【SS】由利と等々力「爪紅」
#リプもらった番号のワードを使って文を書く
15.鳳仙花
「余韻」「狂おしい」「騒がしい」
探偵由利麟太郎/由利と等々力(青年期)
30年前の話なんで、各自モニカとメンノンでバブリーしてくださいサンクス!
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講義終了直後の教室で声をかけられた。いかにも寝起きの顔で等々力が手を振っている。
また居眠りかと苦笑を返したところで、その爪先に不穏な赤を認めぎょっとした。
「トド、その手どうした」
不思議そうに目を落とした等々力は、「なんだこりゃあ!!」と人目もかまわず叫ぶ。その瞬間、周囲のざわめきは爆笑に変わった。
彼の右手の爪には、真っ赤なマニキュアが塗られていた。しかも5本全部に。
「かーわいい」
「気づくの遅すぎ」
周囲の反応から、由利は事態の概要を察する。
普段から堂々と居眠りしている男だ。たまたま彼の隣に座っていた女子が、暇を持て余してか自分も塗っていたのか悪戯心を出し、熟睡して動かない彼の手にまで色を施したのだろう。退屈な講義中、見ていた者は本人がいつ気づくかと興味津々だったにちがいない。
「誰だよもう……ちょっと洗ってくるわ」
うなだれて踵を返す等々力の腕を、掴んで引き留める。
「水じゃ落ちないぞ、除光液が必要だ」
由利の冷静な指摘に、等々力は眉を下げていよいよ情けない顔になった。犯人を見つけ出して落とさせるという手もあるが、少し手間がかかる。まずは騒がしい観客の前から彼を退場させるのが先決だ。
「演劇同好会の部室にあったはずだが……訊いてみよう」
「相変わらず顔広いなあ」
同好会の責任者から鍵を借り、無人の部室に等々力を連れていった。以前公演に関わった縁で何度か訪れたことがあり、勝手知ったる衣装部屋の隅から化粧道具を探し出すのも難しくはない。
「手を出せ」
「悪いな」
伸べられた手をとった瞬間、奇妙な感覚に襲われた。指が長くて男らしい手に、鮮血と見まごう赤はひどく倒錯的に映えて見えたのだ。
動揺を隠し、作業を始める。片手がふさがった等々力はもの珍しそうに舞台用の化粧品を取り出しては眺めていた。
「楽しいもんかなあ、化粧って」
場合によっては陰湿な嫌がらせにもなりうる仕打ちを受けておいて、能天気にもほどがある。返す言葉もつい適当になるというものだ。
「やってみればいいじゃないか」
「なるほど」
神妙にうなずいた等々力は、たまたま手にしていた口紅の蓋を弾いて外し、自分の唇にこすりつける。鏡も見ず無造作に左手で引いたものだから、半分以上はみ出してはいるが。
「トド!」
目にした瞬間、たまらずに口紅を奪い取っていた。
「なんだよ、おまえがやってみろって……」
癖のない中性的な顔立ちに、突如塗りたくられた赤はあまりにも鮮烈だった。好奇心に抗えずレンズの厚い眼鏡を取り上げると、その印象はさらに強くなる。
「由利?」
引き込まれるように、その不自然に赤い唇に噛みついた。相手のためらいは一瞬で、普段と変わらずに応じてくる。場所や時間を気にしない程度には、二人とも若いのだ。
狂おしいほどに貪り合って、どちらからともなく深く息をつく。魔がさしたとしか思えない。呼吸を静めながら濡れた口元を手で拭うと、その手にも色がついた。
眼鏡のない等々力が目を眇め、蕩然と呟く。
「おまえ、赤が似合うな」
今度は等々力から掴みかかってくる。
余韻に浸る間もなく、二人は互いを赤く染め上げることに没頭していった。
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