イアン/ノッさん
獣電戦隊キョウリュウジャー:イアン・ヨークランド/有働ノブハル
歳のわりに大人びている。
それが、年下の仲間たちの印象だった。人生経験とはまたちがう、元来の性格が落ちついているとでもいうのか。
中でもそれなりの教養と世渡りの術を備えている様子の青年は、時折こちらがたじろぐほど達観していて、同じくさまざまな常識を超越しているリーダーとは別の貫禄を見せていた。
……はずだった。
『かわいい顔もできるんじゃない』
ノブハルは自分のひざにもたれかかって目を閉じている男を、困惑して見下ろす。
「イアン? ……イアンくん? イアンちゃん!?」
「はーい……」
気持ちよさそうに笑っているから起きているにはちがいないのだが、どいてくれる気配はない。
「なんだあ、イアンはもう酔っぱらってんのかあ?」
テーブル越しに覗き込んだダイゴが、けらけらと笑った。そういう自分も顔は真っ赤だ。
「なんでよりによって……」
自らオッサンと認めるのは抵抗があるが、しかし現実オッサンのひざを選んで枕にしなくてもいいのではないか。しかも、なにとまちがえているのか、ノブハルの腰を抱え込んで尻をさすっている。イヤというほどではないが、落ちつかないことは事実だ。
「ちょっと、イアン……」
「イアンいやーん、ってか!」
「ああ! それはぼくがいつか言おうとひそかにあたためていた渾身のネタ! 今だと思ったのにキングひどい!」
「有効期限とか回数制限とかねえから、本人起きてるときに使ってやれ」
非生産的にもほどがあるノブハルとダイゴの会話を、横で空蝉丸が源流に酌をしながらにこやかに聞いている。
ここは立風館屋敷。
だがソウジはこの場にいない。彼は自室で宿題をしている。
得意分野以外のスキルアップも損ではない、ということで全員そろって源流に剣術の稽古をつけてもらいにやってきたのだが、なぜか夕食までごちそうになり、そして成人男性が5人もいればそのまま酒宴になだれ込むのは自然の摂理。
門限があるからとアミィが早々に帰宅して、ソウジが部屋に引っ込んでから、イアンが崩れはじめた。酒癖が悪いのならつまみ出してもいいが、延々ノブハルにじゃれついてくるだけだから、実害はないと言っていい。
「甘えるのは女の子相手にしたらいいのに……」
普段からノブハルに対してはスキンシップの多い男だけれど、酒が入るとさらに遠慮がなくなるらしい。大人組の気安さと好意的に解釈してはいるものの、ここまでべったりなのは初めてだった。
「まだやってるの」
襖が開いて、ソウジがひょいと顔を出した。
うるさいと怒られるかと首をすくめる。しかし彼は首にヘッドフォンを掛けていた。対策済みということらしい。彼はノブハルのひざの上にいるイアンを見てわずかに目を丸くしたが、とくにコメントはしなかった。
「離れにみんなの布団敷いといた。よかったら使って」
父親を含めた大人たちが遅くまで酒宴を開いているというのに、なんとよくできた高校生だろう。自分だったら拗ねるかもしれない、とノブハルは感心して彼を眺めた。彼も大人びた若者の一人だ。
「おう、悪いな!」
「かたじけない、ソウジどの」
「サンクス、ボーイ!」
「なんかごめんねぇ、ありがとねぇ」
仲間たちの礼にこくりとうなずく姿も、落ちついているのに尊大さはない。
「じゃ、おれ寝るから。おやすみ」
ヘッドフォンを耳に掛けなおしながら、よくできた高校生は自室へ引き上げていった。
時計を見ると、たしかにかなり遅い。泊まりは辞退しようとしたが、源流も勧めてくれるのと、ひざの上から背中に移った酔っぱらいを最後まで面倒見なければならないということに気づいて、ソウジの好意に甘えることにする。
「メール?」
「うん、遅くなるとは言ったけど泊まるとは言ってないから」
