【SS】神永と加賀美(シンウル)【R18】


「きみは『彼』の恋人なのか?」

神永の顔をした男は、まっすぐな目で尋ねてきた。
「……そう判断した根拠は?」
一瞬の逡巡を気づかれただろうか。いや、相手は人間の感情を理解できない外星人だ。加賀美は汗ばんだ手でハンドルを握りなおす。
目的地のないドライブは、想定よりも長くなりそうだった。
前に会ったときとは別人のよう、というほど普段から互いに表情を見せ合ってはいない。しかし自分の知る神永新二はすでに存在せず、彼の知識と能力だけは得たらしいこのエイリアンと話を進めなければならないことは先ほど承知した。
「記憶している連絡先の中で最も頻繁に利用していた番号はきみのものだった」
言い淀むこともなく男は答える。彼は神永と同様に、公衆電話からコンタクトをとってきた。その意味を理解した上での行動だと思っていたが……。
「当然だ、外星人絡みの調査が増えているからな」
禍特対に出向後、表向きは自由に動けなくなった神永から、頻繁に依頼を受けていたのは事実だ。しかし互いの自宅すら知らない。あえて踏み込まないのも任務の秘匿と保身のためだった。そんな初歩から解説が必要となると、取引に値する相手なのか怪しくなる。
「加えて」
助手席の男はいたって冷静な声で続けた。
「継続して性交渉を持っている相手は、この星では特別な間柄と理解している」
「……何事も例外はある」
黄信号で停まる。少しも急いではいないし、僅かにも法令違反で交通課などと関わり合いになる危険は避けたい。隣に座っている男と穏便に会話しなければいけないように。
「俺たちは例外中の例外だ。貴様が知る必要はない」
それでも、つい言葉が刺々しくなるのはどうしようもなかった。
公安の優秀な人員を……長年の同僚を死なせた外星人になど、親切に説明してやるものか。当事者にさえ適した名前をつけられていない繋がりを。
「例外か……」
男は考え込むようにビル群の向こうへ目を向けたが、加賀美としてはこれ以上この話を広げたくなかた。そんな時間もない。
「無駄話はここまでだ。取引があると言ったな」
「そうだ。地球に潜伏している外星人の情報を渡す。代わりに……」
神永の頭脳をトレスした理知的な外星人との面談は、こちらのわだかまりを無視すればスムーズに運んだ。妙な詮索はなんだったのかと思うほどに、相手は現状と未来を的確に把握していた。
「次はこちらから連絡する。ただし非常時にはその限りではない」
「了承した」
車から降りるとき、男はまたしてもこちらをまっすぐに見据えて告げた。
「きみに対する『彼』の信頼を、信じている」
「……………」
加賀美はバックミラーで立ち去る背中を眺める。すぐ植え込みの陰に入って見えなくなったが、しばらくその場から発進できなかった。
助手席を見やり、実感のない彼の死を思う。
顔も声も歩き方も、神永そのものだった。それでも、向けられた目は加賀美を知らない無感情な生物のそれで、もう神永ではないのだと思い知らされた。
「くそ……っ」
拳をハンドルに叩きつけ、そして大きく深呼吸する。
彼の正体が世界に知れ渡るのも時間の問題……暗躍する外星人や他国の先手を打たなければ。
嘆く暇も悼む隙も、自分にはない。

 *

郊外にある古びたマンション。
公安が所有する隠れ家のひとつを、加賀美は訪ねた。
家具家電つきといえば聞こえはいいが、全てが一世代前の型で世の中から置き去りにされた空気が色濃い。新しく持ち込まれたらしい空気清浄機の白さが、壁もエアコンも黄ばんだ部屋の中で浮いて見えた。
その部屋の住人は、くすんだ色のスウェットを着てローテーブルの前に座り込んでいる。
「……本物か?」
立ち尽くしたまま距離をとって問う加賀美を、神永は薄く笑って見上げた。
「検査結果は入手済みなんだろう?」
「ああ。文句のつけようがないほど完全な地球人、だったか」
彼と融合していた外星人の痕跡は、どれほど執拗に調べても残っていなかったらしい。多少の外傷以外は健康状態も問題なし。
すでに死亡扱いになっている神永新二の処遇を巡り、禍特対は事後対応に追われている。忙しい彼らに代わって彼の保護・療養・監視のため、古巣の公安部が一時的に身柄を引き取った。彼の居場所を知るのは警察庁でも限られた者のみだ。
「頼まれた買い物だ」
コンビニの袋を彼の横に置き、テーブルを挟んでおそるおそる座った。スーツ姿でない部屋着の彼と向き合うのは初めてかもしれない。
「俺が『死んでいた』あいだ、世話になったな」
電気ポットから注いだ茶を勧められる。家族も客も想定していないのに、茶托つきの湯呑み茶碗は棚に収められている、そういう空間だった。
「覚えてるのか」
「完全にじゃないが……『彼』が俺としてどう行動したかくらいは」
彼が融合していたころの記憶はあるが、外星人たる彼の知識などは残っていないのだという。
「あいつも……おまえの行動は再現できても、思考や感情は全く理解していなかった」
正面から個人的な関係を問われたことを思い起こす。あれから再び神永に体を明け渡すまで、彼に感情の一端でも知る機会はあっただろうか。
「高度な技術力をもつ外星人でも、一人の肉体を二人で共有することはできないんだな」
他人事のように呟いて、神永は茶をすすった。
「もう、こっち側には戻れないぞ」
「わかってるさ。地球上で最も顔が知れた男だからな」
禍特対への転籍ではなく出向だったのは、いずれ警察庁へ戻ってくることを前提としていたからだ。しかしそれも「ウルトラマンの男」として世界中に知れ渡った今では叶わない。「死亡」した時点で除籍され、彼が帰る場所はすでになかった。
「おそらく、復帰後は禍特対の表看板になるだろう。もうウルトラマンになれるわけでもなし、向いているとも思えないが、広い意味で国のためだと思うことにするよ」
「同情する」
「ありがとう」
苦笑してみせた神永は、コンビニのレジ袋を横目に見ながら湯呑みを置いた。
「これが最後になるか」
「どうだろうな」
監視の目をくぐってまで彼の呼び出しに応じたのは、新鮮味のない検査結果を本人から聞くためではない。
「今の自分が人間かどうかをいちばん疑ってるのは俺だ。だから……確かめてほしい」
かすかに揺れる声も、逸らしがちな瞳も、読み取りづらいだけでまちがいなく感情がある。一度は死んだと思った神永新二が目の前で生きている。
「……ああ」
自分が血の通った人間かどうかを確かめたい。
それは、まだ若く正義感の強かった二人が、あまりにも非情な任務に押し殺されそうになった日、互いを求めた理由ではなかったか。

