侘助/理一
【ゴルゴ】
この歳になってようやく自分の周りを見渡せるようになった、とはとても口には出せないが。前は見えなかったものが見えるようになってきた、とは思う。
「ぁあ……っ」
日に焼けた背中を見下ろし、侘助はいつも軽い嫉妬を覚えていた。
きれいに引き締まっていて骨と筋肉の形がよくわかるその背中には、余計な肉もついていない。
普段はだれにも晒されることのない背中が、今は侘助だけに視姦を許している。汗ばんで色づき、誘うようにくねって、そしてなにより……
「う……ぁん……っ!」
いつもは大して声も上げずに、生意気な笑みさえ浮かべてこちらを見ている理一が、侘助の動きに合わせて信じられないほど簡単に甘い声で啼いていた。
「ぁは……!」
抜けるギリギリまで引いて一気に奥を貫けば、何度でも背中をのけぞらせて矯声を洩らす。
シーツの上を泳ぐ手が、結局なにもつかまえられずに布の襞だけを握りしめた。
普段は決して聞けない声と、足を開かせているときよりもきつい締めつけに促されて、侘助はいつもより早く終わりを迎えてしまう。
「や……ぁああ……っ!!」
悲鳴とともに理一の腰が揺れる。
一度萎えたはずの熱が、引き抜く前に再び硬くなっていく。理一もそれに気づいたのか、肩越しにふり向いて侘助を見上げた。惚けた表情もだが、その目が彼らしくもなく潤んでいる。
「もっかい」と指を立てて懇願してみせると、「……ゴムは替えろ」とかすれ声が返ってきた。
めったに見られない痴態に誘われて年甲斐もなくがんばってしまった侘助は、激しく後悔しながら枕に顔をうずめた。明日は腰が立たないかもしれない。
「……今日はずいぶん元気だったなあ?」
「……………」
長い腕が絡みついてきて抱き寄せられる。もしかしたら今度は理一が上になりたいのだろうかと思ったが、逃れる気力さえ起きない。ぼんやりと宙を見つめながら、引き寄せられるまま理一の胸に頭をあずけた。
汗の匂いがする胸は、まだ鼓動も呼吸も収まっていない。あれだけ喘いで乱れたあとは、さすがの自衛官も涼しい顔とはいかないらしい。
タバコが吸いたい、と思いながら、ふと感じたことを呟いてみる。
「あのさ……バック嫌い?」
理一はわずかに息を止め、何度か深呼吸をしてから、侘助の顔を覗き込んだ。
「それは……性交時における後背位のことを指してるわけ?」
色気のない言い方だと思っていると、さらに色気のない仕草で突き放された。自分だけサイドテーブルに寄ってタバコを手にする理一の腕を、おれにもよこせと力なくぺちぺち叩く。
「あれだけヤっておいて、なんでそう思うのさ?」
侘助にマルボロの箱を放り投げ、理一は乱れた髪をかき上げてから自分のタバコに火をつけた。事後の冷淡な男っぷりがさまになりすぎていて、この状況だけを見ればさっきまでAV女優よろしく喘いでいたのは侘助だと思われるにちがいない。
「……言っていいのか」
「いいよ」
なんとか身体を起こしたはいいが、ライターも取ってくれと言うのが面倒で、理一のタバコから火を分けてもらう。
ようやくニコチンを補充した侘助は、少し落ちついた頭で自分の意見を述べた。
「エロい声が、大きくなる」
「……………」
さすがの理一も黙り込むしかないらしく、天井に向けて煙を吐き出している。
「実家でヤってるときなんか、半泣きで声出すの我慢してんのがすげえエロくてよ、相当男に飢えてんのかと思ったもんな」
「人を欲求不満の団地妻みたいに言うな」
「じゃあおれは米屋か」
つまらない冗談を言いながらも、そのときの光景が思い出される。
四つん這いにさせられた理一は床の上で拳を握りしめ、自分の腕に歯を立てて懸命に声を殺そうとしていた。それでも、侘助が容赦なく腰をぶつけるたび、喉の奥から小さく悲鳴が上がる。
侘助のあごを伝い落ちた汗が、理一の背中で弾けた。びくりと震える背中がひどく艶めかしく見え、侘助は理一の腰を掴んで存分に貪った。行き場のない手が床に爪を立てる様子も、後ろめたい征服欲を満たしてくれた。
「あんときは、そんなにイイのかと思ったんだ」
「……………」
「角度的に慣れてねえから、とか?」
「それもある」
横目で理一の表情を盗み見るが、なにを考えているのかまるでわからない。顔に赤みが差しているのも、まだ熱が引いていないだけかもしれない。
理一は天井を見たまま、大きく煙を吐いた。
「……ただヤられてるだけだとヒマじゃないか。自分で動くにも限界があるし。声出してモチベーション上げるくらいしかできることがないだろ」
強がりなのか本気で言っているのか、悔しいことに完璧なポーカーフェイスからは読み取れない。
「飽きさせないようにするのが男の甲斐性ってもんじゃないの?」
「おれのせいにする気かよ」
理一が差し出してくる灰皿に灰を落として、侘助は毒づいた。
「でも、なんかそういう投げやりな感じしたから、もしかしてと思ってさ……」
うまく言えないが、理一が侘助になにかを求めているように感じていた。潤んだ目で見上げてくる表情も、縋るような嬌声も。今までは気づきもしなかった、というより、気づこうともしなかったことだった。
理一は一本をもみ消し、もう一本に手を伸ばしている。
「たしかにあんまり好きじゃない」
「なんで」
短い吸いさしをくわえたまま尋ねると、やっといつもの微笑みが返ってきた。
「おれの背後に立つな、って感じかな。落ちつかないんだ」
「アレか、自衛隊的な?」
「いや、ゴルゴ的な」
そういえば実家の本棚にあったな、と思い出して脱力する。訓練で培われた防衛本能と言われたほうがまだ納得できたのに。
「ゴルゴはバックから掘られんの嫌いなのか」
「まあ、好きではないと思うよ」
ゴルゴはバックスタイルが嫌い、という憶測でしかない情報が明晰な頭脳にインプットされてしまったことを、理一は知らない。
「おれは好きだけどな、バック」
「掘られるのが?」
「掘るのが」
「ゴルゴを?」
「なんでだよ」
二人は同時にため息と煙を吐き出し、吸い殻を灰皿におしつけた。
「おれだってヤるほうなら歓迎だよ。男はみんなそうだと思うけど」
「そうなのか」
理一以外の男を相手にしたことはないが、少なくとも理一にされるのは他の体位とあまり変わらない。理一以外の男なら……逆にどんな体位だろうと屈辱的だ。
灰皿をどかした理一は再び侘助の肩を抱き、長い腕で背後から抱きすくめた。侘助が体重をかけて、二人はそのまま後ろに倒れる。
「後ろにまわられると、腕のやり場がなくて困る」
「は……」
行為が終わると、すぐに絡みついてくるこの腕。普段ならば侘助を抱きしめ、押さえつけ、執拗な愛撫を仕掛けてくる腕が、空しくシーツの上をさまよう姿を思い出す。
「……枕でも抱いとけ」
そう呟いた侘助は、シーツの上に投げ出された自分の腕を眺めていた。たしかに、この体勢では侘助のほうから理一を抱くことはできない。
「侘助は、騎乗位嫌いだよね?」
耳元で笑みを含んだ声が囁き、侘助は首を反らせて相手の顔を見ようとした。後ろから抱かれると、顔を見るのさえ一苦労だ。
「……知っててヤらせてたのかよ、性格悪ぃな」
「お互いさまってことで」
それはちがう。知っていてやるのと、知らずにやってしまうのとではまったくちがう。明らかに理一のほうが性格が悪い。
にっこりと微笑む理一の唇を受けながら、侘助は次もバックにしてやろうと決めた。
ちょっとラブラブすぎ?
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます