タムドク/コ・ウチュン
「灯りを……」
燭台のほうへ伸ばされる腕をつかみ、王は男の顔を覗き込んだ。
「暗いですか?」
「いえ……灯りを、落とさせていただけませんか」
弱りきった表情の懇願を、笑顔で封じる。
「私は、あなたの顔が見えていると安心できるのです」
「…………」
なおも食い下がるかのように口が開かれたが、指を当てるとなにも言えなくなるのがおかしい。そのまま、ゆっくりと唇をなぞる。熱い息が当たる感触と、困惑する表情を楽しみながら。
若き王の寝台に組み敷かれているのは、壮年の近衛隊長だった。いかなるときも漆黒の鎧で身を固めている姿はそこにはなく、側仕えの下女のごとく従順に、王の長い指が着物の結び目をほどいていくのをじっと耐えて受け入れている。
自分たちの外見と、この状況の落差がおもしろく思えて、王はくすくすと笑った。
「陛下……?」
怪訝そうに見上げてくる視線までもがおかしい。
「いえ……将軍がその気になれば、この手を払いのけて逆に私を犯すことなど、たやすいでしょうに……」
「滅相もない!」
それまで無防備にも見えた表情が、さっとこわばる。緊張と、幾分かの怒りを込めて。
「臣下が王を辱めるなど、天上天下あってはならないことでございます」
「ふっ……」
あまりまじめに言うものだから、こらえきれずに笑い出してしまった。くつろげかけた胸元にひたいを押しつけて笑いつづける青年に、男は天井を仰いで嘆息する。呆れているのだろう。
「……陛下。その気がないのでしたら、このようなお戯れはおやめください」
「すまない……そんなつもりじゃ……」
笑いながら、彼をなだめるように開いた胸元に軽く口づける。不意打ちに彼が息をのむのがわかったので、今度は痕がつくほどに強く吸った。先ほどとはちがう、深いため息が洩れる。
敬愛する王とはいえ年若い男に抱かれることを、彼がどう思っているかはよくわからない。無理強いをしたつもりはないが、彼が逆らうという想定をしていないのも事実だ。権力を振りかざして隷属を強いているだけなのかもしれない。
尋ねたところで、いやとは決して言わないだろう。
本心を聞き出せない歯がゆさと後ろめたさに苛まれながら、それでも欲に突き動かされて硬い肌に爪を立てた。
燭台の火がゆらりと揺れる。
「ああ……っ」
満足げに甘い声を洩らすのは、決まって王だけ。彼は奥歯を噛みしめていかなる声も殺してしまう。苦痛も、快楽も、戸惑いも。
「は……」
実戦用に鍛え上げられた胸がぶつかり合う。力を入れれば潰れてしまいそうな女性の肉体とはちがって、どんなに本気で挑んでも応えてくれると思わせる身体だ。
衝動のまま首筋に顔をうずめれば、髪や髭がこちらの顔をくすぐった。
布団の上を探って彼の手をつかみ、指を絡める。遠慮がちにこちらの腰を抱いていただけの彼も握りかえしてきた。
顔を上げると、弱々しい灯りに照らされた彼の姿が目に入る。
普段はきっちりとなでつけられた髪はほつれてひたいや頬にかかり、灯りのせいか荒い息のせいか、顔は上気して見えた。鎧の中に押し込められている肉体は乱れた衣をまとい、無造作に寝台に投げ出されている。その身を押さえつけているのは、当然この自分だ。
遠慮ない視線にためらったのか、見上げていた目が逸らされた。それから空いたほうの手を動かし、指先で自らの唇を拭う。
「……!」
背筋を、寒気にも近い快感が駆け抜けた。色も媚びも見せていないのに、なぜかその仕草にひどくそそられるのだ。この男が秘めている妖艶を暴いてやりたい。いつも、そんな心持ちにさせられる。
布団の上を動いた指先に、硬質なものが当たった。ほどけた帯のあいだからいつのまにか香油の小瓶が落ちていたようだ。水晶でできているが、やわらかい布団の上だから音もなく割れることもない。
妖しい色をたたえた小瓶をちらりと見やって、もう一度相手に目を落とす。
「将軍……」
こちらも息は乱れているが、笑みを作ることくらいは造作もない。片手で握り合い、もう片手で小瓶を取る。小さな栓をくわえて抜くと、甘い香りがふわりと立ちこめた。
その使い方は、彼もよくわかっている。だから自ら手を伸ばし、その小瓶を受け取ろうとする。
「私が……」
慎ましやかに申し出るのは、王の手を煩わせないため。純粋な忠誠心を、しかし王は笑顔でやんわりと断った。
「だめです、将軍。これは私の楽しみなのですから」
そう言いながら、握ったままの彼の手を引き寄せて口づける。彼は諦念とも安堵ともつかない息を吐き出して、いつもの厳しい目で見上げてきた。
「おてやわらかに、陛下……」
「わかっていますよ」
その小瓶は街の娼婦を通じて手に入れたもので、放蕩時代からのお気に入りだった。濃い芳香は心を落ちつかせるよりはむしろ波立たせる作用がある。つまり、女たちが男を惑わすために使うのだ。効能は自分自身で確認済みだった。
だが、この将軍の強固な心は、どんな媚薬をもってしても惑わされることはない。彼は禁欲を破らず、ただ王のためだけに身体を開く。それが、いつもどこか歯がゆかった。