イアンの体温を背中に感じながら、妹にメールする。もう寝ているはずの姪っ子を電話で起こすのは悪い。
「さて、じゃあぼくは酔っぱらいをお布団まで搬送します、そうします……」
おんぶおばけは、立ち上がるときまで離れなかった。
「布団! 日本のお布団!!」
「えええ!?」
酔っぱらいとはいえこの大人びた青年の反応とは信じられず、つい叫んでしまった。
イアンはジャケットを脱ぎ捨てると布団の中にもぐり込み、心底うれしそうにそばがらの枕を抱え込んでいる。
「まったく、布団じゃなくてぼくがふっとんだよ……そんなかわいい顔もできるんじゃない……」
笑顔のまま目をつぶって動かなくなったイアンは、ソウジの同級生だと言われても通用してしまいそうなほどあどけない表情だった。
「うん、かわいいよね……」
まじまじと見つめてしまってから、はっと我に返る。
「いやいや、落ちつけノブハル! オチつけて!」
この状況にオチをつけたいときに限って、なにも浮かばない。あせりながら立ち上がろうとすると、不意に足を掴まれた。
「なんですかイアンくん!?」
ちょっとしたホラー気分で見下ろせば、腹が立つくらいに罪のない笑顔が向けられている。まだ寝てはいなかったらしい。
「……ノッさん、おれ今すごくいい気分」
「知ってる」
かなりしっかり足首を掴んでいる手を振りほどくのは難しい。まちがえれば蹴飛ばしてしまう。動けないノブハルに、イアンはなおも不条理なことを言う。
「だから、ノッさんもつき合って」
「はい?」
酔っぱらいの青年は掛け布団をめくり、そこにもう一人ぶんの空間を作る。ダメ押しでその場所を叩かれては、そこに寝ろ、以外の意図を感じられなかった。
「同衾は、ドウ禁止したらいいのかな……」
いい大人なんだから、ぼくたち男同士だし、そろそろ戻らないと、などなど断りの言葉を必死に探したが、満面の笑みで待っている彼を落胆させるという結論にはどうしても至らなかった。
「じゃあ、ちょっとだけね」
姪に言い聞かせる口調で答え、お客さま用布団にもぐり込む。自宅のせんべい布団とは雲泥の差だ。さすが立風館家。イアンが虜になるのもわからなくはない。
なんとなく、理香に絵本を読むときの要領でうつぶせに寝そべると、枕を抱えているイアンと似たような体勢になった。せめて絵本でもあればいいのに。
「えっとぉ……」
そわそわしているノブハルとは対照的に、イアンはうれしそうに目を細めてこちらを見ている。
「キャラ変わるくらい布団が好きだとは知らなかったよ……」
「ううん、ノッさんといっしょに寝てるから」
「ぎゃふん」
ノブハルの口から出た謎の擬音など意に介さず、彼はこちらへ身を乗り出して顔を近づけてきた。
「イア……」
頬にやわらかい感触があって、すぐに離れる。
ふふふ、と笑って彼は再び枕に頬を押しつけた。彼が動くたび、そばがらがしゃりしゃりと音を立てる。うるさくない?と訊こうとしたが、今の彼のテンションに水を差すのは難しい。
「ちょっと冗談きつ……」
「おれは本気だぜ」
反論すら許されないらしい。どう反応していいかわからず、自分も隣の布団から枕を引っぱってきて抱え込んだ。
「こうやって女の子をその気にさせてるんだ……勉強になるなあ」
独り言同然に呟くと、顔の前に指を突き出される。
「女の子相手に酔ったり酔わせたりなんて姑息な手は使わないさ。誠心誠意、本気で勝負しなきゃ……」
「ぼくへの誠意は、セイイっぱい考えても感じられないんだけどね」
軽い皮肉のつもりだったが、通じた様子はまるでない。
「男と駆け引きなんてしないよ……」
再び酔った顔が近づいてきて、今度は唇に触れる。離れ際にそっと吐息がかかり、ただのあいさつや軽いスキンシップでないことをしっかりと伝えていった。
少しばかり覚悟を決め、ノブハルはイアンと視線を合わせる。
「あのさあ……酔ってる?」
「酔ってる」
「ぼくのこと誰だかわかってる?」
「ノッさん」
「そんなにぼくが好き?」
「愛してる」
「おぅふ……っ」
声にならない呻き声を洩らし、枕に顔をうずめる。
自分で引き出した答えだが、あまりにさらっと言われた言葉はとっさに受け止めきれない豪速球だった。英語ならともかく、日本語で言うならもうちょっと控えめな表現にしてほしい。
「気持ちはうれしいけど……」
「けど?」
言葉尻をとらえられ、返答に窮する。
一般的には断りの言葉がくるものだ。男同士だから、歳が離れているから、ぼく家族持ちだし、きみ遊び人だし、見た目なんとなく不適切な気がする、などなどいくらでもある。
「けど……ぼく、きみも養える甲斐性はないよ……」
懸命に考えて出てきた理由がそれしかないことに、我ながら愕然とした。
「ああ、それは期待してないから心配いらない」
「ですよね」
断る理由がなくなって、困惑と安堵が同時に襲ってきた。
応えてもいいものだろうか。応えるとどうなるのだろうか。というか、応えるって具体的にどうしたらいいのだろうか……イアンほどではないがそれなりにアルコールが回っている頭では、なにを考えているかすらわからなくなってくる。
「ノッさん……」
またしても顔が近づいてきた。だが今度は、さっきまでのかわいらしいキスではない。
「ん……」
やわらかい唇の感触に酔いしれていると、悪戯な舌がこちらの舌先を痺れさせる。わざと音を立てるから、それだけで羞恥に顔が火照った。慣れている、などというレベルではない。確実にノブハルを征服しようとしている。本心を見せることなどめったにない彼が、そこまで真剣に求めてくれているという事実は、くたびれた三十路を舞い上がらせるには充分すぎるほどだ。
一通り口の中を蹂躙していった彼は、唇を指先で拭いながら囁いた。
「抱かれてくれる?」
それは……ぎゅっとハグするとか抱っこするとかそういう意味ではないだろう。ロマンチックな言い回しだが具体的にどういう行為かと考えて、思わずため息が出た。
「アーナルほど、ぼくの……」
言い終わらないうちに、また口をふさがれる。下ネタはNGらしい。
シャツの上から胸に手を置かれ、見上げた顔はすでに欲望の色を帯びている。観念して目を閉じかけたとき。
「待って、だれか来る……」
とっさにイアンを押しやろうとしたが、彼はかまわずのしかかってくる。
「これだから酔っぱらいは……」
必死にもがいていると、無情な障子が開いた。
「……ずいぶんと仲良しなのでござるな」
二人を見下ろした長身の第一声である。目撃される直前でなんとかイアンを引き剥がしはしたが、ひとつの布団に枕はふたつ。その点に関してはごまかしようがない。
「あのねウッチー、これはね……」
言い訳もなにも思い浮かばない状態で口だけ開いたノブハルを、空蝉丸はすばやく手で制する。
「いやお気になさらず。アミィどのから聞いた『パジャマパーチー』でござろう。せっしゃも加わりたいところでござるが、あいにく眠気には勝てぬ。かまわずつづけてくだされ……」
それから総天然侍はおぼつかない足どりで四つ並んだ布団のいちばん端へ行くと、服を脱いで几帳面にたたみはじめた。
「いや、明らかにちがうだろ……」
「どんなガールズトークしてやがーるの、あの二人……」
空蝉丸が布団に入って数秒で寝息を立てはじめるまで、固唾をのんで見守っていた二人だが、やがて顔を見合わせる。
「残念だけど、次までおあずけだな」
「次って!?」
「それはね……」
しばらくその続きを待ったが、沈黙が破られることはなかった。
「イアン?」
小声で呼びながらそっと顔を覗き込み、それから深い深いため息をつく。
彼は枕を抱きかかえ、幸せそうな顔で眠っていた。
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