七海/伊地知
あの約束
日が落ちて闇が訪れ、肌で感じる呪力が強まった。
七海が上着を脱いで後部座席へ放り込む。
「伊地知君、賭けましょう」
「はい?」
脈絡のない言葉に面食らって、相手の顔を見やる。いつも通りのポーカーフェイスは、表情で何かを教えてくれることはない。
シャツの腕をまくりながら、七海はさらに続けた。
「今から15分以内に私が戻ってくるかどうか」
この闇の奥に感じる呪霊を仕留めて、ということだ。
「それは……戻ってくるほうに賭けたいですが……」
冷静に希望的観測抜きで考えると、現実的ではない。相手との距離を考えると、彼の脚力でも往復に5分は要する。とはいえ、それを口にするのは失礼ではないかとも思う。だいたい何を賭けるというのだろう……。
「では、私は自分が『戻れる』ほうに賭けます」
伊地知が口ごもっているあいだに、七海はそう言ってネクタイの結び目を引いた。
「私が戻れなかったら、君のお願いをなんでも聞きますよ」
「えっ、ええっ」
思ってもみない言葉に狼狽え、それから「裏返しの意味」に気づく。
「つまり時間内であれば、私が七海さんのお願いをなんでも聞くということに……」
そこでハッと気づいた。
「縛りですね!?」
「ええ」
発動条件が限定されるほど、術式の威力は高まる。七海は今、自らに時間制限という縛りを課した。単純な口約束とはいえ、一級ともなるとその増幅力は桁が違ってくるのだ。
彼はすでに急ぎ足で祓除対象へと向かっている。
「その、フライングでは……っ」
「君が帳を下ろしてから15分ですよ。どうぞ」
「……かしこまりました……」
走り出す七海の背中を見送りながら、呪言を唱えはじめる。帳の奥に彼が消えていき、やがて気配もなくなった。
「15分かぁ……」
あの自信からすると確実に負けそうだが、こちらも彼の「お願い」に興味を持ってしまっている。万一ということもあるから念のため、自分の「お願い」も考えておこう。
「なんでも……」
伊地知は動悸が速くなる胸元を押さえながら、腕時計を見つめていた。
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