侘助/理一

2009_サマーウォーズ,[R18]

【ヨッパライ】

酒は飲んでも飲まれるな。
だが、いったん飲まれてしまったら、横にいる人間のほうが負けだ。否が応でも酔っぱらいの世話をすることになる。
「ハッピーバースデー侘助おじさーん!!」
陽気に叫ぶ理一に寄りかかられながら、侘助はげんなりしてその長身を支えていた。
「43かあ、キリがよくてめでたいな!」
さっきからこの調子だ。
「どこがだよ、超中途半端だよ」
「43歳のおっさんが超とか言わないの!」
人をおっさん呼ばわりしておいて、子どもを相手にしているかのように髪をぐしゃぐしゃとかきまわす。しかも往来なのにやたらと声が大きい。
「侘助も、今日から大人の仲間入りだな!」
「もううんざりするくらい大人だよ、つーか誕生日は昨日だ!!」
「いいじゃないか、一日くらい誤差の範囲内だ」
「……………」
理一がまちがえたわけではない。昨日は昨日できちんと祝ってもらった。理一に呼び出されてはるばる海を越えて来てみれば、関東にいる親戚の何人かが集まっていて、もちろん親戚予備軍の小磯健二もいて、恥ずかしいくらいまともな「バースディパーティ」をプレゼントされたのだった。
いい歳をしてサプライズに引っかかってしまったのも悔しいし、まんざらでもない自分も照れくさい。
そんなふわふわした気分のまま仕事にもどれない、と帰る予定を一日延ばして理一を捕まえ、口直しの飲みに誘った、のがまちがいだった。
なにかのスイッチが入ってしまったらしい理一は、やたらと陽気になり、そのテンションで侘助に絡んでくるようになったのだ。
さっきも強面の黒人に声をかけ、それとなく誘うようなことを言うから、侘助が必死に取りなして理一を引きずってきたのだった。なんで英語なんかわかるんだ、とエリート自衛官を前に、海外生活十余年の男はため息をつく。
「ったく、他人様に迷惑かけるなってばあちゃんに言われただろ」
「侘助がそれ言うかなー」
くすくすと笑いながら言うのが小憎らしい。半ば当たっているだけに余計に腹が立つ。
「っせえ、今は言う権利がある」
「やだなーこれだからおっさんは説教くさくて」
「二ヶ月しかちがわねえだろうが!」
「おれはまだピチピチの42歳だから」
「42歳がピチピチな世界なんてねえよ!」
侘助はそれほど飲んでもいないはずなのに、だんだん頭が痛くなってきた。飲んでいないと言えば、理一だってそれほどの量に口をつけていたとは思えない。それなのに、このテンションだ。
「うちの業界じゃまだ若手だよ」
「こっちじゃもう社長か役員クラスだよ!」
「じゃあ侘助、社長だ! しゃっちょさーんだ!」
会話だけ聞いていれば、国防のために日夜諜報活動をしている自衛官とはとても思えない。せいぜいが出世できないサラリーマンといったところだろう。
「ああめんどくせえ! いつからそんなめんどくせえ酔い方するようになった!?」
こんなことなら、店などに行かず最初からホテルに行けばよかった、と侘助は後悔する。
二人が向かっているのは、いつもと同じビジネスホテル、ではなかった。どうやら宿泊代も誕生日プレゼントに含まれていたようで、東京湾を一望できるムダに豪華なホテルが予約されていた。
それでもしっかりツインの部屋をとっているところが、理一の抜け目なさといえる。片方が陽気に酔っぱらっていたところで、眉をひそめられることはあっても関係を怪しまれることはない。
だが、ホテルのロビーから部屋に着くまで少しおとなしくなった理一に、侘助は疑いの目を向けていた。TPOをわきまえられる男が、あれほどまでに開放的な酔っぱらいになるのだろうか、と。

