【SS】コウとカナロ

コウカナかカナコウ。
決定打はないのでお好きなほうでお楽しみください。お布団でイチャイチャしてるだけです。

前の続きっぽくなったので以下も読んでいただければ。
ファーストコンタクト
最終回後

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まずいことになった、と暖炉の前で考え込む。
陸の村にとって客人であるカナロは、コウの家に寝泊まりしていた。
当然寝室はひとつで、小さな寝台もあるにはあるが、コウはカナロに譲ると言って聞かず、カナロもコウに不自由を強いることはできないと意地を張ったため、折衷案として床に毛皮を敷いて二人で寝ている。狭くはないし寒いときは身を寄せればいいし、今のところそれほど不都合はない。
なかったはずだった。
はぜる火を見つめながら、カナロは布団代わりの敷物の上に座り込んでいた。
皺の寄った眉間を押さえていると、コウが部屋に入ってくる。
考えの固まっていなかったカナロはとにかく立ち上がろうとし、コウと正面から向き合う形になった。
「どうかした?」
「いや……」
まっすぐ見下ろされ、片ひざを立てたままうなだれる。彼には正直に打ち明けるしかないだろう。
「……例の、繁殖期だ」
コウの目が丸くなる。
以前、彼にだけは秘密を明かした。海のリュウソウ族の性で、心身が繁殖に駆り立てられる時期がある。
その摂理に背いてまで、自分はコウを選んだ。後悔はしていないが、この体にはしばらく悩まされるだろう。しばらくは水の中で過ごすか……
「それならおれたち、もう解決方法知ってるじゃん」
しゃがみ込んでカナロと視線を合わせたコウは、へらっと笑ってみせた。
「いや、それは……」
身を乗り出してくるコウに気圧され、思わず敷物に両手をつく。彼はジャケットを脱ぎながらひざを進めてきて、今すぐにでも乗りかかってきそうだ。
「待て、コウ……」
彼の腕をとっさに掴んだ。性欲がどうのという話をしているときに、無邪気に首をかしげないでほしい。
「あ……あのときは、ただの『処理』のつもりだった。おまえと、ここまで親しくなるとは思っていなかったから……今のおまえをそういうことに使うなんて、もうできない」
きょとんとした顔でこちらを見つめていたコウは、やがて眩しそうに目を細めた。
「優しいな、カナロは」
笑って飛びついてくる彼を抱きとめると、屈託のない笑顔が一気に近くなる。
「なにも変わらないよ。カナロがもっと近くなるだけだ。それっていいことじゃないか」
共に戦って、共に平穏を満喫して、共に眠りについて。
そして、未来を共有する誓いまで交わした。
「たしかに前は、カナロを助けてあげたいっていう気持ちのほうが強かったかもしれないけど。今は、おれもカナロとしたいから」
それじゃダメ?と問われ、ダメではないが……と口ごもる。障壁はむしろなくなったと考えるべきかもしれない。しかし……
「そうだ、キスしていい? 口に」
唐突にそんなことを言われ、葛藤はいちいち中断される。
「口に……」
わざわざそうつけ足されたことに思い至って、じわじわと顔に血が上るのを感じた。
以前、コウは唇を重ねることだけは避けていた。大切な伴侶とするものだからと。そこにもどかしさのようなものを覚えながらも、カナロ自身が踏み切れなかった。
だが今は彼がその相手だ。
「……ああ」
承諾を待ちきれないといった様子で、どこか愉快そうな表情の顔が近づいてきてむやみにあわてる。
「こういうときは、目を閉じるものだ」
「そっか。じゃあカナロがして」
コウはおとなしく目を閉じてあごを上げた。
その顔をもう少し見つめていたいと思いながら、彼の肩に手を置く。今までの交際でもここまで進展することはついぞなかったから、緊張で息が止まる。
「作法どおり」目を閉じ、おそるおそる唇を重ねた。
思っていたよりずっと柔らかい感触に慄いて、思わず身を引く。見開いた目に、驚いた表情のコウが映った。
「ごめん……いやだった?」
「違う……」
なんと言っていいかわからなくて、手を握る。コウが不安げに指を絡めてきたから、力づけるように握り返して引き寄せた。
「すまない、やりなおしてもいいか?」
「……何度でもどうぞ」
今ひとつ格好がつかないが、コウは笑ってまた目を閉じてくれた。どうにも彼相手ではスマートに事が進まない。
せめてリードくらいはしたいと思いながら、再び挑む。今度は離れない。コウの体がわずかに震えたが、ぎこちなくも口を開けてカナロを受け入れる。