昼間から遮光カーテンを閉め切った室内で、買ってきたコンドームの箱と加賀美のネクタイが床に落ちている。
「うぁっ……」
狭いベッドに押さえつけられた加賀美は、苦しまぎれに相手の首へと縋りついた。
神永の体は重い。
長身で筋肉も厚く、腕力で敵う自信はない。どちらが上と決めているわけではないが、体格のせいか神永が主導権を取ることが多い。下手に足掻いたところで、長い手脚が加賀美を完全に抱え込んでしまう。若いころは男として嫉妬もあったが、遠い昔の話だ。今はその体を、単純に頼もしいと感じている。
ただ、乗られると重い。
その体躯にふさわしい質量の猛りを受け入れ、硬い腹で前を擦り上げられている最中はとくに。
「減量中か?」
神永の軽口に、重く感じるのは自分の変化もあるのかと考えた。だが好きで痩せたわけではない。
「だれのせいで、仕事が増えたと……っ」
「すまない」
加賀美の両肩にはホルスターが装着されたままで、ボタンは外されているがシャツを脱いではいない。肩に掛かったバンドの下に広い手を差し入れ、神永は加賀美の肩を包み込むように掴む。そうされると確かに薄い肩だと自覚せざるをえなかった。
「痩せたぶん、緩くなってる」
「あとで……調整する」
その気になれば、どちらかが銃を抜いて相手の命を奪うことなど容易い状況だった。すでに同僚でもなく、利害関係すら曖昧だというのに。体のあいだに銃を置いて怯みさえしない繋がりを、なんと名づければよいのか。
「今は、いいだろ……」
頑丈な腰を抱き寄せれば、応えるように最奥を抉られて息が止まった。そんな加賀美を見下ろして楽しげに唇を舐める顔が腹立たしい。
「欲しがるじゃないか」
神永のほうは最初にさっさとスウェットを脱ぎ捨てていて、逞しい肉体を遠慮なく預けてくる。全身から伝わる鼓動が、あれほど飲み込むのに苦労した彼の死をあっさり否定していた。
肌へ押しつけられる肉厚の唇に、後頭部の髪を逆立てるように撫でる手つきに、シャツの下の背骨をなぞり下ろしていく太い指に、彼本人が帰ってきたことを理屈でなく実感する。行為の最中にしか見せない癖を、ひとつずつ数え上げている自分を意外に思う。
「はぁ……っ」
神永が荒い息をつきながら、シャツの襟元に鼻先を突っ込んできた。
「匂いが、しない」
顔を上げずに呟く声が、どこかうれしそうなことに戸惑う。
もう若くもないから多少の消臭は印象を残さない手段として必須としている。神永もそうだったはずだ。彼はもともと強い匂いや香りは苦手だとよく言っていた。今さら確認することでもない。
「どうした……」
神永の首筋に顔を押しつけてみたが、シェービングクリームの香りしかしなかった。軟禁生活でも毎朝きちんとひげは剃る、潔癖の彼らしい。
「いや、なんでも」
ごまかすように再び揺すり上げられる。声を噛み殺す隙もなく、加賀美は上ずった喘ぎを洩らしながら達した。
滲む視界で、彼の肩越しに腕時計を見やる。まだ時間はありそうだ。
腹の中ではまだ凶悪に固くて熱い神永の欲望が脈打っている。これがそう簡単には満足しないことはよく知っていた。
「ぁい、かわらず……っ」
気まずさも手伝ってついこぼれた悪態を、相手は聞き逃さない。
「相変わらず?」
耳元で響く甘い声は、答えを知っていて促してくる。悔しまぎれに整髪料のついていない髪をかき回してやった。
「しつこいやつだ……」
ため息混じりに呻く加賀美の顔を覗き込み、神永は薄く笑う。
「変わってないなら、よかった」
あの外星人が一度も見せなかった、彼だけの意地悪な笑みだった。

 *

コナン映画観たので公安はなんでもありだと思いがちです。