ドアが閉まるなり、すぐ脇の壁に押しつけられた。
正確には壁ではなく大きな姿見で、ガラスの冷たさに侘助はすでに醒めかけていた酔いの片鱗まで吹き飛ばされた気分になる。
理一はといえば、よくわからない鼻歌(なんとなく軍歌調の)を歌いながら、後ろから抱きすくめた侘助の首筋に、顔をうずめていた。
侘助は鏡の中の理一と目を合わせる。理一は鏡の中から視線をそらさず、侘助の耳に噛みつこうとしていた。
「てめえ、酔ってねえだろ」
「酔ってるよ」
明瞭な返事。吐く息が酒くさくなければ、まるで信憑性がない。
だが自分の信用など気にしていないらしい男は、侘助の耳朶を舐め上げ、唇でやわやわと食んでは、時折軽く歯を立てている。
「ぁふ……っ、やめろ……」
くすぐったさに身をよじっても、完全に抑え込まれていて逃れられない。
「酔っぱらいだから、なにしてもいいんだ……」
不穏な言葉が囁かれたと思うと、片手がすばやく侘助のベルトを掴んだ。
「こら理一……」
必死に阻止しようとするが、片腕だけでがっちりと捕まえられている上に、耳への愛撫が気になって力が入らなかった。それでなくても、現役の自衛官に力で敵うはずがない。
「やめ……っ」
腕に爪を立てたが、遅かった。
下着の中に潜り込んだ手は、たやすく侘助の中心を捉える。そこに長い指が巻きつくのをどうすることもできなくて、侘助は腹立ちまぎれに拳で鏡を叩いた。
鏡の中の理一は、小憎らしい笑みを浮かべて侘助を眺めている。
「ヘタに抵抗すると危険だよ。折れちゃうかも」
「バカ……ッ」
冗談だとはわかっていても、血の気が引くのは止められない。急所を握り込まれて萎縮してしまうのは本能だ。
「そうそう、おとなしくして自分の顔でも見てなよ」
「……!!」
目の前にあるのが鏡だということに気づかされ、進退窮まった侘助はぎゅっと目をつぶっていた。
「ヘンタイが……」
「ちがう、ヨッパライ」
理一はさっきのやたらリズミカルな鼻歌を再開し、それに合わせて侘助を握った手を動かしはじめる。
「ぅうあ……っ」
痛みを感じるぎりぎりの力加減で扱いては、先端に指をすべらせて濡れていくのをいちいちたしかめている。
どこをどうすれば侘助がどう感じ、どんな反応をするか、その手はすべて心得ていた。
「くっそ……ぁ」
快感自体は歓迎したいが、この状況はどうにも屈辱的だ。
逃げたくても、後ろには理一の身体がある。前はなんのとっかかりもない、つるつるとした鏡面。
行き場のない手を、片方は拳を作って自分の口に当て、もう片方は理一の腕を掴んで爪を立ててやった。せめてもの反撃のつもりだった。
「痛いよ、侘助……」
少し不満げに呟く声が妙に甘ったるくて、目をつぶっていても理一が楽しんでいるのがよくわかる。腹立たしいが、どうすることもできない。
「んぁ、ああ……っ!」
抑えきれない声を殺すのもバカバカしくなって、侘助は自分のシャツの胸ぐらを掴んで喉の奥から悲鳴を絞り出した。
目を開けると、鏡にべったりと白いものがかかっていた。それが垂直面を伝い落ちていくさまを見るのがいやで、顔を上げて目の前の理一を睨みつける。理一の笑顔は変わらなかったが、耳に当たる息は確実に荒くなっていた。
「あーあ、汚しちゃった。掃除の人に怒られるなあ」
「てめ……」
肩で息をつきながら、侘助は背後の理一に寄りかかる。その意外に厚い胸板が侘助の細い背中を受け止めた。
「じゃあ次はおれの番ね」
「は!?」
腿の途中に引っかかっていたボトムが、ひざで乱暴に引きずり下ろされる。文句を言う前にシャツをまくられ、後ろに精液で濡れた指が這わされた。
「おま、バカ、ここで……」
「ベッドまで待たせるのか?」
「なっ……」
ほんの数歩だ。たった数歩先に、ふかふかのダブルベッドが二つ、宿泊客を待っている。なのに理一は侘助に一歩も動くことを許さない。
「くぅっ……」
長い指が容赦なく押し込まれて、侘助は再び鏡を引っかく。鼻が触れそうな位置に惨めな自分の顔が映っているのはとても愉快な気分ではなかった。
「ぁは……っ」
理一の指が中を広げ、奥を探っている。いつもと同じ手順のはずなのに、今日はなにか勝手が違う。これほど一方的に翻弄されることなど、そうそうない。
目をつぶったままの侘助に、理一がそっと囁いた。
「侘助が二人……」
「!」
罵声をぶつけてやろうと思った刹那、内側を擦られる。言葉は単なる喘ぎに変わり、侘助は鏡に縋って手をすべらせた。
「どっちも、エロい」
「ぅるせ……っ」
