晴人/ユウゴ
仮面ライダーウィザード:操真晴人/藤田雄吾(ユウゴ)
※捏造注意
真紅の肉体が剥がれ落ちるように、脆弱な人間の姿が現れる。
フェニックスは力が抜けていく自分のひざを押さえつけることができなかった。
無数の蛇が、こちらを睨みつけている。
「少しはおとなしくできないの?」
そう詰問した怪物は、暫し足元の男を眺めていたが、やがて踵を返した。
「しばらくその姿で反省しているといいわ」
路地裏に冷淡な声が響いたときには蛇などどこにもおらず、ただ冷たい表情の少女が、ゆっくりと歩み去っていくだけだった。
「くっそ……」
フェニックスはビルの壁にすがりつき、なんとか立ち上がる。
寒い。
久しく忘れていた感覚だ。身体の中を魔法の火が駆けめぐっていたときには感じなかった。
寒さだけではない。全身に力が入らない。飢餓に近いが、もはや餓えがどんな感覚かも忘れてしまった。不死鳥の姿になってしまえば、なにも感じないものを。
ふらついた拍子に脚がもつれる。普段は気にも留めないが、人の身体に縛りつけられるというのは思った以上に不愉快だ。
不意に、頭上で耳障りな鳴き声がした。見上げると、使い魔が威嚇するように羽ばたいている。その主にはいやというほど心当たりがあった。
角を曲がって現れたのは、よく見知った長身。
「指輪の魔法使い……」
呟きにも忌々しさが混じる。
今でなければ、歓喜に身体中の血が躍っていたことだろう。最高の遊び相手で、フェニックスの衝動を唯一満たしてくれる存在だった。
だが、この状態では少しも楽しめそうにない。それどころか、抵抗すらできずにとどめを刺されるかもしれない。復活にはいつもより時間がかかりそうだ。
人の姿では正体も気づかれないだろうという考えには至らなかった。
「ちっくしょお……」
呻きながら、彼に背を向ける。逃げるのは性分に合わないが、そうも言っていられない。
「待て!」
険しい声で呼び止められるが、敵に従う理由はない。壁に寄りかかりながら走ろうとする。
だがついに、足に力が入らなくなった。本来なら、動かずに体力が戻るまで待つべき状態だった。
「おいっ、だいじょうぶか!?」
もうどうにでもなれ。メデューサもワイズマンも、指輪の魔法使いも。
フェニックスは投げやりな気分で、目を閉じた。
真冬の炎
晴人は自分のひざに頬杖をついて、目の前の火を見つめる。
正確には、その視線は火の向こうに転がっている身体に向けられていた。季節感のない服装の男は、さっきからわずかにも動かない。廃ビルの中は風こそ吹かないが冷え冷えとしている。部屋から持ってきた毛布を掛けてやったが、ファントムが寒さなど感じるだろうか?
魔法の火はくすぶる煙を出すこともなく、明々と燃えつづけている。
この男がファントムだというのは、ガルーダが反応したこと、変身前の晴人を「指輪の魔法使い」と認めたことなどからもわかる。だからといって、本来の姿になれないほど消耗している相手を倒すというのは心情的にかなり難しい。
困った末、本人から事情を聞くためにこうして意識が戻るのを待つことにした。面影堂に連れ帰って騒動を起こすよりは、常識的な選択のはずだ。
それにしても……
いろいろと考え込みながら晴人がドーナツにかぶりついたとき、唐突に彼が跳ね起きた。
「てめ……っ」
とっさにあたりを見回して晴人に気づいた男は、毛布を押しのけて身構えようとする。だがすぐにふらつき、また倒れ込んだ。やはり、魔力がほとんど残っていないらしい。
「食べるか?」
晴人は立ち上がって、ドーナツの袋を差し出した。男は一瞬ためらったが、結局黙って手を出してきた。
火を挟んで、二人は無言でドーナツを食べていた。男がむせると、晴人がタンブラーを差し出す。甘いのなんのと文句も言わず、彼はためらうことなく砂糖入りのキャラメルラテでシュガードーナツを飲み下した。
「……なんでだ」
「ん?」
砂糖のついた指を舐めながら、男が尋ねてきた。
「なに企んでやがる」
「べつに」
敵を助けた理由を問われていることはわかるが、明確な答えなど持ち合わせていない。目の前で人間が倒れたら手を差し伸べてしまうものだ、などという一般論がここでは通じないことも自覚はしている。
「ほっといて凍死されても寝覚め悪いし……」
もそもそと言い訳半分で呟いた言葉は、相手の勘に障ったらしい。
「魔力が戻ったら、てめえなんか一発で倒してやるよ!」
さっきよりは声が大きいな、と安堵した。
「そういえば、なんでそんなに弱ってるんだ?」
「敵に教えるかよ」
「まあ、いいけど」
そこまで真剣に知りたいわけでもない。どこかでだれかが傷つけられていなければそれでいいのだから。
「じゃあ、どんなゲートを狙ってる?」
晴人の尋問にも似た言葉を聞いて、男は不機嫌そうに眉を寄せた。
「ゲート? べつに……」
しらを切るというよりは、思い至らなかったといった様子だ。
「だれがどこで絶望しようと、俺は興味ねえな。ゲートを絶望させるための小細工なんか、おもしろくもなんともねえ」
「……へんなやつ」
「ぁん?」
魔力もない、ゲートの絶望にも興味がない。実に無害だが、そんなファントムがこの先どうやって生きていくのだろうか。元の人間にも戻れず、彼はファントムとして町をさまよいつづけるのだ。晴人はこみ上げる感傷を押し殺し、彼から目を逸らす。
「そういうことなら、戦う理由もないか……」
ドーナツの紙袋を丸めて火の中に放り込んでから、腰を上げた。
「あったまったか?」
「は?」
真冬に二の腕を晒している男は、怪訝そうに晴人を見上げる。
「この火はおれがいなくなったら消える。それでもいいかって聞いてんの」
「……………」
ほんの一瞬、彼の顔にすがるような表情が浮かぶ。だがすぐに険悪な顔つきに戻ってしまった。
「さっさと行っちまえよ。俺は不死身のファントムだぜ。凍死なんてするわけねえだろ」
晴人はコートのポケットに手を突っ込み、男を見下ろした。ファントムだって命に限りはある。不死身は強がりにちがいない。
「……おい、聞いてたか!?」
晴人が再びその場に座り込むと、炎越しに男が吠えた。
「おれの火だからね。消すタイミングはおれが決める」
彼はなにか言いたげにこちらを睨みつけたが、結局ふてくされた顔でひざを抱え、毛布を引き寄せただけだった。
「くっそぉ……」
ひざ頭に頬を押しつけてぶつぶつと悪態をついている姿は、凶暴なファントムの本性を一時忘れさせる。晴人はこみ上げてくる笑いを噛み殺しながら、火に手をかざした。
「調子狂うなあ……」
その言葉を聞き咎めてか、あるいはただの衝動か、男がすっくと立ち上がった。肩には毛布が掛かったままの格好で、彼は予想もしない言葉を投げてきた。
「おい魔法使い。ちょっと魔力よこせ」
唐突な要求に、晴人が思わずぽかんと口を開けてしまったのもむりはない。
「は……? やだよ、なに言ってんの?」
「こっから出ていけるぶんだけでいいからよこせ! てめえと顔つき合わせてるだけでムカついてくるんだよ!!」
凄む彼の表情は、それが冗談ではなく本気だと告げている。もちろん晴人にその気はない。敵のファントムに自分の魔力を与えるなど、自殺行為もいいところだ。
「悪いけど、そこまで親切じゃないよ」
両手を後ろにまわして指輪を隠す。晴人の魔力は指輪を介在しなければ表に出ることはない。だが男は最初から指輪になど興味はないようだった。
晴人の前にひざをつくなり、肩を掴んでくる。こちらを覗き込む顔に、ちらりと笑みが走った。
「メデューサにできて俺にできねえわけがねえ」
「え……」
意味不明な言葉を理解しようとわずかに考え込んだのと、背後に指輪を隠していたせいで、相手の腕を払いのける一瞬の機会を逸した。
近づいてくる顔から背けようとした頭を押さえつけられ、まさかと思った直後には唇が重なっていた。
「ぅ……」
なんとか引き剥がそうとするが、髪を強く掴まれていて頭を動かせない。男は晴人との口づけをやめるつもりはないらしく、肉食獣にも似た執拗さで口を完全にふさいでいた。
気持ち悪いなどと思う余裕はなかった。男に向けて魔力が流れ出ていく。初めての経験で、止めるすべがわからない。この接触を絶つしかない。
晴人は力が抜けそうになる腕を必死に突っ張り、なんとか相手の胸を押しやることに成功した。
「っは……」
男はよろめいて尻餅をついたが、解放された晴人のほうも、手を地面について身体を支えている状態だ。彼の体力が本調子に戻っていないのが幸いしたが、この生身では悪くすればさらに持っていかれていただろう。
「なんだ今の……っ」
指輪とベルトを介してコヨミに分け与えるのとは、なにもかもちがう。暴力的で直接的なやり方だった。
肩で息をしている晴人を前髪のあいだから見やった男は、楽しげに唇を舐める。
「悪くねえなあ、指輪の魔法使い。もうちょいもらっとくか?」