たまらなくなって彼の背中に手を回し抱きしめ、二人は体勢を崩して倒れ込んだ。コウが背を下にして倒れたため、自然とカナロが乗りかかる格好になる。わずかな躊躇いを抱えたまま、カナロは暫し口づけの快感に酔いしれた。以前に肌を重ねたときには、なかった行為だ。
鼻にかかった喘ぎを洩らしはじめたコウが、不意にカナロの背中を叩いた。
「……コウ!」
「っ……は、苦し……」
陸よりも海の一族のほうが息が長いということを忘れていた。
「悪かった、つい夢中に……」
仰向けに寝転んだコウの、濡れた口元を指で拭ってやる。重たげな瞼の下から艶めいた目がちらりとこちらを見やった。
「いいよ、もっと夢中になって」
体の芯でくすぶっていた熾が、ぱっと火の粉を散らしたような感覚に襲われた。
荒くなる呼吸を喉の奥で押しとどめながら、コートの襟を開ける。焦ってはいけないと思っても指は思うように動かない。
息の上がったコウも、急いた様子でベストを脱ぎはじめる。コートを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外したところでコウの手が伸びてきた。二人は互いのシャツを押しのけ合い、相手の肌をまさぐる。
指先が胸の突起をかすめ、慣れない感触に息を飲んだ。
「ここ、気持ちいい?」
答えられないでいると、コウはカナロの腰を抱き寄せてそこに唇を寄せる。
「あ、バカ……」
舌先で軽く舐り吸い上げられ、火の粉が炎へと変わった。
「そんなふうにしたらどこだって気持ちいいに決まっている、卑怯だ」
「なにそれ、言いがかりー」
笑いながら起き上がってカナロの腰に乗ったコウは、焦れたようにシャツを脱いで脇へ投げる。乱れた髪がひたいに落ちた瞬間、朗らかな笑みは消え、普段の幼さはなりをひそめていた。強すぎるほどの眼光が、容赦なくカナロを射抜く。
「どうして……」
「ん?」
身の内にある炎はしだいに大きくなっているのに、この期に及んでまだ怯んでしまうのは、きっとこの目のせいだ。
湖のほとりで仇敵を偲んでいたかと思えば、有無をいわさぬ力でカナロを押さえつけることもできる。それは、カナロが地上に出て初めて出会った目だった。
「どうして、おまえの目はそんなにまっすぐなんだ」
答えようのない問いに、コウは案の定困った顔で笑って肩をすくめる。
「よくわかんないけど……カナロがたくさんの女の人を見てるあいだも、おれはずっとカナロを見てたよ。今も変わらない」
「……っ」
あるかどうかもわからない運命という幻想に振り回されて奔走していた自分を、嘲るでも拒むでもなく、応援すらしてくれた。たしかに「ずっと」見ていてくれたのだ。自分のほうを向いていない相手を、ただ見守ることができる、それがコウの力なのかもしれない。
でもそれなら、独り立ちして仲間たちと別れた彼を、だれが見つめるのか。
腕を伸ばし、真上にある頭を抱き寄せる。
「おれにはもう、おまえしか見えない」
くすぐったそうに笑ったコウが抱きついてきた。
「いいよ、もっといろんなもの見ようよ、いっしょに」
肩を並べて……
コウの言葉は水のようにカナロの中へ優しくしみ込んでくる。
ようやく気づいた。二人のあいだには甘い口説きも誘い文句もいらないのだと。気取ったテクニックも、激しい快楽も。「繁殖」という口実も。
「コウ」
熱い肌が重なり合うのを心地よく感じ、髪を梳くように指を通しながら、万感の思いで囁きかける。
「いっしょに、気持ちよくなろう」
「へへ、照れるなあ……」
お互いの瞳を覗き込みながら、二人はもう一度唇を重ねる。
その口づけには、もうなんの迷いもなかった。

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「ちょっとメルトくん! お兄ちゃんがコウさんと結婚するって言ってきたんだけど! 何か聞いてる!?」
「へえよかったじゃないか…ってええええ!? なんかいろんな意味でええええ!?」
「メルトくん、コウさん監督不行届じゃない!?」
「待ってくれオトちゃん、オレはべつにコウの保護者でもなんでも…いや、なんで真っ先に連絡よこさないんだコウ!!」
「えっじゃあこれお兄ちゃんの妄想だったりする…?」
「オトちゃんはカナロを信じてあげて!」
カナロ的にはそう解釈される可能性もある。

普段書かないタイプの組み合わせなので不安しかない…