晴人/ユウゴ

2012_仮面ライダーウィザード,[!],[R18]


死と再生をくり返し、甦るたびに強くなる。
いったい幾度、幾千度、彼は死の苦しみを味わったのか。
死と等しい回数の復活によって圧倒的な力を得た不死鳥は、ついに煉獄を脱し、地上へと戻ってきた。おそらくは宿敵への復讐と再戦を胸に。
だが、億万回の死という壮絶な体験のせいか、過剰な再生で強大になりすぎた魔力のせいか、フェニックスは自分についてなにひとつ覚えていなかった。彼に残っていたのは、自身を生み出した「藤田雄吾」という男の、サバト以前の記憶だけだった。

真夜中の面影堂。
「あんまり使いたくないんだけどなあ」
コートに袖を通した操真晴人はため息混じりに呟きながら、指輪をひとつ取り出す。
『コネクト』
現れた魔方陣をくぐり抜け、自室からここではない他人の部屋へ。
褒められた用途ではないし、魔力の消費も激しい使い方だ。だがバイクで出てはコヨミに気づかれる。面影堂からは遠いこの町をひそかに訪れるための、苦肉の策といってよかった。
暗い部屋の真ん中に出た晴人は、まっすぐベッドに歩み寄る。
寝ている男の顔は平和そのもので、悩みなど全くなさそうだ。頬をゆるめながらも、晴人は目の前の肉体が発する剣呑な気配を感じ取っていた。
「九割ってとこか……」
口元をひきしめ、ベッドサイドにひざまずく。使われないファントムの魔力は、ユウゴの中に蓄積されていた。まだあふれるほどではないが、もう少し経てば晴人も一度では受け止めきれないほどになる。そうなる前に……
のんきな寝顔を真上から覗き込み、小声で呼びかけた。
まぶたがわずかに押し上げられる。
「……来たのか?」
眠そうな声が洩れた唇に、そっと口づけた。息と唇の動きで、彼が微笑んだのがわかった。
差し出される舌を吸い、彼の中の炎をも吸い上げる。
晴人の中でドラゴンが暴れはじめた。かのドラゴンは、未だにこの不死鳥の力を己のものとすることに拒絶を示しているらしい。常に晴人の隙を狙っているドラゴンの抵抗をねじ伏せつつ、同時に他人の魔力を取り込むのは、決して楽ではない。
「ぅん……」
ユウゴの腕が晴人の首を抱え込む。
晴人はわずかに息を継いでから、角度を変えて口づけをつづけた。
触媒の指輪が壊れるほどのエネルギーは、単純に晴人の魔力を増強するという類のものではない。こうして直接受け取っていいものかどうかさえ、実のところ晴人にはわかっていなかった。輪島にもっと魔力の強い石で指輪を作ってもらうか、魔力を食らうことを目的とするビーストのリングに頼るほうが賢明にはちがいない。
だが晴人はだれの力を借りることもなく、この方法を選んだ。
かつてフェニックス自身が晴人にその身で教えた、確実で危険な方法を。
「ん…はっ……」
ユウゴの中から狂暴な火が消えていく。これで当面は、暴走する炎で自分やだれかを傷つける危険はなくなった。
魔力を吸い尽くした晴人が頭を引くと、ユウゴが名残惜しげにその唇を舐めた。
甘えた仕草に晴人はなぜかいつも、敵だったフェニックスを思い出す。
フェニックスは、他のファントムとはあきらかにちがっていた。
晴人と戦うことそのものを心底楽しんでいた。ゲートには興味がないと言いながら、晴人の気を引くためならどんな悪事もためらわない。何度倒しても、晴人と「遊ぶ」ために戻ってくる。なにをしても許されると信じているやんちゃな子供のように。
生前の「藤田雄吾」がどんな性格だったかは知りようがない。だからこの男は晴人にとってだけ「フェニックス」だった。記憶のない彼をそう呼ぶことはできないが。
晴人の優しさを疑わないフェニックス……ユウゴは、晴人の首を抱いたまま照れくさそうに囁いた。
「ホントは会いたかっただけじゃねえのか」
今回は、自身の魔力の蓄積に気づいていなかったらしい。それならそれで余計な苦悩もなくなるのだから問題ない。晴人は曖昧に笑って、指先で彼の口元を拭った。
「そうかもな」
触れた指で、ゆっくりと彼の顔をなぞる。相手の戸惑った表情に気づかないふりをして、頬に、首に、なんの引っかかりもないことをたしかめていく。
「おい……」
制止に入った手を取って、指を握り絡ませる。水仕事で荒れてはいるが、傷はなかった。彼のどこにも、一筋の火傷さえない。そんなことはわかりきっているのだけれど、それでも確かめずにはいられない。
「……っ、なにがしたいんだよ……」
なにというわけではない。ただ不思議だった。灼熱地獄に自ら叩き込んだ相手が、無傷で目の前にいるということが。
だがそれを口に出せるわけもなく、ただ笑みを作ってみせた。
「きれいだなと思ってさ」
「……!」
言葉につまったユウゴが、意味を誤解したのはあきらかだった。だがあえて訂正はせず、晴人はユウゴの手に唇を寄せる。魔法使いというよりは騎士に近い所作で。
「自分のほうがきれいな顔してるくせに……」
ふてくされたような呟きに、晴人は肩をすくめて答える。
「それもそうだな」
「否定しないのかよ!」
ユウゴは噴き出した。快活に笑う彼につられ、晴人も笑い出していた。
「元気そうじゃん」
よかった、と呟いて身を起こそうとすると、胸ぐらを強く引かれて彼の上に倒れる。おかしそうに口元をゆがめたままのユウゴが、それでも目だけは真剣に、こちらを見つめていた。
「なあ……」
潤んだ瞳が訴えている。
「……わかったよ」
晴人は苦笑してコートを脱いだ。
最初から、すぐに帰れるとは思っていない。そのつもりもない。晴人はたしかに、彼に会いたかったのだ。
袖から腕を抜く前に、ユウゴの性急な腕が絡みついてくる。
魔力のやりとりの方法のせいだろう。身体を重ねることもその延長に思え、自然な成りゆきとして二人とも受け入れた。ユウゴの中に残っている「指輪の魔法使い」への執着も一因かもしれない。
晴人にとっては、フェニックスとの戦いのつづきだった。今度はだれも犠牲にしない。二人だけの「遊びの時間」だ。
ユウゴのシャツを剥がすようにまくり上げると、その身体は夜の冷気に震えた。先ほどのつづきでユウゴの肌に掌をすべらせる。胸に肩に腹に、炎の痕跡がないことをたしかめていく。ユウゴはくすぐったさに身をよじり、晴人の腰を抱き寄せた。
「相変わらず細いなあ」
「忙しいんでね」
適当な言葉を返し、彼のスウェットも下着ごと引き剥がす。乱暴さへの抗議のつもりかジーンズの尻を叩かれた。
「なんだよ」
「やっぱ、最初からその気だったんじゃねえか」
ジーンズのバックポケットに手を突っ込んだ彼は、避妊具を取り出してにやついた。晴人は彼の手からそれを奪い、すました顔で開封する。
「魔法使いのたしなみ」
「嘘つけ」
軽口を叩きながら、ときに相手を小突いたりもして、二人はベッドの上でじゃれ合った。かつて命を懸けて戦っていたことなどなかったかのように。事実、それを覚えているのは晴人だけだった。
覚えている者と、忘れている者。殺した者と、殺された者。晴人はその全てを整理も消化もせず、ただ事実として現状とともに受け入れる。フェニックスもユウゴも、同じものとして。
「おい……早くしろ……」
やがて、ユウゴが熱い息とともに降参の意を吐き出した。
見下ろした晴人は思わず喉を鳴らしていた。火照った身体を無防備に晒し、媚すら感じさせる視線を投げかけてくる。記憶はなくても、晴人が欲しいというフェニックスの情熱だけは、彼の中に生きつづけていた。
その誘惑は、超然とした魔法使いをただの若い男に引き戻す。晴人はユウゴの望みどおりに彼を抱き寄せた。
「あぁあ……っ!」
目を閉じて声だけを聞いていると、真紅の不死鳥の姿が浮かんでくる。彼との戦いに悔恨はないはずなのに、奇妙な感慨で胸が苦しくなる。
余計な思考を振り払うため、彼のひざを抱え激しく突き上げた。互いの汗が散るほどに激しく。
「ぅああっ!」
「くぅっ、あっ」
それから二人がほぼ同時に絶頂を迎えるまで、晴人はなにも考えなかった。魔力のことも、ファントムのことも。この相手と快楽を分かつこと以外は、なにも。
「……っ」
余韻に身を震わせながら、二人はただ荒い息をついていた。
ふとユウゴの顔を見下ろすと、頬が濡れている。目は伏せられたままで、まだ余韻から戻っていないのだろう。
「痛かったか?」
口は悪くても自分の感情に素直な彼は、ときに自覚のないまま涙を見せることがあった。最初は驚いたものの、直情的なフェニックスの性質を思えば不思議ではない。そして、泣いている相手に優しくするのは当然のことだ。
だから晴人は、ユウゴの頬を指で拭い、頭を撫でることをためらわなかった。だがユウゴは親切な手を払って目をこすると、晴人を抱き寄せた。
なめらかな頬に無精ひげをこすりつけ、彼は涙声で囁く。
「今日は、朝までいろよ……」
「……………」
晴人はなにも答えず、彼を強く抱き返した。