眼の中にちらりと炎が宿る。もしかしたら、もうファントムとしての魔力を取り戻してしまったのかもしれない。ゲートを害することに興味はないと言っていたが、敵だとわかっている魔法使いに対しても同じ態度を取るとは思えなかった。
「冗談じゃない……」
晴人は相手のシャツを掴んで思いきり引き寄せる。
「お……」
不意打ちによろめいた男はそれでも抵抗しようとし、軽く取っ組み合いになった。
なんとか男を地面に押さえつけた晴人は、先ほどの彼の真似をしてむりやりに唇を重ねる。
「……っ」
だが、唇を合わせただけでは、先ほどの彼のように魔力を吸い取ることはできないらしい。なにか特別な方法があるのか。そもそも晴人にはできないのか……内心でひどく焦りながら、がむしゃらに舌を絡めた。
「んぅっ……」
砂糖の甘さを感じると同時に、魔力が流れ込んでくるのをはっきり自覚する。逃げる舌を追って絡み取るほどに、魔力が晴人を満たしていく。男は必死にもがいたが、しだいに動きが鈍く弱くなっていった。
「はっ……」
晴人が顔を上げると、殺気のこもった目が睨みつけてきたが、もはや殴りかかる力さえ残っていないようだった。彼は駄々っ子のようにブーツでコンクリートの床を蹴飛ばすと、自分の髪をくしゃくしゃとかき回す。
「あーもぉ、今日はついてねえなあ……腹すかせっぱなしかよ……」
その声はずいぶん細く頼りなくなっている。
「……だからドーナツだけで満足してればよかったんだよ」
晴人のほうも、口元を拭いながらそう返すのがやっとだった。
人間の姿をしていても、中身は常識など通じないファントムだということがよくわかった。見た目は晴人と同世代の男にしか見えないが、晴人と唇を合わせること自体には嫌悪も抵抗もないらしい。
そこまで考えて、ふと思い当たる。
「さっきも、だれかに魔力を吸収されてたのか?」
「うっせえな……」
もう起き上がる元気もないとばかりに、彼は力なく毛布を引き寄せる。魔力を失い、再び寒さを感じるようになったらしい。
晴人は大きく息を吐き出して、傍らの火の勢いをわずかに強めた。それでも今の男の魔力が戻るには、かなりの時間がかかるはずだ。奪われた以上の魔力を晴人が奪い返したせいなのは明らかだった。
途中で止められなかったことを反省しながら、晴人は横たわる男を真上から覗き込んだ。
「なんだよ……」
「やり方はわかった。少しだけ返してやる」
「ぁあ?」
怪訝そうな顔はしたが、言葉の意味はわかったのだろう。晴人の細い指がひげを撫でてあごを上げるのを、彼もあえて拒んだりはしなかった。
むりやり押しつけるのではなく、そっと触れる。戸惑うかのように震える唇をそっと押し開けて、舌をすべり込ませた。男は炎のように熱い息を吐き出しながらも、晴人を受け入れた。
さっきとは逆の要領で、少しずつ魔力を送り込む。ねだる舌先をなだめながら、晴人自身も彼を再び貪りたいという衝動と必死に戦っていた。
「ん……」
外気にさらされた肌が、熱を帯びる。彼の中に生気が炎となって燃えはじめる。喉から甘さを含んだ喘ぎが洩れ、背中にまわされた手がコートに力強く食い込んだ。
ゆっくり唇を離すと、閉じていたまぶたが物憂げに押し上げられる。
「ぜんっぜん足りねえ……」
「……これ以上は、お互い危険だからな」
その危機感が魔力だけの問題ではないのだと、ファントムである彼が気づいているかはわからない。しかし彼は、さらなる魔力をよこせとは言わなかった。
起き上がった男はもうふらついてはいない。彼は毛布を払い落とし、さっさと晴人に背中を向ける。引き留める理由もなかったから、晴人もとくに声はかけなかった。
「おい、魔法使い」
歩きながら、男がこちらを向かずに呼ぶ。
「晴人だ」
呼ばれる期待などはしていないが、いちおう教えてやる。
「次会ったらぜってぇ倒すからな」
「おれに用があるなら直接来いよ。ゲートなんか使わずにさ」
半分以上本心でそう答えると、いたずらっ子のような笑い声が上がった。
「それじゃあ俺がメデューサに殺される……」
男が去ってからも、晴人はしばらくその場に立ち尽くしていた。魔力はそれほど減ってはいない。しかしなにかをひどく消耗した気がする。唇に、舌先に、そして身体の芯に残る感覚が不快ではないことが、自分で腑に落ちない。
「ほんと……調子狂うなあ」
呟きながら指を鳴らすと、一瞬にして足元の炎が消える。
晴人は冷気に身を震わせて、まだ彼の熱が残る毛布を拾い上げた。
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