【SS】戦兎と石動(ビルド)
戦兎とマスター、と美空。万丈が来る前。
9.【射手座】「葉」「背ける」「最後」
*
毎年、娘からの誕生日プレゼントはサプライズパーティと決まっていた。恒例行事だからサプライズもなにもないが、それでも父親として大げさに驚いてみせ、喜びを素直に表現してみせた。
だが今年だけは、少し趣向がちがっていた。優秀なブレーンが彼女についたからだ。
店に入るなり、ルーブ・ゴールドバーグ・マシン的な装置が大がかりに動きはじめる。店内に張りめぐらされた仕掛けが次々に動いていくので、ドアの前から迂闊に動けない。戦兎の仕業だなと思いながらルートを目で追うが、コーヒーを淹れたりケーキを焼きはじめたりと芸が細かい。
ケーキがオーブンに入ったところで、こちらへダーツの矢が向けられていることに気づく。しかも装置で引き絞られていて……。
「!」
放たれた矢の勢いに思わず身をすくめて顔を背けた。
次の瞬間、作り物の花や葉が頭の上に降り注ぐ。おそるおそる見上げると、ドアの上に設置された的の中央に矢が突き刺さっていた。
「ハッピーバースデー!」
カウンターの影に隠れていた二人が元気よく飛び出してきて、石動もやっと笑うことができた。
「なんだよこれ~!!」
悪戯っ子たちをまとめて捕まえて抱きしめてやる。
「殺す気かよ」
「マスターなら大丈夫。一歩も動かなかったでしょ」
少しも悪びれずに言う得意気な顔を小突いて、娘の頭を撫でる。
「ケーキ、いつ焼けるんだ」
「夕食までには」
しれっと応える戦兎に、美空が脇腹を突いた。
いつもより賑やかな誕生日のディナーを過ごし、疲れきった美空が寝ついてから、散らかっているであろう店のほうへ顔を出す。
いつのまにか装置を回収した戦兎が、今度はカウンターの端にドミノを立てていた。
「マスター、ストップ」
こちらへ来る石動を制止して、最後の一本を慎重に置く。
「そこから動かないでよ」
「おう」
彼はカウンターの反対側からドミノを倒した。並ぶドミノはしだいに大きくなり、やがて空き箱になって、ばたばたと倒れていく。
最後に待ちかまえていたコーヒー缶がごろりと転がって、石動の手前でカウンターから落ちる。
それをキャッチして顔を上げると、戦兎が達成感に満ちた顔でこちらを見ていた。
「嫌味かよ」
戦兎はうれしそうに肩をすくめただけで、自分も手にしていた缶を開けた。
「マスターの誕生日に乾杯」
「……乾杯」
冷たい缶コーヒーで祝うものでもないが、文句が言える身でもない。今は祝ってくれる子供たちの気持ちを受け止めよう。
「もう好きに歩いても?」
「どうぞ」
彼の背後にあるくずかごに、空の缶を放り込んだ。
ふり返って、そこにある細い背中を抱きしめる。
「なになに、いきなり……」
そうは言いながらもまんざらではなさそうに身をゆだねてくる。この素直さは嫌いではない。
「ありがとな。美空も喜んでた」
「……次は、もっと大がかりにするね」
くすくす笑いながら、戦兎が肩に頭を寄せてくる。
「店壊さないでくれよ」
だが来年はないことを、石動は知っていた。
自分の中に巣食っている悪魔が、この青年もろとも世界を飲み込む日はそう先ではない。
きっとこれが最後だから。
彼を抱く腕に、自然と力が入った。
*
ピ○ゴラスイッチ見ながら書きました。