【SS】ビルド「愛と平和」
30話視聴後のテンションで書いたはいいものの、ブログのパスワード忘れたんで一時的にピクブラに出してたやつ。
戦兎くんから万丈にも渡ったラブ&ピースは、葛城巧由来ではなさそうだなと。
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鏡の中の自分と向き合う。
ひどい顔だ。自分の顔とも思いたくないが、まぎれもなく石動惣一の顔だった。もう十年も、自分の顔をした敵をこうしてただ鏡越しに見つめているしかない。無力な男の顔なのだ。
階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。それほど間を置かず、部屋のドアが開く。勢いよくではなく、ゆっくりと。様子をうかがうように。
「あれ、マスターまだ起きてたの」
戦兎が拍子抜けしたような声で言うのに合わせ、サングラスをかけなおしながら振り向く。
「ノックぐらいしろって」
「それじゃ意味ねえし……」
もそもそ呟いた戦兎は、後ろ手にドアを閉めて遠慮なくこちらに歩み寄ってくる。広くない寝室で相手を避けることはできないが、そ知らぬふりで帽子を脱いで、コート掛けに掛けようとした。少なくとも顔を背けることはできる。
「で、ご用件は?」
問いを投げかけるそばから、背後から細い腕が腰に巻きついてきた。
「夜這い〜」
くすくす笑いながら抱きつく戦兎に、羞恥も悪気もない。
「おまえね……」
腕を後ろにまわし、相手のわき腹をくすぐる。不意を突かれた戦兎は「ふひゃっ」と妙な声を上げ、笑いながら離れた。
「そういうことは口に出さないで、こっそりやりなさいよ」
彼に「大人の遊び」を教えたのは自分ということになっているから、今さらたしなめるのも不自然だ。冗談めいた返しが精いっぱいだった。
「こっそりやろうとしたら、マスターが起きてたんじゃん」
口をとがらせた戦兎に向き直ると、それを待っていたかのように正面から抱きついてくる。
「だから堂々といきます!」
毅然とした宣言のわりには、目を閉じて石動の口づけを待っているのが戦兎らしいといえばらしい。苦笑してやわらかな前髪をかきあげ、ひたいに軽く口づけを落とす。当然ながら、彼は不満げな顔でまぶたを持ち上げた。
すべてリセットされた哀れな青年に、悪意半分好奇心半分でいろいろと教え込んだあの男の存在を知るのは、石動だけだ。桐生戦兎という空っぽの器は注ぎ込まれた知識をたやすく取り込むが、その貪欲さは危うさと紙一重でもあった。
なだめるつもりで、こちらを睨みつける顔にそっと触れる。頬をさすり、親指で唇をなぞり、彼の表情が和らぐまで。
不可抗力に近いとはいえ、罪悪感は常に消えない。あの男に気づかれない瀬戸際で、幾重にも予防線を張り、牽制を試みる。若者が快楽に溺れ、悪に操られないように。
「俺が言うのもなんだけど、ホントにオッサン相手で文句ないわけ?」
「なにそれ」
だが戦兎がその線を軽やかに飛び越えてしまうのだ。彼は抱きつく腕に力を込め、上目遣いに問い返してくる。
「マスターは? やっぱオンナノコがいいわけ?」
聞いておきながら、その表情にはなんの不安もない。彼にあるのは絶対的な自信だけ。自分は目の前の男から無償の愛を受けていると確信し、わずかな疑問も抱いていない。
「そりゃおまえ……」
石動があの男と戦兎のあいだに干渉すればするほど、彼は「マスター」に溺れていく。それがあの男の思うツボだとわかってはいても、石動は足掻きつづけるしかない。止められないのならばせめて、若者が進む道筋を破滅から逸らしてやらなければ。
戦兎の頭を抱き寄せ、耳元に囁く。
「決まってんだろ。おまえは俺のすべてだからな」
もちろん、戦兎は噴き出した。
「……キザすぎ。そんなんで口説かれるやついねーっつの」
このふざけたやりとりも、すっかり日常になった。それでも戦兎は愛想を尽かして寝室を出ていったりはしない。
「仕方ねえから、俺が口説かれてやるよ」
自分が来たくて来たものだから、帰るという頭はないのだろう。それならばと石動も、彼の耳に唇で触れながら、熱い息と台詞を送り込む。
「おまえのためなら、なんでもしてやる……なにがあっても守ってやるから」
「……俺のほうが強いんですけど」
「ま、そうだな」
愉快そうに口を挟む彼はまだ知らない。自分が石動に……皮肉にも戦兎を利用しようとするあの男に守られて生きていることを。
「戦兎」
あの男が、快楽と背徳を教え込もうとするならば。
「俺が、愛を教えてやるよ」
戦兎はくすぐったそうに笑って、石動の肩に顔をうずめた。
「そういうこと真顔で言えちゃう?」
あいにくと空虚な言葉を吐いている余裕はない、あの男と違って。本気の思いを、彼の中へ楔を打ち込むように注いでいく。それしか今の自分にできることはないから。
「平和のために戦う人間には、愛が必要だ」
「ラブ&ピースかよ」
戦兎は「悪くない」と囁いて、石動の背に長い指を食い込ませた。
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書くまでもないネタかもしれませんが、抑えきれず書いてしまいました。