タムドク/コ・ウチュン
力強くあたたかい腕に抱きしめられ、少年は思わず顔を上げる。
厳しい顔に優しさがにじんでいた。
『なにもかも、お一人で我慢されることはないのですよ』
唇を噛みしめる歯が、ふっとゆるむ。
少年は、声を押し殺してすすり泣きはじめた。
長い夜
白い頬にかかる黒髪を払ってやりたい、という衝動に手を伸ばしかけ、そんな些事で起こすようなことがあってはならないと拳を握る。
その寝顔を見る機会は、そう多くない。この王は眠らないのだ。眠れないのだ、と微笑みながら、静まりかえった真夜中に書物を読みふけっている。
こうして、机に伏してうたた寝をしているのすらめったにない。
病ではない、と本人は言うが、そばに仕える臣下は皆案じている。だからこそ、この寝顔はなにものにも代えがたいのだ。
強面で知られる近衛隊の隊長は、その顔に笑みを浮かべながら、机の脇で端正な顔を見つめていた。
「う……」
安らいだ表情に、苦痛の色が走る。
力なく投げ出されていた長い指が机をひっかき、半開きだった唇が呻きに歪んだ。
「陛下……!」
思わず肩に手をかけてしまってから、王の眠りを妨げたことに気づいて悔やむ。だが、眠りの浅い彼はすでに目を開けていた。
「あ……」
小さく喘いでまぶたを持ち上げた青年は、夢からもどったばかりの戸惑いに目を泳がせ、そして傍らの男に気がついた。
「ああ……将軍……」
ほうっと安堵したような息を吐き出しながら、彼はゆっくりと身を起こす。もちろん、臣下への微笑みは忘れずに。
「少し、怖い夢を見ていただけです……なんだか恥ずかしいな……」
子どものような姿を見られて、と呟いて笑ってみせる顔は、必死に動揺と恐怖を振り払おうとしていた。こちらも驚いてはいるが、年若い王を安心させるのが役目だろう。狼狽を押し殺し、彼の背を優しくさする。
「私は、陛下を子どものころから存じ上げているのですよ……なにを遠慮なさるのです」
「ひどいなあ、子どもあつかいですか……」
拗ねた口調は冗談めかしていて、だがその背中は小さく震えていた。
これほど広くなっても、やはりこの背に乗っている重責は耐えがたいものなのだ。そう思うと、痛ましくてならない。かける言葉も思いつかず、ただ震える背をさするしかない。
彼はどこか不満げに苦笑していたが、ふとなにかを思いついたように、こちらを見上げて笑った。
「では、あのころのように甘えさせてください」
「はい……?」
なにを言われたのか、考える間も与えられない。彼はすっと立ち上がると、今まで座っていた椅子に相手を座らせる。あわてて腰を浮かそうとする男のひざに、王は娼婦のような優雅さで腰かけた。
「陛下!?」
彼自身の重みで押さえつけられ、立ち上がることもできない。
青年は臣下の首にゆったりと腕をまわすと、誘惑するように黒い美髯を撫でた。さすがに悪ふざけを叱ったほうがいいだろうかと眉をつり上げた瞬間、睦言を囁くような声が耳をくすぐる。
「私が、鍛錬で負った傷に苦しんでいるとき……将軍はこうして私を抱いていてくれましたね……」
「…………」
叱りつけるのも忘れ、彼の少年時代を思い出す。泣き言ひとつ口にせず、彼はさまざまな痛みに耐えていた。痣だらけになろうとも、血を流そうとも、鍛錬していることすら隠すために、いつも涼しい顔をしていた。体の傷も、心の傷も、存在しないかのように。
「あなたは、お強かった……」
かつてはひざの上に乗せても見下ろすほどだった少年が、今はこうして悠然と微笑みながらこちらを見下ろしている。
「全ての痛みを、笑顔の下に隠されて……」
手を伸ばし、その頬に触れていた。張りついてしまった笑顔の仮面は、今ではそうたやすく剥がれることはない。
今も蠱惑的な笑みを浮かべながら、顔を近づけてくる。
「あなたの前でしか、泣かなかった……」
自らはだけた上衣が肩から落ちた。ひざの上に王の着物がかかり、臣下はようやく彼の真意を知る。
「陛下、このような……」
「泣いてもいいですか? 子どものように、あなたの首に縋って……」
いかなる返事も叶わなかった。誘う唇にふさがれて。
「っん…………」
普段は固く閉ざされた唇を押し開き、青年は舌を絡めてくる。殊更に甘い声を上げ、濡れた音を立ててくり返し舌を吸う。
息苦しさに押しやろうとした手を掴まれた。その手が、彼の帯へといざなわれる。
はっと彼の目を覗き込むと、悪戯っぽい微笑みが返ってきた。
「泣かせてください。あなたの腕の中で……」
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