【SS】由利と等々力「雨宿り」
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20.藤
「懐かしい」「そよ風」「涼しい」
探偵由利麟太郎/由利と等々力
となりのトドロキッス(不意に響鬼)
藤ってことは後ろでカマキリ先生がクマバチ追ってますが気にしないでください、向こう(香川照之)も気にしてません。
*
雨粒が傘を打つ。
街は灰色に烟って、見通しもよくない。
風がないせいか、春のわりには蒸すなと思いながら、黒い傘で雨を押し返す。待ち合わせ場所はだれもいない公園の中。
「おーい、こっちだ」
藤棚の下に、くたびれたトレンチコートが手を振っていた。
雨宿りの場所としては、あまり適切ではないだろう。しかしあたりには他に屋根もない。
等々力は水たまりを蹴りながらこちらへ走ってきて、あたりまえの顔で傘の下に入ってきた。
「いやあ、濡れた濡れた」
眼鏡を外し、辛うじて水がしたたっていないスーツの裾で拭いている。トレンチコートはすっかり色が変わって、厚い髪も今だけはぺったりと顔に張りついていた。
傘はどうした、とは由利は訊かなかった。
等々力は傘を持っていない。どうせすぐどこかに置き忘れてくるから、と。それでは不便だろうと諭すと、「おまえが忘れずに持っているからいいじゃないか」と返されて拍子抜けしたのは、いつのことだったか。
懐かしいというには、あまりにも遠い過去だった。この景色のように烟って霞んで、しかしまちがいなくそこにあった記憶。
以来、彼は断りもなくこの傘の下に駆け込んでくる。由利の服に雨粒が跳ねようともおかまいなしに、眼鏡を外して「濡れた濡れた」と笑いながら。
立場を変えた今では、彼の傘となる機会も少なくなったけれど。立場が変わった今だから、許されることもあるだろう。
傘をかたむけ、顔を寄せる。
「うん?」
不思議そうにこちらを向いた顔に口づけた。重なる唇もまた冷たく濡れていて、雨の匂いがした。
「……………」
等々力は表情を変えずに眼鏡をかけなおし、ひたいに張りついた重い前髪をかき上げる。
「風が、涼しくなってきたな」
いつのまにか雨粒は音のない銀糸へと変わっていて、藤の花が重たげに雫を垂らしているばかりだ。
そよ風が、濡れた唇を撫でていった。
*