七海/伊地知

2024_呪術廻戦,[PG]

優位簒奪

 家入が腕組みでこちらを見下ろしている。
「私を頼りすぎなんだよ、オマエは」
「はあ」
 七海は半分になった視界で医者を見やった。術師に復帰して数週間、まだ勘が取り戻せていないのか負傷は確かに多い。だが言われる程ではないと思う。
「失明の危険もあるんだぞ。もっと痛がれ、怖がれ」
「十分痛いですし、失明は怖いですよ。でも騒いだところで呪霊が倒せるわけじゃないでしょう」
「捨て身はやめろって言ってるんだ」
 左目は完全にガーゼで覆われている。頭部に巻かれた包帯が大仰な気がして手をやると、すかさず家入の声が飛んできた。
「外しても見えるようにはならない。……ようにしておいた」
「しておいた?」
 打撲と裂傷による左目周辺の痛みはもうない。が、確かに目を見開いても白いガーゼが見えないことに気づく。右目だけを閉じてみると完全に視界が閉ざされる。これは……。
「2,3日程度で解呪される。せめて日常生活で両目のありがたさを痛感しろ。包帯が不満なら独眼竜みたいな眼帯を用意させるが?」
 冗談めかして言うわりには、普段以上に目が据わっている。医者を怒らせるとここまで恐ろしいことになるのか。
「……お手数を、おかけしました」
 七海は反論を飲み込んで、無意識に取り出したサングラスを所在なくポケットに戻した。

 怪我をしても反転術式ですぐ治せる、などと甘い気持ちでやっているわけではないのだが。
 休憩所で自分の任務を省みていると、伊地知がやってきた。
「お疲れ様です」
 こちらの包帯を見て少し表情が変わったが、とくに言及はせず眼鏡を押し上げる。新人の自分と違って、キャリアを積んだ補助監督だ。
「家入さんから、最低でも4日は任務を回さないようにと連絡を受けました。明日以降の予定を調整しましたので、ご確認をお願いします」
 誰も彼もあの頃から逃げずに経験を積み、能力が上がっている。長い長いブランクを埋めるには、休まず走り続けるしかない。
「また、置いていかれる……」
「はい?」
 手にしていたペットボトルを置こうとしたが、テーブルの角に当たって取り落としてしまった。らしくない粗相に、伊地知も顔色を変える。
「大丈夫ですか!? 手や腕にも怪我を……」
「いえ、全身元気ですよ。距離感が狂っただけです」
 ペットボトルを拾い上げながら、よせばいいのに言い訳がましく付け加える。
「任務には支障ありません。視力より呪力に頼りますから」
「……それでも駄目です、ドクターストップなので」
 元後輩に諫められては格好がつかない。七海は腹の底で自分に毒づき、半分程残っていた容器を全て空にする。
「お捨てしますよ」
 分別くずかごは伊地知の後ろにあるからだろう、彼は自然に手を差し出してきた。それが過保護に思えて、大人げなく逆らいたくなる。この苛立ちが自業自得で、八つ当たりなのも自覚はしているのだが。
 ペットボトルを渡そうと彼のほうへ向き直り、それから大きく一歩踏み出して互いのネクタイが触れる程に間合いを詰めた。
「わっ……」
 後ずさろうとして体が揺れる伊地知の腕を掴む。
「失礼、やはりまだ距離感が上手く掴めないようです」
「ぅはぁ……」
 呻きとも嘆息ともつかない声を上げた伊地知だったが、大きく息を吸って拳を握りしめると、七海の左耳に口を寄せる。
「では、私が手を引いてお連れしましょう」
 その表情は今の自分からは見えず、掠れた声の余韻だけが響く。
 やはりこの補助監督にはまだまだ敵わない、と新人呪術師は静かに項垂れた。

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