【ワンライ】ディケイド

士とショウイチ
855字
ふたりへのお題ったー
指先からすり抜けていく/(これって聞いてもいいのかな)/ひだまりにわらう


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一人には大きいその屋敷と庭も、一時期よりはかなりまともな見てくれになってきた。
春ともなれば、どこから種が飛んできたのか小さな花もそこかしこに咲きはじめる。夏の雑草を払う苦労を思うと少しばかり大義だが、今は緑を帯びはじめた庭を眺めているだけで楽しい気分になる。
家庭菜園というほどではなくても、野菜くらいはまた育ててみてもいいかもしれない……
「トマトがいいな」
郵便受けの向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。
「士」
久しぶりだな、などとは言わない。彼と自分の時間が同じに流れているかはわからないから。
現に、こんな天気のいいうららかな日和だというのに黒いコートなど着ている。
「トマトか……悪くない」
笑って答えるショウイチの横へやってきた士は、明るい庭をぐるりと見まわした。
「なんだ、なにも植えてないのか。せっかく春なのに、チューリップくらい咲かせておけ」
「そういう注文は、もっと早く言ってほしいなあ」
相変わらずのひねくれた言葉と、その説得力を打ち消す、どこかうれしそうな顔。変わらないな、とこちらも笑みを向けたが、彼から血の臭いがすることに気づいてぎょっとした。よく見れば、重そうなコートはなにも滴らないのが不思議なほどに赤黒く濡れている。
「士……」
声をかけてから言いよどむ。
聞いてもいいものだろうか。
もはや彼の戦いには介入できない自分が。
「じゃあ、次は収穫の時期に来よう。あんたの手料理もいっしょに楽しめて、一石二鳥だ」
士の声も表情も、心からくつろいでいた。傷だらけのブーツも、泥のこびりついた髪も、ポケットからはみ出すよれたカードも、全く意識していないかのように。
その手にこびりついている乾いた血は、自身のものかそれとも……
「おい……」
耐えきれなくなって、その手を掴もうとする。
「邪魔したな……」
たしかに握ったと思った手の位置に、士は存在していなかった。
ただ朗らかな笑い声だけを残して、彼はショウイチの指先からすり抜けていく。
「待て、士……っ」
あたたかな春の日差しの中。
ショウイチは一人、土の上にひざをついていた。
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(これって聞いてもいいのかな)ショウイチって誰よとか思われてない?

特撮【SS】

Posted by nickel