再びベッドサイドに立ち、彼を見下ろす。
ユウゴは枕に頬をうずめて眠りについていた。朝まで起きないはずだ。魔法で強制的に眠らせたから。
聞こえないのを承知で、こっそり彼の名を呼んでみる。
「……ユウゴ」
どうしても違和感は拭えない。
晴人は藤田雄吾という人間を知らないのだから当然だった。
藤田雄吾の容姿と記憶を持つフェニックスを、本人を含めてだれ一人疑う者はない。実際には、その人間はずっと前に死んでいる。肉体も精神も。この身体はただの擬態だ。彼は自分を藤田雄吾だと思い込んでいる、哀れなファントムでしかない。
ゲートのこともファントムのことも、説明はした。だが、彼が不死身のフェニックスであることだけは言えなかった。フェニックスの記憶は、今のユウゴを絶望に追いやるほど苦しめるだろうから。
フェニックスでも藤田雄吾でもないユウゴという悲劇は、晴人がその命を終わらせてやれなかったせいなのかもしれない。
でも、と晴人は思う。
今は人として生きている。コヨミと同じく、晴人の力で。
生きている、人を生かすことができる、それ以上の希望はない。身勝手だと言われても、それだけが晴人の信念だった。
ベッドに背を向け、晴人は呟く。
「おまえも、おれの希望なんだよ」
部屋の中央で魔方陣が消えた直後、ベッドから切なげな吐息が洩れたのを聞いた者はいなかった。

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