【ワンライ】相棒
速水と草壁・神戸と大河内
1591字(1100字) ※昔の書きかけに加筆
お題ひねり出してみた
『嘘つきの本音』
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職場からさほど離れていないオープンカフェで、神戸は遅い昼食を取っていた。
煙草の匂いが染みついたスーツも首を締め上げるネクタイも気に入らないが、まだ勤務時間内だ。警視庁にいたころは楽だった、としみじみため息をつく。ラフな服装で重役出勤、放任主義の上司に複雑怪奇な事件……
「神戸さん」
不意に呼びかけられ顔を上げると、長身の男が立っていた。
髪を短く刈り込み、ひげもない。記憶の中の彼とはずいぶん印象がちがう。
「お久しぶりです」
男はもそりと言いながら頭を下げた。
「ああ……元気だった? 速水智也くん」
フルネームで呼ぶと、彼は目を見開いた。覚えているとは思わなかった、といった表情だ。
「一度でも顔を合わせた人間は忘れないんだ」
速水は厚い肩をわずかにすくめる。
「嘘ですね?」
「あっは、バレた? ほんとはね、保護司から連絡があったんだよ。きみがおれに会いたがってるって」
種明かしを聞いた彼は、安心したように答える。
「だと思いました」
時計を見た。もうすぐ戻らなければならないが、気が重い。
「座って。おごるよ」
速水に向かいの席を勧め、ウエイターを呼ぶ。そのあいだに自分は部署へ電話し、事件の関係者と面会するからと告げた。これでしばらくはあの男から離れていられる。
コーヒーだけを頼んだ男を、しげしげと眺めた。
事件の記憶は完全に頭に入っているが、保護司から連絡を受けたときにもう一度全ての資料に目を通した。調書も裁判記録も、現在の状況も。
「模範囚だってね」
テーブルに頬杖をついてそう語りかけたが、彼はとくに表情を変えなかった。
「態度がいいくらいで償えるとは思ってませんけど」
もともとまじめな性格なのだろう。世が世なら……環境さえ整っていたら、きっと頭角を現したはずだ。
「ずっと訊きたかったんだけど……」
カップを口に運びながら、彼を観察する。
「きみにとって、草壁章浩ってどういう存在だった?」
自分が殺した男の名を出され、速水の瞳が揺らいだ、ように見えた。
神戸はその現場を目撃していた。死体の処理まで。そこまで見届けてなお、彼の言葉を信じてはいなかった。
速水はしばらく神戸を窺うように見つめていたが、やがてふっと息を吐き出す。
「大事な人……のふりをしてました」
それは知っている。計画のために、草壁に自分を信用させるために。だが……
「ほんとは?」
神戸が気づいていることに、速水も気づいているのだろう。
彼の目線が空へ向いた。
「おれといっしょに生きてくれたかもしれない人……」
快晴の空。
高層ビルに囲まれて狭く切り取られてはいるけれど、空の色は彼が罪を犯す前と変わらず美しい。
「……いきがって、計画のためにあの人を犠牲にすることが俺の正義だと思い込んでた。あの人といっしょに生きていく努力をしなかったことが、俺の罪です」
予想はしていた。だが、きっと彼自身がそれを認められなかったのだろう。
「それ、保護司に言った?」
「言ってどうなります?」
問いに問いで返した速水は、コーヒーをすすって笑った。なにもかもあきらめた、あのときと同じ笑いだった。
「どうして、おれに?」
保護司にも言っていないことを……そう尋ねると、彼は微笑んでカップを置く。
「だってあんた、嘘つきでしょ?」
どこか挑発的な、くだけた口調。まちがいなく速水智也だ、と神戸はなぜか初めて懐かしさを覚えた。
と同時に、急におかしくなって噴き出した。
「お互い、相手のことはわかるのにね」
「そうですね」
速水は席を立つ。それから現れたときの礼儀正しさに戻って頭を下げ、きびすを返そうとした。
だがふとふり返って神戸を見る。
「神戸さん、好きな人いる?」
「……いるよ」
いつもなら、とっさに嘘をつくところだったけれど。
それは本音を教えてくれた彼への礼儀だったのかもしれない。
「嘘、つかないで向き合ってあげなよ」
「そうする」
嘘つきの模範囚は、あのときと同じ笑みを浮かべて去っていった。
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ワンライにかこつけて当時完成させられなかった話を成仏させるというのもありかもしれない。