晴人/ユウゴ
130221_ウィザード2
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売れ残りの鉢植えを提げて、家路を急ぐ。
切り花でも鉢でも生きているものを廃棄するのは胸が痛む。だから花屋の売れ残りはひどく厄介だ。
しかし、なにもない無機質な部屋に植物が増えていくのは、失われたものを取り戻している気がしてうれしかった。
ユウゴは、袋に入った鉢を愛おしげに抱えなおした。
そろそろ寝ようかと時計を見上げたとき、窓を叩く音がした。
ここは二階で、窓の外は少し広めのベランダになっている。ノックが聞こえるなど明らかに不自然なのだが、ユウゴは驚くこともなく、笑顔で窓を開けた。
「また増えたか?」
痩身の青年が、長い脚で鉢植えをまたいで部屋の中に入ってくる。
「倒すなよ?」
彼が何者なのか、ユウゴは知らない。不思議な指輪を介して魔法を使う「指輪の魔法使い」だということしか。いつも唐突にやってくる彼は、端正な顔立ちも相まって、人間ではない別の存在に見えることがあった。
その彼が初めてユウゴの前に現れたのは、この部屋にまだ一鉢の花もなかったころ。長い時間と記憶の空白を抱えたまま、ひとり苦しんでいたときだった。
事情を知っているのだとは思うが、彼は多くを語らない。操真晴人はただ、自分の役目を果たしにここへ来る。
「調子は?」
すぐ間近から顔を覗き込まれ、思わず身を引いた。
「……べつに、なにも」
その返事は半分嘘だった。
今、晴人が現れた瞬間から、ユウゴの身体は騒ぎはじめていた。喜びにはちがいないが、同時に怒りにも似た暴力的な衝動が、身体の奥からこみ上げてくる。全て吐き出して身体の外に出してしまいたくなる、不快な感覚が。
自分の心に怯えてそむけた顔に、晴人が手を添え自分のほうを向かせた。彼のほうは平然としているのに、こちらは息が止まりそうなほど鼓動が速くなる。
「ほら、こっち向け……」
「待っ……」
ユウゴは彼の手を軽く払いのけ、目をそらして明るい声を出してみせた。
「まあ、座れよ。せっかく来たんだから茶ぐらい出すって。……紅茶だったよな?」
「あ、うん……」
少しとまどった返事を合図に、魔法使いの青年から神秘的な雰囲気が薄れ、床に座り込んだときにはもう、友人たちとあまり変わらない印象になっていた。
マグに入ったティーバッグの紅茶に、角砂糖一瓶。どちらも彼のためだけに買ってある。ユウゴ自身はなにも飲まず、彼が角砂糖を紅茶へ入れつづけるのを眺めていた。
晴人はスプーンで紅茶をかき混ぜながら、カップを覗き込んだまま尋ねてきた。
「ちゃんと食ってるか?」
おせっかいにも聞こえるが、この場ではそれほど気楽な問いではなかった。
「まあ……な」
一年以上失踪していたあいだに自分の身体がどうなったのか、未だに理解はしていない。
ただ決定的な欠損として、味覚が失われていた。医者はなにかの心的外傷によるものだとは言っていたが、空腹すら感じないのだ。食事は苦痛でしかなかった。
そしてもうひとつ。
吸い寄せられるように、ユウゴは晴人に手を伸ばす。
どうしてこんなにも、彼に執着してしまうのだろう。欲しくて、いっそ憎くて、めちゃくちゃにしてしまいたくなる。今まで、だれにも……どんな物にも、そんな恐ろしい思いを抱いたことはないのに。
こちらを見た晴人はわずかに眉を寄せ、カップを置いた。
「やっぱり、早く片づけようか」
晴人は伸ばされたユウゴの手を握り、自分のほうへ引き寄せる。よろめいて晴人の胸に倒れ込んだのは、わざとだったかもしれない。長身を支えきれずに倒れた晴人を、床に押しつける格好になった。
それでも晴人は動じることなく、両手を差し伸べてくる。
「来いよ」
その誘いに抗うことなどできない。
薄い肩を掴んで襲いかかるユウゴを、晴人は平然と抱き寄せて唇を重ねた。
「……っ」
