【SS】戦兎とマスター(ビルド)
【Verbalize】
東都にほとんど雪は降らないが、風が冷たい夜はそれなりに凍える。
地下の暖気がたまる場所を美空に占拠されたのを口実に、戦兎は石動のベッドにもぐり込んでいた。
「そのセーターいいね」
「そりゃな、美空ちゃんセレクトだぜ」
「道理で、似合ってるわ」
外に面した窓が風でがたついているけれど、部屋の中は寒くない。だからといって、石動がまだベッドに入らず一人でブランデーを飲んでいるのは不満だった。戦兎自身はあまりアルコールを好まないし、二人きりでいるのに部屋の中で離れているのも納得がいかない。
枕を抱え、戦兎はぼんやりと石動を眺める。店に出ているときよりも寛いだ姿を、目にするのは今のところ自分くらいだろう。特別というのはわかっているけれど、名前をつけるのは難しい、いわば可視化されない関係だ。
たまには明確な解を得たいと思うこともある。こんなに寒いのに触れ合ってもいない今などはとくに。
「ねえマスター」
「ん?」
「俺のどこが好き?」
不意にぶつけられた問いに、石動はかけている眼鏡くらいに目を丸くしてこちらを見返す。
「なんだよいきなり」
「ねえ、どこが好き?」
重ねて尋ねると、彼は苦笑してグラスに口をつけた。
「……そういうことを正面切って言える図太い神経かな」
「そうですか」
まともに答える気はないらしい。それならばと、作戦を変更する。
「マスターは、訊いてくれないの?」
いよいよ困った笑みを浮かべ、石動は一度がっくりとうつむいた。ずれた眼鏡を押し上げながら、横目で戦兎を見やる。
「おまえは……俺なんかのどこが好きなわけ?」
それでもつき合って訊き返してくれるのがうれしくて、頬に指を当てて考え込むふりをしてみた。
「えっと、俺を好きなところ?」
「どこまで自己チューだよ」
ツッコミに合わせるように強風が窓を鳴らす。夜中吹き荒れる気らしい。
戦兎は毛布の中にもぐり込みながら、指を折って数え上げた。
「まだあるよ。他の料理はそこそこできるのにコーヒーだけクソ不味くて、子持ちとは思えないくらいテキトーでいいかげんな生活してて、でもけっこうナルシストで無駄に自信過剰で……」
「戦兎くん、ちょっとでいいから褒めて」
情けない表情で懇願してくる相手をにやにやと眺めた。
「顔もスタイルもイケててすっごい楽しくて優しくて気持ちいいこといっぱい教えてくれて……」
早口でまくし立てるが言い尽くせるはずもない。なるほどこれは可視化が難しい分野だ。しかし収穫はあった。
「それなのに、『俺なんか』って言っちゃう、マスターが好きなのよ俺は」
「……………」
今度こそ石動は完全に下を向き、顔を見せずに笑った。照れているのか呆れているのか、残念ながら読めない。
「……だれのせいでこんなかわいくない子に育っちゃったんだか」
育てた人間がよく言う、と思いながら気持ちよくベッドに転がる。視界の端で石動が立ち上がるのが見えた。
こちらに近づいてきたからやっといっしょに寝る気になってくれたのかと思っていると、影が差した瞬間にベッドへと押さえつけられていた。強い酒の匂いがするが、酔っている様子は少しもない。
カラーグラス越しに真上から戦兎の目を覗き込んだ石動は、真剣な表情で低く囁きかけてきた。
「こんなに愛してるのに」
「……っ」
くさすぎる台詞を笑い飛ばそうとしたが、不覚にも体が疼いてしまって機会を逸した。悔しまぎれに相手を抱き寄せ、自分のほうへ引き倒す。
「そういう大人のズルさは、嫌いだな」
拗ねてみせる戦兎の耳にはもう、冷たい風の音ではなく石動の密やかな笑い声しか聞こえなかった。
*
イチャイチャしてる二人というリクだったので!
あと寒かったので!!