【SS】コウとカナロ「きみに春を」

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17.福寿草
「見つける」「雪」「幸せ」
リュウソウジャー/カナコウ

夏と冬のお題を同時にいただく偶然。こっちは明るめの話にしてみました。しかし私はコウの過去を引きずりすぎではないだろうか。

山の春は少し遅くて、だから些細な兆しも待ち遠しい。
そう語る陸の一族たちの話を、海の一族の末裔は興味深く聞いていた。海の季節感とは全く異なるものだったから。
「でも、今年の春は遅いかも」
コウは顔をくもらせ、枕を抱え込んだ。
陸では客人あつかいのカナロが、コウの部屋で寝泊まりするようになって久しい。一人用の寝台は、長く冷たい冬には逆に都合がよかった。外がどれほど吹雪いていようとも身を寄せ合って眠り、寒い朝をぐずぐずと寝床の中で楽しむことができる。
それでも、すべての生き物にとって春は別格だ。カナロがまだ知らない地上の春を、彼は楽しそうに語って聞かせる。
「最初の花が顔を出したら、一気に他の花も咲くんだ。だから子供のころはみんな、競って花を探すんだよ。いちばんに花を見つけた子が優勝!」
「優勝……?」
「次の春まで幸せに暮らせる、とかそんな意味」
他愛ない、幼い時分にだけ許された遊び。そんな子供らしさとは無縁だったカナロは、いくらかの憧れをもってコウを眺める。
「コウは、優勝したことはあるのか」
だが彼は寂しげに首を振っただけだった。
「俺は、そんな余裕なかったから」
戦うこと、強くなることしか頭になかったという少年期。自らの蛮力に振り回されていた子供に、冬も春も関係なかったのだろう。
「メルトは得意だったよ、春を見つけるの。でもこっそり他の子に教えちゃうんだよね。優しさなら、メルトが優勝なのにな……」
「コウも、」
「ん?」
コウだって、とは思う。彼の心は敵をも包み込める大きさなのに。
だがかつての荒んだ人格を知らない身で、えらそうなことは言えない。自分が知っているのは、懸命の努力でこの明るさを手に入れた彼だけだ。
髪を梳いて、そっと抱き寄せる。
「おれにいちばん優しいのは、コウだ」
彼はなにも言わず眩しそうに笑って、唇を重ねてきた。

森を覆っていた重たい雪もしだいに溶け、少しずつ地面が見えてきてはいるが、それでもまだ空は灰色のままだ。
雪がなくなっている岩場へとよじ登る。早朝の風はまだ身を切るように冷たい。
「カナロッ!」
コウの声だ。こっそり起き出したつもりだったが、さすがに気づくのが早い。
「そんなところで、なにやってんの!」
問いかけながら自分も身軽に岩を蹴って登ってくる。カナロは苦笑して手を差し伸べた。
「コウに、春をあげようと思って」
「え?」
彼の手を掴んで引き上げ、肩を抱く。
促されて岩陰を覗き込んだコウが、目を丸くした。
「これ……」
「次の春までずっと、幸せに暮らせるように」
金色の可憐な花が、待ちきれないとばかりに蕾を膨らませていた。