからな」
 たしかに若さの欠片も感じられないがさついた声でそう返してから、なにがおもしろかったのか肩を揺らして声を出さずに笑っている。
 ほんとうに口づけのひとつもしたいなら、なぜさっきの個室で済ませなかった。
 と言いかけたが、理一の唇に触れる場面をわざわざ店員に見せつけたことを思い出し、口をつぐんだ。
 これは欲求でも催促でもない。ただのパフォーマンスだ。
 今、侘助はとても浮かれている。だがその原因である理一に直接それを伝えるのは、彼の性格上叶わないことだった。だから、酔っぱらいのバカ騒ぎということにして、見ず知らずのだれかに自分たちを見せているのだろう。
 それなら仕方がない、と理一はあっさりあきらめた。
 正面切って言うほうも聞くほうも恥ずかしいだけで得をしない言葉を持ち出すより、多少騒がしくても、こっちのほうが気楽でいい。
 抵抗をやめた理一に、再び侘助の腕が絡んでくる。
「なあ理一……」
 応えるつもりはないが拒む理由もない。
 対処が決まった時点で油断しきっていたから、侘助が再び顔を寄せてきたとき、うっかりそちらを向いてしまった。
「ぎゃっ」
「うへっ」
 二人は同時に妙な声を上げてばっと離れ、同時に自分の唇を拭う。
 それから、同時に笑い出した。
 二人だけなら、もっと濃密な行為に発展しても悪くはない展開だ。それなのに、だれに向けているのかわからないパフォーマンスをしている。そんな自分たちがおかしくて、ようやく二人とも酔っぱらっていることを自覚できた。
「次の店、行く?」
「いや、宿直行でいい」
 きっと侘助もバカバカしさに気づいたのだろう。
 雑踏の中で声を張り上げて知らしめなくとも、お決まりの歯が浮くような言葉で気持ちを確かめ合わなくとも、この関係は変わらない。
 二人はまちがいなく「家族」で、久々に会えば気分も上を向く。それだけのことだ。
 理一は侘助の肩に腕を回して、ふっと笑う。
「おまえ……少し太った?」
 年齢的にも生活的にも思い当たる節があるのか、侘助は自分の腹に手をやった。
「まだまだ標準以下だよ」
「まあ、食ってないよりはいいか」
 空腹ではなく、孤独でもなく。
 それだけわかっていれば、あとはなにも心配することはない。
 相手に対する思いやあれこれをすべて飲み込んで、酔っぱらいの中年男二人は肩を組む。
 そして、よろめき笑い合いながら、夜の繁華街を歩いていった。

幻の理侘アンソロ提出作品。
わかんないかもしれないけど(笑)「キスをテーマにした理侘作品(R-15)」でした。


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