舌が触れると、身体の奥からエネルギーのようなものが彼に向けて流れていく。澱んだ感情や忌まわしい衝動も含んだ「魔力」を、全て彼が吸い取ってくれていた。
理屈はわからないが、「ファントム」となったユウゴの体内には使われない魔力がたまっていて、それがあるレベルまで達すると、自分の身体にも害をなすようになるらしい。晴人はそれを察知してここへやってくる。ユウゴを普通の人間に戻すためだけに。
「ん……」
絡む舌が濡れた音を立てている。
手段に過ぎないとはいえ、なにも感じないはずがない。晴人は愛おしい恋人をあやすように、舌先でユウゴを慰める。ユウゴもリードされるままに身を任せ、浄化される心地よさと、接吻に蕩かされる快感に浸っていた。
「ぁは……」
唇を離したときには、それまでの不快感はどこにもない。
「これでしばらくはだいじょうぶだ」
晴人の仕事は終わった。彼はすぐに帰ってしまう。たった今熱烈な口づけを交わしたばかりだが、それだけで身も心も熱くなるなどということは、彼に限ってはないのだろう。
起き上がろうとする晴人を、思いきり抱きしめていた。
晴人はわずかに息を飲んだが、驚きも拒みもしない。両腕を床に投げ出しただけだった。その仕草も、今は妙に冷淡に思える。
「おまえ、俺のなんなんだよ……っ」
返事はない。
以前にも尋ねた。ユウゴがこれほどまでに晴人に強く惹かれるのは、晴人がユウゴに親身になってくれるのは、二人が特別な関係だったからではないかと。晴人はそっけなく否定したが、ユウゴは信じきれないでいた。
「じゃあなんで、俺はこんなにおまえを……」
「好きだったとは限らないぜ」
「!!」
認めたくはなかった。だが彼に対する黒い負の感情は、自分自身がよく知っている。嬲りたい。壊したい。なのに永遠に向き合っていたい。どんな手を使っても。
「わけわかんねえよ……」
昂ぶる気持ちを抑えきれずに、熱い液体がユウゴの頬を伝う。
晴人が欲しい。勝手にたまっていく魔力のせいなどではなくて、ユウゴ自身が晴人を求めていると思いたかった。
「そりゃあ……」
ため息とともに、長い指がユウゴの髪を優しく梳く。
「好かれてるほうがうれしいけどさ……」
顔を覗き込むと、魔法使いは困った顔で笑っていた。ユウゴも泣き顔のまま笑い、今度はこちらから唇を重ねた。
床に晴人のジャケットが脱ぎ捨てられている。
友人から譲り受けた古いベッドが軋む。その不安げな音さえも、暗がりで睦み合う二人の耳にはいかがわしく響いた。
「ぁうっ……」
枕に縋って声を殺す晴人の、顔は見えない。細い背中の上に乗りかかって、ユウゴは後ろから彼の奥を穿つ。
「んん……ぁっ」
無意識に逃げる腰を押さえつけると、晴人は耐えるかのようにシーツを握りしめる。その手に自分の手を重ね、なおも欲を叩きつけた。
華奢な彼を手荒に犯すのはひどく心が痛む。それでもユウゴは、こうする以外に晴人への想いを伝える方法を知らなかった。
「く、ぁあっ!」
熱くて狭い晴人の内側が猛った熱を締めつけ、襞が絡みついてくる。達しそうになるのを必死にこらえ、むりやり押し込んでは晴人に小さな悲鳴を上げさせる。
彼から求めてきたことはないが、拒んだこともない。この行為を楽しんでいる様子はなく、かといって義務感や惰性も感じられなかった。尋ねても教えてくれないだろうが、彼には彼なりの理由があって、自分の意志でユウゴと交わっているようだった。
「うぁ、ん……っ」
晴人が細い首を反らせる。
衝動的にその首元を伝う汗を舐め取って、だが次の瞬間、薄い肩へと噛みついていた。
その肌は生を感じさせないほどになんの味もしなかった。しかしそれは晴人のせいではない。
自らの死を知らないファントムは、切なさにただ涙を流すしかなかった。
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