視界が閉ざされているのは不安だったが、目を開けて情けない自分の姿を見る気にはなれなかった。だから、理一の張りつめた先端が、引き抜かれた指と入れちがいに押し当てられたときには、気持ちの用意ができていなくて思わず息を止めていた。
「ひぁ……あああっ!!」
ひっくり返った声は犯されている女のようで、自分でぎょっとする。口を押さえても息苦しいだけで、結局指のあいだから喘ぎが洩れるのを止められなかった。
押さえつけられた腰に、理一が緩急をつけながら出入りしている。ひざが震えて崩れてしまいそうだったが、抱きしめられているからそれもできない。
侘助は目の前のガラスに縋りついて、自分の鏡像を熱い息で曇らせ、汗と唾液で汚した。
再び首をもたげている自身が、揺れて時折鏡にぶつかる。硬く冷たい感触にびくりと肩を震わせるたび、頭のすぐ後ろからかすかな笑いが聞こえてくるのが気に入らない。
「へえ、バックからヤられてるときって、こんな顔してるんだ」
「てめ、殺す……」
低く呻いても、この状況ではなんの脅しにもならないだろう。現に理一はまだ笑っているようだ。笑いながら、鏡に映った侘助を眺めているにちがいない。そして、突き上げるたびに変わる表情を楽しんでいるのだ。
悔しかった。こんなことで感じている自分が、いちばん悔しかった。
理一の呼吸が速くなる。
「中に、出すよ……」
「勝手にしろ……っ」
久々の感覚に全身を震わせて、侘助はぐったりと鏡にもたれかかる。もう冷たいなどとは言っていられない。
鏡に片頬を押しつけて、やっと目を開けた。横目で背後の男を睨みつけてやると、どこかきまり悪そうな笑みが返ってきた。
「ナマでヤったの久しぶりだから、つい盛り上がっちゃった」
「盛り上がりすぎだろ……もう最悪だおまえ……」
「ごめん」
やたらと素直に謝って、理一は侘助の肩に頬を押しつける。
どうしていいのかわからず、侘助は再び理一の胸に寄りかかって、鏡の中に語りかけた。
「酔ってんのか、酔ったふりなのか、どっちだよ……」
「さあ……」
上気した顔は、酒のせいではない。それだけはわかる。さっきまで気になっていた酒くささも、それ以外の匂いでわからなくなってしまった。
今度は理一が目を閉じ、侘助の肩に頭をあずけたままで呟いた。
「自分でもよくわからなくなったな」
「……そうかよ」
まったく、酔っぱらいは手に負えない、と侘助は怒る気も萎えて、鏡の中の理一を眺めていた。
「あ、そうだ」
理一が目を開けて侘助を見る。
「誕生日におれをプレゼント、ってネタをやろうと思ってたんだけど……」
たしかにネタだ。しかしネタ以外の何物でもない。少なくとも、親戚からのハートフルな贈り物にはほど遠い。
「……どんな嫌がらせだ! クリスマスに履き古した靴下贈るような真似するな!!」
履き古しの靴下かあ、と脳天気に笑っている顔は、やはり酔っぱらいそのものだ。
「今からでもいいよ。ベッドで本番ってのも……」
「もう寝かせてくれ……」
今すぐにでもひざを折って倒れてしまいたかった。
鏡に寄りかかろうとする侘助から身体を離しながら、理一は陽気なテンションのままであっけらかんと忠告する。
「いいけど、シャワー浴びたほうがいいよ。中に出しちゃったから、そのまま寝ると明日の朝たいへんだと思……」
侘助は理一のあごに力ないアッパーカットを食らわせた。不意打ちの攻撃にあごを押さえながらも、理一はまだ笑っている。
「ほんっと最悪な男だよてめえは……」

浴室から出て、憂鬱な気分で鏡の惨状に目を走らせる。
だが意外にも汚れはきれいに拭き取られていた。とはいえ、雑巾代わりにされたシーツは床に丸めて投げ捨ててある。
シーツが剥がされていないほうのベッドを覗き込むと、理一はすでに熟睡していた。布団こそかぶっているが服は着たままで、かろうじて脱いだらしい上着も床の上に放り出されている。
しらふならそんなことはしないだろうが、ほんとうに酔っていたとも思えない。
結局「自分でもわからなくなった」が正解なのだろう。
仕事がたいへんなのか、日々の生活に不安や不満があるのかは、本人が語らないから知りようがないが、演じてでも羽目を外したいという心情はわからなくもない。
もちろん、同情も共感もしてやる義理はないけれど。
「くっそ……ピチピチの42歳め……てめえの誕生日は覚えてやがれ……」
侘助は髪を乾かすのもそこそこに、理一の横にもぐり込んだ。

おっさんはどう酔っても迷惑、という話。
なんとなく二人とも春~初夏くらいの生まれかなと。つまりばあちゃんの誕生日の前に済ませておきたいという事務的な理由ですけど。


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