【SS】由利と等々力「砂糖漬け」
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9.菫
「蛍」「憂い」「穏やか」
探偵由利麟太郎/由利と等々力
菫と蛍の関係がわからない…
*
大家が用意してくれていた、と彼が出してきたのは、濃い青の洋菓子だった。和菓子のほうが好きなのは知っているくせに、と思いながら、上品なティーカップに注がれる紅茶を眺める。
「菫の砂糖漬けだ」
菫の花が食べられるというイメージはないが、れっきとした菓子らしい。
「砂糖に漬けちまったのか……」
ひねりのない感想を口にして、そのままかじる。案の定、むせるほどに甘い。由利はと見れば、紅茶の中に落としている。角砂糖代わりか、と納得した。
「それで、調子はどうなんだい」
「どうもこうも、見てのとおりだ」
長い脚をゆったりと組んでこちらを見返してくる顔は、ひどく穏やかで心からくつろいでいるように見える。この新居も、いかにも居心地がよさそうだ。
「悠々自適の、無職だよ」
思っていたよりも元気そうで、心から安堵した。
職を辞した彼を訪ねるのは、未練を引きずるようで……あるいは彼の傷を抉ってしまいそうで憚られていた。しかし彼から呼び出しを受けたということは、その心配はないのだろう。
「羨ましいね、こっちはローン抱えて毎日走りまわってるってのに」
ため息をついて紅茶をすする。
旧いつき合いだが、これほど距離をはかりかねたことはない。よくも悪くも無遠慮につき合ってきたのだ。
それが、あの日を境にしてがらりと変わってしまった。
明滅する蛍光灯に照らされた、死人よりも青ざめたその顔を今でも覚えている。
あのとき自分にできたのは、空虚な由利の腕を我が身で埋めることくらいだった。しかし結局彼を引き止める力はなく、由利は等々力の前から去っていった。
そんな経緯などなかったように、彼はかつての調子を取り戻しているようだ。ならばこちらも、友人として向き合えばいい。
「しかしあれだ、いつまでも無職ってわけにはいかんだろう。俺にできることなら……」
再就職の斡旋でもなんでも、と言いかけた口は、開いたままで動きを止めた。由利が静かに微笑したのだ。
「ああ……おれには、おまえしかいない」
なんてこった、と腹の底で嘆息する。
彼を覆っている憂いは、まだ少しも取り除かれてはいないのだ。
欠けた部分を手近なもので埋めようとしている。等々力には、彼が自分を求める意味がそうとしか思えないのだった。
「そいつは……ずいぶんと買われたもんだな」
中身のない返事をして、甘い菫の花を無造作に口へ放り込む。
ざらりとした砂糖が、歯のあいだで砕けた。
*