【SS】田村と宗像(シンウル)
◆狐火(きつねび)「横目で」「暗闇」「曖昧に微笑む」
浴衣で夏祭りを楽しむだけの健全な二人です。
*
提灯の灯りがちらちらと視界の端にちらついて、少し酔いそうになった。
そんな郊外の祭りで、思わぬ人物と会う。
「宗像……さん」
ここで役職を口にするのも穏便ではないだろうと、とっさに呼称を変えた。
「田村くんじゃないか、奇遇だな。浴衣も似合ってるよ」
「宗像さんこそ、渋いですね。私はまだそこまでの着こなしは」
上司と部下が互いの浴衣姿を褒め合うという異常なシチュエーションに、手を繋いでいる娘は全く興味を示さなかったらしい。それよりも射的の派手な音に気を取られたようだ。
「パパ、一等のゲーム機ほしい!」
「ごめん、パパはああいうの苦手なんだ。ママとやっておいで」
娘のもう片手を握っていた妻が苦笑し、娘を射的の屋台へ連れていく。
それを横目に見ながら、宗像は噴き出しそうな顔になっていた。
「いいのか。きみなら一等もあっさり落とせるだろう」
「フェアじゃありませんから」
このご時世に銃の携行を日常的に許されている人間が、祭りの射的ごとき外すはずがない。二人とも承知の上だ。
「そちらも、ご家族とご一緒ですか」
曖昧に微笑む宗像は、眼鏡を押し上げた。
「うちは全員個人主義でね……9時に駐車場集合、俺だけノンアルコールだ」
「なるほど、合理的だ。参考になります」
「父親なんて単なる運転手だからな。祭りの最中はいないほうがいい」
「ですね……ソフトドリンクでも買いにいきましょうか」
「そうだな、せっかくだから懐かしのラムネでも……」
笑い合った二人の頭上で、光の花が散った。周囲から歓声が上がる。
「花火が始まる時間か……」
腕時計を見下ろした田村は、その先にふと目をやった。
「きみもよくよく運がないな。家族サービスで来て上司と花火鑑賞とは」
「いえ……それよりも」
ひとりの男が正面から肩をいからせて歩いてくる。落ちつきのないそぶりに泳ぐ視線、それから先ほど目撃した……。
「待て」
田村がそう言った瞬間には、男の腕は軽く捻り上げられていた。手が出た拍子に上着から財布が複数落ちる。
「スリか」
「ええ、常習のようです」
答えながら田村は男にろくな抵抗もさせず地面に倒し、膝で押しつける。そのあいだに周囲を見渡した宗像は、警備の腕章を見つけて呼びつけた。スリを現行犯で取り押さえたことを説明する。
無線で呼ばれた警官がやってきて、二人の身分を尋ねると敬礼し、犯人を引きずっていった。しかしすっかり周囲の視線を集めてしまった二人は、浴衣の裾や襟を直してそそくさとその場を退散することになる。
「おつかれ」
小さな稲荷社の裏、初心どおりラムネで乾杯した二人は、咲き誇り流れ落ちる花火を見上げた。
「こんな人混みじゃあ、何をしていても気づかれないからな」
「しかも皆、目線は上ですからね」
提灯のちらつきもここまでは届かない。
「ああ、手元でなにをしていても見咎められない」
「たとえば……こんな」
浴衣の袖に隠れて組み合った指のあいだ、指輪がぶつかって暗闇の中でかちりと音を立てた。
*
初見で「うわ~室長と班長ってジャンルで3番目くらいに人気ある組み合わせだよねヤバくない?」と思って以来、毎日タグを探しているのですがなぜか見つかりません。痛みを知るただ一人ではありたくないです。