コニー/デミア
die Lederjacke
脱いだスーツを広げて、デミアは大きく息を吐き出した。
銃弾の貫通した穴に、ほとんど破れかかっている擦り痕がいくつか。防弾チョッキが守ってくれるのは、スーツの中身だけだった。
「買い換えだな」
横から覗き込んだコニーがぼそりと呟く。そういうコニーの洒落たジャケットも、似たような有様だ。
「おまえもだろ」
「まだクロゼットに何十着もある」
肩をすくめてしれっと言う同僚に、デミアはもう一度ため息をつく。冗談に聞こえないのがおもしろくない。
さらにおもしろくないことには、銃弾の穴に指を突っ込んで広げようとしている。自分のではなく、デミアのスーツだ。高貴な血筋やプロフェッショナルの顔はどこへやら、やんちゃな子どもにしか見えなかった。
「やめろよ!」
「どうせもう着ないだろ」
にやっと笑ってこちらを見やるのがまた小憎らしい。
「なんなら、俺が新しいのを買ってやろうか?」
「……給料何ヶ月分だ?」
給料は同じでも、もともとの家柄やら資産やらがちがうこの同僚は、妙に高価な持ち物が多い。案の定、返事もかわいげがなかった。
「さあ、できあがってみないことにはな」
「オートクチュールかよ」
ふん、と互いに鼻を鳴らして睨み合ったとき、背後から苛立ちを込めた咳払いが聞こえた。ふり向くと、腕組みをしたリーダーが渋い顔で立っている。
「……じゃれ合ってないで、さっさと着替えて報告書を出せ」
二人はあわてて「了解」と叫び、着られなくなったスーツを丸めてそれぞれのロッカーに放り込んだ。
「うわっ」
ライダースーツの上から尻をなで上げられ、思わず飛び上がりそうになる。優雅な独身生活の城、小ぎれいなマンションのキッチンで冷蔵庫の中を物色していたときだ。
「なんだよ!」
この部屋の主で、ガキ大将のような笑みを浮かべた金の髪の貴公子が犯人だった。彼は肩をすくめて、革のパンツを見下ろしている。
「べつに。安物だなって思っただけだ」
「ああそうだろうよ。伯爵さまのお召し物に比べたらな」
結局めぼしい食料は見つけられず、あきらめてコニーに向きなおる。コニーはと言えば、どこから出したのか赤く艶のある林檎を持っていた。見せつけるように掲げておいて、デミアがその林檎に手を伸ばすと、すっと身を引く。
「おい、コニー……」
コニーは赤い果実にかじりつきながら、今度はデミアのTシャツをつまんで引っぱった。
「あいかわらずセンスを疑うな……どこで買えるんだ」
「おまえ……どうしてそんなに俺の服を気にするんだ? 本気で俺におまえ好みの服を着せたいのか?」
コニーは金髪を揺らしてついとあごを上げる。
「まさか。おまえの服なんて興味ない」
きっぱりとそう言いきると、林檎をかじりながら背を向ける。そして、リビングに向かいながらつけ足した。
「俺は服の中身にしか興味がない」
デミアは暫しぼんやりとその背中を見送っていたが、はっと我に返って彼を追った。
「コンスタンティン!」
肩をつかんでこちらを向かせる。
コニーはあわてて口の中の林檎を飲み込んでから、空いた手で濡れた口元を拭おうとした。その手をつかまえ、首根っこを押さえつけて唇を重ねる。この男にしてはあまりにも甘酸っぱい味が、可笑しささえ呼び起こす。
「……なんだ、いきなり」
なんだもなにもない。コニーが求めていることに気づいただけだ。だがそう言っても、彼は素直に認めようとしないだろう。
「……おまえが俺になにも食わせないからだ」
「……………」
コニーは薄く開いた唇を舐めながら、デミアの手に食べかけの林檎を渡した。だがデミアが口に運ぼうとすると、気が変わったとばかりにそれを奪ってサイドボードの上に置いてしまう。
「コニ……」
「デザートでいいだろ?」
異論はなかった。だからこそ、こちらから仕掛けたのだから。
デミアが高そうなシャツのボタンに手間取っているあいだに、コニーは容赦なく「安物の」レザージャケットを剥ぎ取り、乱暴に「センスの悪い」Tシャツをまくり上げる。
「スーツ……ホントに買ってやろうか?」
「なんでだ?」
キスの合間に囁かれた言葉に、デミアは驚きを込めて聞きかえす。だが返ってきたのは、いつもどおりにばかばかしい答えだった。
「脱がすのが少しは楽しくなりそうだからな」
「ふざけんな」
それから二人はリビングのソファに倒れ込み、お互いの趣味も値段もちがいすぎる服を脱がせることに熱中した。
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