【SS】ビルド「イースター」

エイプリルフールに使ったイースター話の全文です。


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 朝食をとろうとシンクの前に立つと、妙なものが置いてあった。
 バスケットの中に、カラフルな丸い塊がひとつ入っている。
「卵?」
 でないのは、手に取るまでもなくわかる。形だけは卵に見えるそれの包み紙を剥がしてみた。
「……まあ、予想はしてたけど」
 卵形のチョコレートをかじりながら呟く。問題は、なぜそんなものがこんなところに置いてあるかだ。
 背後のベッドで、美空が目を覚ました気配があった。あくびをしたり不機嫌なうなり声を上げたりしたあとで、やっと起き上がったらしい彼女は眠そうな声で話しかけてきた。
「戦兎……背中になんかついてる」
「なにかって?」
「んー、張り紙みたいな……」
 起き抜けの美空はあてにならない。戦兎は身をよじって、背中にくっついていたカードのようなものをなんとか剥がす。机に突っ伏して寝ているあいだに貼られたらしい。
 それは写真だった。
 目の前にあるのと同じバスケットに、さまざまな模様の卵が十個以上つまっている。そのうちの一個は、戦兎がさっき開いた包み紙と同じ柄だった。
 ベッドから出た美空が、横から覗き込んでくる。
「イースターエッグでしょ」
「知ってるよそれくらい」
 戦兎はチョコの残りを口の中に放り込んだ。
「探せってことじゃない?」
「だな」
 二人は犯人の顔を思い浮かべた。朝からバイトでいないが、出勤前に仕込んでいったのだろう。
「暇すぎるだろ」
「まあまあ、こっちも忙しいわけじゃないし」
 美空は戦兎の手から写真を奪い、すでに部屋の中を見回している。戦兎はかまわずコーヒーメーカーをセットしたが、冷蔵庫を開けた美空がさっそく「あった!」と叫んだ。
「この感じなら、あたし一人で全部見つけちゃいそう」
 ちらりと挑発的な視線を向けられ、戦兎も思わずあたりを見渡した。きっと簡単な場所ばかりではないはず。彼は背が高いから、隠すなら自分たちの目線が届かない高さに必ずある……。
 それから、二人は競ってイースターエッグを探した。
 戦兎が睨んだとおり、ラボの黒板の上に提げてあったり、カフェの吊り戸棚の中に置いてあったり。美空はベッドの下や浄化装置の中からも見つけてきて、二人はそのたびに歓声を上げた。
 工具箱の中、計算用紙の下、店のディスプレイのあいだ。棚のコーヒーカップを一つずつ確かめてみたら、いちばん高い位置のカップに花柄の卵が入っていた。
「これで全部ね!」
 バスケットに入っていた卵は十二個。ゲーム終了の達成感で盛り上がっていた二人は、勢いで二、三個食べたがすぐに飽きた。
「イースターって、こんなんでいいの? ていうか、イースターってなに?」
 美空がホットミルクで口直ししながら首をかしげる。
「キリスト教のお祭、イエス・キリストの復活を祝う日だよ」
 知ったような口調で返してはみたが、戦兎も詳しいわけではないから会話はそれ以上つづかない。
 軽い夕食をとってから、美空はまたすぐ眠ってしまった。戦兎は食べかけのイースターエッグを眺めながら、半日ほどを費やしたゲームについて考えていた。
 夜遅く、石動が帰ってくる。地下のラボではなくまっすぐ自室へ向かうのはわかっていたから、彼の部屋で待つことにした。
「おかえり、マスター」
 自分のベッドの上に戦兎がいるのを見た彼は驚いた顔で「ただいま」と答えたが、すぐにやりと笑ってサングラスを押し上げた。
「イースターエッグは全部見つけたか?」
「もちろん」
 戦兎も似たような笑みを返し、枕の下に手を突っ込んだ。そこには、バスケットの中の柄のどれとも違う、ウサギの絵が描いてある卵があった。
「これで全部」
 卵といっしょに、石動が残していった写真を掲げてみせる。
「イースターエッグは全部で十三個……だろ?」
 バスケットの外、写真の隅に見切れて写っていたそれに、宝探しの途中で気づいたものの、美空には黙っていた。地下室や店からは出てこないだろうと思っていたから。
 石動は軽く口笛を鳴らして手を打った。
「お見事」
「景品とかもらえる?」
「エッグハントはゲームだ。ゲームを楽しむのが目的なんだよ」
「ふーん」
 少し釈然としない思いで、卵のウサギを眺める。十三個目を見つけたときはうれしかったが、ゲームが終わってしまったということでもあった。あっけないというか、もの足りないというか……。
「だいたいさぁ、十三ってなんか縁起悪くない?」
 脈絡のない戦兎の言葉に、石動は笑いながらベッドの端に腰かけた。
「おまえ……十三がどうして不吉な数字か知ってるのか?」
 語呂合わせなどの日本的な由来ではなかった気がするが、あいにく記憶の中にその知識はなかった。
「えっと、十三日の金曜日的な?」
 戦兎の適当な連想に、石動は噴き出す。楽しそうな声につられ戦兎も笑ってしまって、だから彼が低く呟いた言葉がよく聞こえなかった。
「まあいい、裏切られても結局復活するんだ」
 聞き返そうとしたが、手から奪われた卵のほうへ意識が向かう。
「卵とウサギは誕生と繁栄の象徴、ってな。お祝いの日、楽しく過ごせりゃいいじゃないか」
 わざとらしく卵のウサギに口づけてみせる姿がいつもながら、さまになりすぎていて悔しい。
 起き上がった戦兎は、広い肩に抱きついてその顔を覗き込んだ。
「あんたが見つけたウサギは、そっちじゃないだろ?」
 彼は片眉を上げ、それから苦笑して帽子を取る。
「……そうだったな」
「忘れるなよ」
 そのこめかみに、戦兎は彼に負けないようわざとらしく口づけてみせた。