「そうだ……」
掌に液体を乗せてから、ふと思いついた。
「今夜は、私が抱かれましょう」
さらりと言ってのける王に、臣下は驚いて身を起こしかける。
「な……なにをおっしゃるのです!?」
「経験がないとお思いですか? 聚慎の王が、うぶな処女だとでも?」
「そ、そのような問題では……」
小言を紡ぎ出しそうな唇に指を当て、言葉を封じる。手の中の香油は指のあいだから零れ、手や腕を伝って香りを広げていた。あまりむだにはできない。ぬめる液で指を濡らしながら、自らの後ろへとその手を運ぶ。
「くぅ……んっ」
片手で自重を支え、もう片手で硬い入り口をほぐす。目を落とせば、彼が狼狽を隠そうともせずに見上げている。楽な姿勢ではないが、ひどく昂ぶる情景だ。
「陛下……」
王の暴挙を止めることもできずにただ見ているだけしかできなかった彼だが、やがて意を決したように口元を引き結んだ。あれ、と思っている間に、腰を抱き寄せられる。片腕では支えられない体勢になり、王は彼の広い胸に倒れ込んだ。
「失礼します、陛下」
「え……」
無骨な武人の手が、着物の中へ入り込んできた。その手は香油にまみれた細い手と重ねられ、遠慮がちに入り口を探る。予想していなかった感覚に身を震わせた王は、驚きながらも彼の真意に気づいていた。慣れていないのを見抜いて、手伝おうというのだ。無論、自身のためではなく王のためだけに。
「ん、あっ!」
自分の指をなぞるように別の指が侵入してきて、新たな感覚に思わずのけぞる。苦しさに喘ぐ若者を抱きとめ、壮年の男は控えめに囁いた。
「どうしても、最後までされるとおっしゃるのですか」
「あ……たりまえ、です……ぅうんっ!」
節くれだった指が内壁をこすりながら広げようとしていた。自らの欲を少しも見せずにその作業を淡々とやってのける部下を憎らしく思いかけ、はっと気づく。腰に当たるのは、さっきまで王の愛撫にも沈黙していた、彼自身の欲望だった。
「ああっ……」
飲み込むのも忘れて口からこぼれた唾液が、彼の胸を濡らす。喘ぎながらも若者は満足していた。禁欲の仮面が剥がれかけている。彼が、この王に欲情している。
「もう、いいですから……早く……」
腰から駆け上がってくる感覚に耐えきれず、厚い胸に縋りついて上目遣いにねだった。そこにある顔は、困惑に眉を寄せている。王にその身体を求められたときと同じ、自らの感情をどこへ置くか決めかねている顔だ。
その顔を前にして、なにひとつ我慢などできなかった。
「あなたが、ほしいんです……!」
彼の手を振りほどいて乱暴に着物を押しやると、欲望の証である屹立が現れる。若者は自分でそれを受け入れようとした。
「陛下!!」
「く……ぁあっ」
記憶から消えかけていた圧迫感に息が止まる。
痛みに涙がにじんだとき、大きな手が背中をさすり、「ゆっくり、息を吐いて」という優しい囁きが聞こえた。その声に従いながら、おそるおそる腰を動かす。
「ん……いつもより、大きく感じるものですね……」
べたついた唇を舐めながら笑いかけると、彼はひたいに汗を滲ませてうつむいた。経緯はどうあれ、王を辱めているという図式に変わりはない。戸惑い迷いながらも、脈打つ欲望だけは嘘偽りなく青年王の中で存在を主張している。
慣れてきた若者は、しだいに大きく腰を揺らすようになっていた。
「陛下、もう……」
「だめです、抜かないで……」
苦しげに訴える彼に、腰を落として縋りつく。そのつもりはなかったが、強く締めつけられて彼が切なげな呻き声を上げた。
「陛下……ぁっ!」
ひときわ激しく突き上げられたのを合図に、二人はほとんど同時に絶頂を迎える。
「や、あぁ……っ!!」
甘い悲鳴を上げた王は、相手のたくましい腕に爪痕をつけて倒れ込んだ。
「……だいじょうぶですか、陛下」
「……………」
喉がかすれて返事ができず、代わりにうなずきと微笑みでごまかす。抱かれる側に回るのは久々だったが、これほど我を忘れられる思いをした覚えはない。
「将軍……私の身体は、どうでしたか」
その問いに、彼は困ったように顔をしかめた。
「一国の王が、娼婦のようなことを口にしてはなりません」
「いいじゃないですか。二人だけの冗談だと思えば」
王の甘えた口調になお眉間の皺を深くした将軍だったが、ふっとため息をついてから、王の汗ばんだひたいにそっと触れる。
「私は……陛下のお相手をして、満たされなかったことなどございません」
抱こうと抱かれようと。
ひどく下世話な返答に聞こえかねないのに、凛とした決意すら感じさせる。あまりに堂々と言いきられ、暫し口を開けたまま彼の顔を見つめてしまった。
「ははは……まいったなあ、それこそ冗談ですよ……」
我に返った気まずさも手伝い、ひたいに張りつく髪をかき上げて若き王は苦く笑う。
彼に貫かれた奥が、もの欲しげに疼くのを感じた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます